第3話 何に、怯えているの?

『フンッ! ヌゥン……ッ!』

「…………」


 目を血走らせる巨人族が怒り任せに振る巨大な斧を、ファイがひょいひょいとかわす。そして、大振りをした直後の大きな隙をついて、巨人族の身体を斬り刻む。


『クソッ! すばしっこいヤツだなぁ、おい!』


 狩りがうまくいかない現状に腹を立てたのだろうか。巨人族の男がガルン語で何かを行ったかと思えば、顔に血管を浮き上がらせる。


 しかし、皮肉にも、彼が激高するたびに、ファイが振るう剣による切り傷が増えていく。戦闘が始まって、はや10分。ファイが、刃こぼれした剣で巨人族に与えた傷は100を数えようとしていた。


 そうして増えた切り傷にまたしても巨人族が乱暴な攻撃を仕掛けてくる――と思いきや、ふと、何かを思い出したように攻撃の手を緩める。


(……やっぱりちょっと、おかしい)


 この“不死のエナリア”に来てから感じ続けている違和感に、首をかしげる。


 “不死のエナリア”と呼ばれるこのエナリア。まずそもそもの話、他のエナリアに比べてガルン人を見かける回数が圧倒的に少ない。また、見かけたとしても、ファイたちを見かけるなり逃亡するか隠れるかの2択だ。


 ファイが初めに感じた違和感こそ、それだ。


 これまでファイが投入されたエナリアでは、まずそんなことは無かった。手傷を追わせれば逃げることもあるが、ガルン人たちはファイたちウルン人を積極的に襲ってきた。きちんと、殺意を持って。


 しかし、この“不死のエナリア”は違う。危険度としては上から2番目だというのに、このエナリアにいるガルン人は総じて弱い。いや、敵――ファイを殺そうとする気概が感じられないのだ。


 ――殺意のない相手を殺す。


 その事実に気付いて以来、ファイの中には言葉に出来ない胸のつかえがある。そのしこりはファイ本人が気付かない剣筋の乱れとなって、戦闘に表れる。


 いつもなら一撃で倒せる敵に、二撃、三撃を要する。あるいは、殺意が無いからこそ敵の攻撃が読みにくく、一層の神経を使う。ハザールが見抜いた通り、ファイはいつもよりも疲弊していたのだった。


 ただ、その点において、ファイがいま相対している巨人族は違う。敵意と殺意をむき出しにして、ファイを攻撃してきているのだ。それでも、やはり。


『くそが……っ! なんで俺様が、こんなちっこい人間なんぞに……。だが殺すとあのアマが……』


 こうして、わずかに攻撃の手を緩める瞬間がある。敵の意識が、戦っているファイではないところへ向くときがあるのだ。


 そうして再三生まれる巨人族の隙をついて、ファイが剣で巨人族を切り刻んだ瞬間だった。


『……もう我慢ならねぇ! 禁食令なんて知るか! 俺様は食ってやる! この白いご馳走をよぉ!』


 首を振った巨人族はガルン語で何かを言ったかと思えば、ファイに殺意と斧を振り下ろしてくるのだった。




 物心ついた時から、ファイは探索者だった。初めてナイフを握ったのは、3歳の誕生日のこと。


「ファイ。お前は白髪……選ばれた人間だ。世のため人のために戦わなければならない」


 ファイを誘拐した犯罪者組織『黒狼こくろう』の組長の男からそう言って渡されたのが、刃渡り20㎝ほどのナイフだ。以来、ファイの中にある“思い出”は全て、エナリアの中にある。指示されるがまま敵を斬って、斬って、斬り続ける。


 ただ淡々と、魔物やガルン人を殺し続ける日々。それ以外の時は手足を拘束され、明かり一つない真っ暗な部屋でぼうっと過ごす。


 誇張なく、掛け値なく、それが白髪の少女ファイの全てだった。


 しかし、それゆえに、ファイは満たされていた。


 黒狼とエナリア以外の世界を何も知らない少女にとって、指示・命令を出される――必要としてもらえる。その事実だけが、ファイに充足感を与えてくれる。戦うこと以外何もできない自分が生きていても良いのだと、そう言ってもらえているようだった。だから――。




「おい、ファイ! ここはお前に任せて、俺たちは先に戻る! アイツら全員がこの層を出たら、適当に戦闘をやめて引き返してこい!」


 戦闘に巻き込まれないよう遠くで言ったハザールの言葉に、ファイはコクリと頷いてみせる。


 指示をくれる。必要としてくれる。その存在を、ファイは心から守りたいと思う。いや、守らなければならない。なぜなら、自分の生を証明してくれる存在こそが、ファイにとっては黒狼の人々だけだからだ。


 ファイも今年で15歳になる。ウルンでは大人として扱われる年齢だ。他人から見れば良いように利用されているだけの関係であることも、とうの昔に理解している。あるいは、黒狼の組員たちが、自分と“両親”と呼ばれる人々を引き剥がした張本人だろうことも、もう既に想像できている。


 それでもファイにとって、今まで育ててくれた黒狼の人々は恩人だ。食事と知識、何よりも生きる意味をくれる彼らは、大切な家族だ。彼らを恨むための理由が、ファイの知識の中には無い。だから――。


『……なるほどな』


 何かに気付いたような巨人族が、唐突に得物としていた斧を思いきり振りかぶり、投げた。その方向にいたのは、ハザールたち黒狼の面々だ。


 本人たちが語っていたように、本来、この階層には不釣り合いな実力の彼ら。敵の攻撃が迫っていることに気付ける人物も少ない。また、例え気付いたとしても、反応できる人物など1人も居なかった。


 このエナリアでは死なない。ガルン人に殺されることはない。たとえ何かあっても、ファイが居る。


 そんな慢心で油断しきりの男たちのもとへ迫る、当たれば必死の巨大な斧。それに反応できたのは、ファイ1人だけだった。


「……っ!? 〈フュール〉!」


 無意識のうちに、ファイの身体が動く。


 ファイたちウルン人は、体内や大気中の魔素と呼ばれる物質を利用して様々な現象を引き起こすことができる。魔法と呼ばれるその技術は、言葉を介して魔素に語りかけることで発生する。引き起こされる現象やその規模、威力には個人差があるが、白髪であるファイは“特別”だ。扱う魔法が全て強力なものになる。


 ファイが使った〈フュール〉の魔法は、風を操る魔法だ。移動による空気抵抗を減らすことで、これまで以上に素早く動くファイ。消えたと見まがう速度で斧の行く先に先回りし、回転しながら飛んでくる斧の動きに金色の目を向ける。


 ただし、そこでファイにとって予想外の事態が発生した。ファイの移動によって、遅れて押し寄せて来た暴風が、背後にかばった男たちをこの広間の入り口へと吹き飛ばしたのだ。


「ファイ、てめぇ、なにしやがる……」


 背後。遠ざかって行くハザールの怒声を聞いて、ようやくファイは自身の行動を自覚する。


 ファイに任されていたのは、敵の注意を引き付けることだ。しかし、いま自分は敵の注意を引くことに失敗し、さらには命令を無視して黒狼の人々を守ろうと動いてしまった。


 自身を“道具”だと認識しているファイにとって、命令違反は自身の存在の自ら否定するようなものだ。


「ぁ」


 役に立たないと思われてしまうかもしれない。捨てられてしまうかもしれない。


 ――生きる意味を失ってしまうかも知れない。


 そんな恐怖が喉から漏れ、ファイの身体を硬直させる。その一瞬の間に斧はファイの目前まで迫っていた。


「……っ!」


 どうにか反応して、重量のある斧を弾いて見せたファイ。しかしその時には、彼女の意識と目線は完全に巨人族から離れてしまっていた。慌てて巨人の居た場所に目を向けるも、もうそこには誰も居ない。


(……!? …………!?)


 暗闇の中、敵を探して激しく左右に動く金色の瞳。それだけでは敵が見当たらず、首を動かし、身体を動かして敵を探す。が、あの巨体がどこにも見当たらない。となると――。


(ここは、“不死のエナリア”。もしかして他のガルン人たちみたいに、あの巨人族も逃げた……の?)


 “不死のエナリア”だからこそのそんな考えが頭をよぎって、ファイが構えを解いた、瞬間――。




 直上から降ってきた巨人族が、ファイの身体を押しつぶしたのだった。



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2024年12月22日 15:15 毎日 15:15

ほの暗い穴の底から“幸せ”をっ! ~「ここはお前に任せて先に行く!」された薄幸少女剣士、なぜか迷宮の底で出会った異世界の少女とダンジョンを経営することになる?~ misaka @misakaqda

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