第2話 私はファイ。戦闘の道具

 “不死のエナリア”・第8層。


 そこは、上層にある湖の水がしたたり落ちてくる、雨漏りの階層と呼ばれる場所だ。


 地面や壁から生えている夜光石やこうせきがぼんやりと照らし出す、苔むした岩肌。地面もところどころに水たまりができており、全体的に暗くどんよりとした印象をしている。


 しかし、そんな薄暗いエナリアの中にあって、鮮やかな“色”を主張する存在がある。


 1つは、緑色をした30~50セルチメルドほどの水晶だ。色結晶いろけっしょうと呼ばれるその鉱石は、この世界『ウルン』におけるあらゆる装置の活動源となるエナが結晶化したものだ。この、色のついた結晶が採掘できるからこそ、ウルンの人々はこの奇妙で危険な洞窟を“エナの洞窟エナリア”と呼んだ。


 そして、もう1つ。エナリアの暗闇の中で白色と金色を主張する1人の少女が居る。


 名前はファイ。動きやすいように短く切られた、新雪のような白い髪。やや冷たい印象を与える目元。暗闇の中でこそ美しく輝く金色の瞳が特徴的な少女だった。


「……!」


 ぼろきれ1枚姿のファイ。彼女が手にした剣を振るたびに大気が震え、素足で地面を蹴るたびに姿が消える。そして再び姿を現したかと思えば、に剣を振り下ろす。彼女は、危険なエナリアに入って色結晶を採掘する『探索者』と呼ばれる存在だった。


 そんな彼女がいま相対しているのは、魔物と呼ばれる存在だ。エナリアの最深部、異世界『ガルン』と繋がる穴から現れる人々――ガルン人や、凶暴な動物――魔獣たちの総称。それが魔物だ。彼らは一様に身体能力が高く、特殊な能力を持ち、ファイを始めとしたウルン人を捕らえて食べる習性を持っていた。


 そんな魔物のうち、いまファイが相手取っているのはガルン人の男だった。


 巨人きょじん族と呼ばれるその名の通り、5mを越える巨体と浅黒い肌、その身体を支える強靭な肉体を持つ。振るわれる武器も身体に合わせて巨大で、腕力と質量を持って襲い来る武器はこれ以上ない脅威だった。


 本来なら巨人族は複数人で相手取り、その巨体故にどうしても多くなってしまう死角から攻撃するのが一般的だ。


 しかし、現在、巨人族を相手にしているのはファイ1人だけだ。しかもファイに与えられた装備は、丈夫な剣1つだけ。防具も何も身に着けておらず、簡素でボロボロの服と短い下衣ズボンのみ。靴も与えられておらず、裸足。およそ身一つと呼べる状態で、自身の数倍はある巨人族を相手にしていたのだった。


 と、そうして剣だけを与えられて戦闘に放り出されているファイに、遠くの方から呑気な声がかかる。


「お~い、ファイ~! そのまま魔物の気を引いておいてくれ~!」


 そんな男性からの命令に表情を変えること無く頷いたファイ。巨人族が振り下ろした斧を回避しつつ適度に攻撃を加え、注意を引き続ける。


 そうしてファイが奮闘している間に、男たちは専用の道具を使って色結晶を掘り出していた。


「へへっ! さすがここ10年ガルン人の被害が0のエナリアだぜ! 危険度は赤色等級だってんのに、ファイ1人でどうにかなっちまう」

「そうだな! おかげで俺たちみたいな雑魚でも、緑色結晶を取れるんだからよ」

「ファイ様さま、“不死のエナリア”様さまだぜ」


 背後で繰り広げているファイと巨人族との激しい戦闘とは対照的に、雑談をしながら採掘を続ける。


 色結晶には8つの等級があり、黒赤橙黄緑青紫白の順に封じられているエナが多く、価値が高い。特に黒色結晶ともなれば、小国1つの1年分の活動資源をまかなうことができると言われている。


 また、エナリアも内部にある色結晶の色と危険度によって階級分けされており、黒色等級に近づくにつれて広大かつ危険なエナリアになると言われていた。


 と、男たちが駄弁りながら採掘作業をしていた時だ。


「おい、お前ら! 無駄口叩いてねぇでさっさと採掘しろや! 協会に勘づかれちゃあ税金もってかれるだろうが」


 男たちを取りまとめる男が、岩の影から姿を見せる。彼は今回、ファイたちが挑んでいる“不死のエナリア”での採掘を一任されている人物だった。


「へへっ、言われるまでもねぇですよ、ハザールの兄貴! ほら、この辺りの色結晶は掘り尽くしました」


 雑談をしていた男たちのうち、頭をそり上げた男が腕を広げて一帯を示して見せる。男たちがここに来たときは地面から何本も突き立っていた緑色の結晶たちも、今となっては、きれいさっぱり掘り尽くされていた。


「……おう、なら良いんだ。んで、ファイの様子はっと……」


 ハザールが、厳つい目を向けた先。そこには、巨人族の強大な攻撃を軽やかにかわし、攻撃を加えていく白髪の剣士・ファイの姿がある。


 彼女の動きをハザールは目で追うことができない。そのため、時折、回避や攻撃のために立ち止まった隙に、ファイの様子を確認する。


 ファイは普段から、全くと言って良いほど表情を変えない。戦闘をしている今も、普段よりほんのわずかに眉の角度が上がっているだけだ。


 それでも、ハザールとファイの付き合いは長い。まだ生まれたばかりだったファイを、両親から“少々強引に”引き取って以来15年の付き合いになる。


 動きやすさだけを追求して適当に短く切られた白い髪。その合間に光る汗を見たハザールの決断は、早かった。


「……おい、お前ら。引き返すぞ」

「え、良いんですかい? もう1つ下の階層に行けばもっと……運が良ければ黄色の色結晶だって――」

「うるせぇ!」

「「ひぃっ!?」」


 食い下がろうとした手下の組員を、ハザールが一喝する。元より厳つい顔に怒気をにじませるハザールに、組員たちが悲鳴を上げた。


「もしファイに何かあったらどうしやがる」


 青い顔をして黙ってしまった組員たちに言い聞かせるように、ハザールは口を開く。その口元に浮かぶのは、ファイと長年連れ添ったからこそ生まれた親子のような絆による温かな微笑み――ではない。


 どこまでも自身の利益を優先する、利己的で、いやしい笑みだ。


「良いか? ファイは金の卵を生む白鳥だ。俺や組長の見立てでは、赤等級探索者の実力がある」

「あ、赤等級ですかい!? 黒等級に次いで2番目……ってこたぁ、たった1人で村1つを殲滅できるってぇ噂の?」


 組員たちの驚きの声に、ハザールは気分よさそうに頷く。


「そうだ。普通に探索者として雇えば数百万も払わないといけねぇ。だがアイツは……ファイは! 残飯だけで文句ひとつ言わずについてくる……!」


 笑いをこらえるように顔を覆ったハザール。


「聞け、お前ら。ファイは、俺たち『黒狼こくろう』が15年かけて、それはもう丹精込めて作り上げた最高傑作……探索のための道具だ。その価値は橙の色結晶なんかの比じゃねぇ」


 口元に笑みを浮かべたまま、ハザールは汗を散らして剣を振るうファイを見遣る。


「壊れるまで使って、使って、使って……。壊れたとしても、白髪好きの変態どもに高値で売れる……。しかも都合の良いことに、ファイ自身がそうなることを望んでるんだから手に負えねぇ」


 心底おかしいというように、くつくつと笑うハザール。彼の笑みに、他の組員たちもいやらしい笑みを深める。


「へへっ、よく言いますぜ、兄貴。ファイがそう思うように仕向けた、ってのが正しいんじゃねぇですかい? ファイのやつ、自分は道具だーって本気で思ってやすぜ?」

「ってか、ファイも15っすよね? 1日1回の飯しか与えてないんで身体は貧相ですけど、顔は良いじゃないっすか。そろそろ他の女みたいに……」


 額や首に汗を光らせるファイに、組員たちがなめ回すような視線を向ける。


「そうやって“お楽しみ”をするためにも、今はまだ、無理をさせるわけにはいかねぇ。戦闘でも、それ以外でも……。骨の髄まで使って、使って……使い尽くさねぇとなぁ!」


 男たちの下卑た笑いが、エナリアに響いていた。




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