第13話

「昨日は災難だったな、叶」

「まあたしかにね」



 翌日、バイト前のバックヤードで私は黒兵衛とはなしをしていた。話題は昨日の出来事だ。



「ナンパどころか刃物を持ち出してまで光を手に入れようとする奴が現れると思わなかったぜ。まあ春臣をつけてたからなんとかなったけどな」

「たしかにね。黒兵衛、ありがとうね」

「どういたしまして。何にせよ、怪我とかがなくてよかったぜ」



 黒兵衛の言葉に胸の奥があたたかくなる。私の雇い主としてそういう心配をしているのはわかっているけど、それでも心配をしてもらえるのは嬉しい。大事なのは状況じゃなく気持ちなんだ。



「とりあえず、しばらくは光を夜に出歩かせるのは止めた方がいいな。同じように過去に救われて、想いを暴走させる奴が出ないとも限らないからな」

「それはほんとにね。だから、みなちゃんもしばらくは部活動をお休みして、早めに学校を出るようにしてるよ。ただ……」

「まあ、ウチに来て閉店時間まで残ろうとしてる時点であんまり意味はないけどな」

「あはは、そうなんだよね」



 私は苦笑いを浮かべる。黒兵衛の言う通り、みなちゃんは今日もバイトについてきていて、カウンター席に座って妖怪のお客さんと話をしながら春臣さんが働く姿を真剣に見ていた。


 みなちゃんは認めようとしないけれど、みなちゃんが春臣さんを好きなのは明らかだ。それは春臣さんに向ける熱い視線からわかるし、実はその恋路はみなちゃんの家族から応援されていたりする。



「昨日、警察の事情聴取を受けてた時にみなちゃんの家族も急いで来たんだけど、春臣さんがパッと見は好感が持てるカッコいい男の人だから、二人とも春臣さんの事を気に入っちゃって、なんだったら日々の送り迎えを春臣さんにお願いしちゃってるくらいなんだよね」

「まあ、鬼っぽい格好は普段はしてないからな。酒呑童子な事を知らなかったら、普通に二枚目顔な男にしか見えない。その上、自分達の娘を守ってくれた相手ともなれば、親の好感度はグンと上がるってもんだな。問題は歳の差が多少、いや結構あるってことくらいか」

「結構ってレベルかなあ……」



 あれから私は酒呑童子や源頼光について調べてみた。源頼光がそもそもは西暦944年に生まれて1021年に亡くなっている人で、春臣さんは文献によっては人間だった可能性が出てきた。


 日本神話でも有名なヤマタノオロチの息子という滋賀県の伝説の他に伝えられているのが、新潟県にある平安初期に生まれた元人間だったという伝説だ。それによれば、越後国で生まれた酒呑童子は絶世の美少年だった事で色々な異性からラブレターを貰っていた。けれど、それを一切読まずに焼いてしまっていた。すると、想いを伝えられなかった人達の恋心が煙になって取り囲み、その怨念で鬼へと変わってしまったのだという。


 他にも鍛治屋さんの息子として生まれたけれど、生まれた時から歯や髪や歯が生え揃っていたり四歳の頃には十六歳並みの知能と体力を身に付けていて気性の荒さや異常な才覚から『鬼っ子』と疎まれ、六歳の頃にお寺に預けられた際に住職が下法の使い手だった事でそれを習って鬼になって悪の限りを尽くしたというパターンもあった。


 春臣さんが酒呑童子として生きる前の話はまだ知らない。けれど、少なくともその過去は壮絶なものなんだと思う。それを聞いた時、みなちゃんがそれを受け入れて、春臣さんを愛し続けられるのか。それがとても不安だった。



「色々不安は多いなあ……」

「まあそれを言ったところで仕方ねえさ。それに、実は光には他の女と違ってちゃんすがあるんだぜ?」

「え、そうなの?」

「ああ。春臣はあの通りで酒にばかり興味があって、他に興味があるとすればここで出す飲み物くらいだ。そんな奴が女の容姿を褒めた。それも人間の女をだぜ?」

「そっか……どの伝説でも酒呑童子は異性に対して特別な興味を抱いてはいなかった。それなのにみなちゃんの事は結構褒めていたし、日々の送り迎えをお願いされても嫌がってるところはなかった。つまり、春臣さんは異性としてみなちゃんの事を見ているってわけだね?」



 黒兵衛は笑みを浮かべながら頷く。



「恐らく、だけどな。だがまあ、アイツが本当に光の事を異性として好きになるならそれでもいい。光も少し頭が固いところはあるみたいだが、少しちゃらんぽらんなところがある春臣とは好相性だろ。お互いに高め合い、支え合う事が出来るいい夫婦になれると思うぜ?」

「そうだね」



 もしもみなちゃんと春臣さんが恋人同士になって、そのまま仲を深めていったら、二人は人間と妖怪達を結ぶ一つの架け橋になるはずだ。もしそうなれば。



「もう、あんな事なんて……」

「叶?」

「……え? どうしたの、黒兵衛?」

「どうしたはこっちの台詞だぜ? これまで見たことがない顔で何かブツブツ言ってたんだからな」

「え、ほんと? 変な事言ってないかな……」

「まあ、ほんとに小さな声だったから何を言ってたかまではわからないけどな。それはともかく、そろそろ行った方がいいぜ?」



 それを聞いて私は携帯電話の画面を見る。画面にはバイト開始時刻の三分前の時間が表示されていた。



「あ、いけない。それじゃあ今日も頑張ってくるね、黒兵衛」

「おう。期待してるぜ?」

「うん!」



 答えた後に私は着替えるためにロッカールームへと向かった。みなちゃんの恋が成就するように祈りながら。

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