第14話
「お待たせいたしました。こちら、コーヒーフロートとホットのカフェラテです。ごゆっくりどうぞ」
注文品が届いてニコニコ笑う妖怪のお客さん達を見て私も笑みがこぼれた後、私はカウンター席に近づきながら時計に目を向ける。時刻は閉店時間のだいたい三十分前。お客さんもだんだんまばらになり、春臣さん達も真剣に働きながらも少しずつ笑い合い始めた。秋風さんは相変わらず表情がまったく変わらないけれど。
「このままいけば、今日も何もなく終わりそうかな。よし、残り時間も頑張っていこう」
改めてやる気を出した後、私はまた働き始めた。そして閉店時間まであと10分になった時だった。ドアベルを鳴らしながらドアが開き、五人くらいの男の人達が入店してきた。
「ふう、なんとか間に合ったな。やっぱり仕事の後は春臣の親分が作ってくれるもんを飲まないとだな」
「たしかにな。人間達は仕事終わりには酒を飲んで疲れを癒す事が多いみたいだが、今の俺達にとっては春臣の親分が作るコーヒーとかがそれに当てはまるよな」
「もっとも、春臣の親分は仕事終わり関係なく酒を飲んでんだけどな」
「ちげぇねぇ!」
男の人達は楽しそうに、けれど他のお客さん達の邪魔にならないような声で笑い始めた。親分と言っているところを考えるに、この人達は春臣さんの部下だった鬼達なんだろう。その中でも会話に参加せずに静かにしている人が一人だけいて、その人は店内を見回してみなちゃんを見つけると、目を丸くしていた。
「あれは……」
その人は信じられないといった顔をしていた。前に春臣さんがみなちゃんから源頼光と同じ匂いがすると言っていたから、この人もそれを感じ取ったんだろう。それを見ていてこの後どうするんだろうと思いながらドキドキしていると、カウンターの奥から春臣さんが笑いながら出てきた。
「おう、お前達。今日はいやに遅い時間じゃないか?」
「少し残業があったので。全員いつものものでお願いします」
「おう。ホットカフェラテ二つにホットコーヒーが一つ、抹茶ラテが二つ。それでティラミスが五つだな」
「はい」
「任せとけ。席は……今はカウンター席が空いてるからそこに座っといてくれ」
「わかりました」
静かな男の人の言葉に春臣さんは笑みを浮かべながら頷くと、準備をするためにカウンターの奥へと戻っていった。そして鬼らしき人達がみなちゃんのようにカウンター席に座った後、私は春臣さんに話しかけるために同じようにカウンターの奥へと向かった。
「春臣さん。あの人達ってもしかして……」
「ん? ああ、俺と一緒にいた奴らだ。それで、さっき話をしていたのが茨木童子、俺の側近みたいな奴だな」
「茨木童子……越後で生まれて、酒呑童子と同じ神社に預けられた後に実家で見つけた血塗の恋文の血を一舐めしたら鬼になったっていう伝説がある鬼ですよね」
「ほう、俺達の事を調べたのか?」
「少しだけ。だから、春臣さんの過去もある程度予想はついてますけど、それをみなちゃんが知ったらどう思うのかちょっとだけ心配です」
「そうか……まあ俺の過去なんて大したもんでもないが、たしかに光はああ見えて繊細そうな奴みたいだからな。そこを叶が心配するのもわからなくはないな」
春臣さんの表情も心配そうなものになる。この様子から春臣さんも少なからずみなちゃんの事を他の異性よりも大切に思っているはずだ。だから、春臣さんがそれをみなちゃんに伝えてしまえば問題は何もなくなると思う。ただ、そう考えるとなんで春臣さんはそれをみなちゃんに伝えないのか。そこがどうにも気になる。
「春臣さん、みなちゃんの事を他の女の人よりも大切に思ってますよね?」
「ん? んー……まあ、な。叶にはとりあえず言っておくが、俺は光の事を可愛らしい人間というよりは一人のいい女として見ている。俺達の事を調べたって言うならもう知ってると思うが、俺は元人間で人間時代は女からの恋文に一切何も返事はしなかった」
「それはどうしてですか?」
「面倒だったからだ。好意を向けられても別に嬉しくもなかったし、だからどうしたって感じだった。そんな事よりも俺は自分の人生を生きるので精いっぱいではあったからな」
「けれど、女の人達の想いはそれを許さなかった。そしてその情念は怨念となって、春臣さんを鬼へと変えてしまった、と……」
「鬼になった事自体を恨む気はないし、今こうして生きている中で女と夫婦になるのだっていいだろう。だがな、これまで女の事を考えてこなかった俺が今さら光の気持ちに応えて、そのまま交際をしようというのはあまりにも虫が良すぎる話だ。俺の中でまだ騒いでいるあの女達の怨念が光の存在を許すとも思えないしな」
春臣さんは笑みを浮かべながら言う。けれど、その笑顔はとても哀しそうだった。
「春臣さん……」
「話はひとまず終わりだ。今は茨木童子達のために色々作ってやらないとだからな」
「そうですね。でも、一つだけ言わせてください」
「なんだ?」
「春臣さんが恋をしちゃいけないという事はないと思います。それに、みなちゃんは本当に強いので、春臣さんのためならその中にいる女の人達の怨念なんて切り捨てちゃうかもしれませんから」
「……はっはっは! それは本当に勇ましいな。なら、それを願っておくとしよう。ありがとうな、叶」
「どういたしまして」
春臣さんにようやくしっかりとした笑顔が戻った後、私達はそれぞれの仕事に戻っていった。
あやかしカフェは今日もあやかしい 九戸政景 @2012712
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