【超短編】ハンズフリー通話を知らない化け物さん

月下のネコ

ハンズフリー通話を知らない化け物さん

 この街もすっかり変わった。

 人間どもは忙しそうに動き回り、昔のように立ち止まって物思いにふける者もいない。霊力の強い人間などほとんどいなくなり、私の姿を認識する者には久しく会っていない。


 私は人間に取り憑き、魂を喰らう化け物である。

 人魂を喰らうのには条件があり、それが応答だ。

 私が問いかけ、それに人間が答えることで人魂を喰らうことができる。


「おい、そこの人間!」

 通りすがりの若い男に声を掛けるも、男は黒い板に釘付けで何の反応もない。


 私はため息をついた。かつては畏怖され、生贄を貢がれていたこともあったのに。


「私はこのまま消えるのを待つのみか……。」

 そんな悲しみに打ちひしがれながらも、私は声を掛けるのをやめなかった。私の空腹を満たせる日が来るのを信じて。


 そして、ついにその日が来た。


 街の喧騒から一歩はなれた小道を歩いてくる女が一人いた。見た目、霊力は高そうには見えないが、声をかけてみる。


「そこの女!私が見えるか!」

 こちらへ近づいてきた女に声を掛けると、なんと女は答えた。

 

「もしもし〜。ええ、聞こえてるわよ。」


 私は胸が高鳴った。久方ぶりの食事だ。ついに私の言葉に反応する人間が現れた!人魂を喰らう準備は万端だ。


「久方ぶりに私が見える人間だ。私の姿を見て恐怖をおくびにも出さないなぞ、なんて胆力のある人間か。」


 こういった豪胆な人間の魂は大変美味である。


「貴様の魂を私に寄越せ。」


「いいわよ、私がそっちまで行こうか?」


「ん? いや、そのままでいいぞ。その姿勢関心だ。」


 なんとあっさりとした契約成立だ。幾年ぶりだろうか、この人魂を喰らえば私は力を取り戻し、更に次の人魂を喰らうことができるだろう。

 

 私は女の元へ滑るように近寄り、人魂を吸い取ろうとした。だが――何も起こらない。


「……?おかしい。」

 

 再び力を込めて吸い取ろうとするが、手ごたえはゼロだ。魂の一片すら感じられない。


「契約は成立したはずだ。 なぜだ人間。」


 女は何事もなかったかのように歩き続け、さらに言葉を発した。

「ええ、それならよかった。じゃあ、また後で連絡するわ。」


 ふと女の耳に目が行く。そこには、奇妙な小さな物体が装着されている。


「な、なんだあれは……!?」

 

 ひらめいた。あれは呪いまじないの道具に違いない。あれが魂を守っているのだ!


 彼女はそのまま歩き去っていった。私は茫然と立ち尽くすしかない。


「あの豪胆な姿勢も余裕からか……!」


 私は再び街を彷徨う。そして次の獲物を探すが、耳に妙な物を付けた人間を見かけるたびに、ため息をつくのだった。


 私の空腹は、まだまだ満たされそうにない。

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