第12話

「何者だ! 叶に危害を加えると言うならば、容赦はしないぞ!」

「み、みなちゃん……」



 みなちゃんは私と春臣さんの前に出ながら腕を伸ばして守ろうとしてくれる。それは嬉しいけれど、相手は刃物を持っているからみなちゃんだって危険だ。


 相手の出方を警戒しながらどうやって逃げたらいいかを考えていたその時、ナイフを持っている人はニヤリと笑った。



「ああ……やっぱりあなたは美しい。相手が誰であろうと勇敢に立ち向かい、その凛々しい顔でその相手を睨み付ける。そんなあなただからこそ、僕は……」

「何を言っている! まずは刃物を下ろせ!」

「覚えていないですか。この前、不良に絡まれていたちっぽけな男を」

「不良……言われてみれば、見覚えがある顔だな。まさか、あの時に不良からカツアゲをされていた男子生徒か!」

「ああ、覚えていてくれた。僕にとっての戦女神、麗しの女神……!」



 刃物を持った人は笑みを浮かべる。でもその笑顔はどこか不気味で、見ているだけで震えが来るものだった。言い換えれば、生理的な嫌悪感を抱くものだった。



「あなたに救われた事で僕はお金を失わずに済んだし、怪我も最小限で済んだ。そんなあなたに感謝をすると同時に、あなたを異性として意識し始めた。いつかは僕があなたを救い、あなたにとって頼れる男になるのだと思った。そんな時だった。あなたに気になる異性がいるようだという噂を聞いたのは」

「気になる異性……ば、バカな事を言うな! 私がこの男のどこを気になっていると言うんだ!」

「みなちゃん、誰も春臣さんの事とは言ってないよ」



 みなちゃんはハッとする。こんな状況じゃなかったらからかうところだけど、今はそれどころじゃない。



「僕は許せなかった。あなたが僕以外の男を好きになる事もソイツと一緒にいる事も。だから、あなたの家を急いで調べてここで待っていた。あなたを今日の内に僕のものにするために。なのに!」



 刃物を持った人は悔しさと怒りが滲んだ顔で春臣さんを見る。



「まさか、その男と帰ってくるなんて思わなかった! 許せない……僕の女神を、お前なんかには渡さない! 絶対にだ!」

「女神、か……小僧、好きな女を手に入れるにしてもやり方ってのがあるんじゃないか?」

「うるさい……」

「たとえ、相手が自分に気がなくとも、努力一つでどうにでもなるんだ。それだというのに、お前はなんだ。男の風上にも置けんぞ、このろくでなしが!」

「うるさいっ! 僕は悪くない、悪くないんだあぁ!」



 刃物を持った人は声を上げながら春臣さんに向かって走ってくる。その行動に私とみなちゃんは怯み、その人の動きを止める事は出来なかった。



「春臣さん!」

「酒呑童子!」



 私達の声が夜の中に響く。けれど、春臣さんは余裕そうな顔で静かに立つと、持っていた紙パックの日本酒を口に含んだ。こんな状況でもお酒か。そんな事を考えていたその時、春臣さんは口に含んだ日本酒を向かってきた人に対して吹き付けた。



「なっ!?」



 突然の行動で避けられなかったその人は諸に日本酒を被ると、刃物を落としながら顔を押さえて苦しみ始めた。



「あぁーっ! 目が、目が痛いぃっ!」

「はっはっは、酒はよく目に染みるだろう。だが、染みさせるのはそれだけじゃない。今回の件、どれだけの悪さをしたのかよーく身に染みさせておけ。そして酔うなら、女でも自分でもなく酒にしておけ。もちろん、適度にな」



 春臣さんはニッと笑いながら言う。その様子をボーッと見ていると、春臣さんはみなちゃんの前に立ち、その頭にポンと手を置いた。



「悪漢は退治した。これで大丈夫だ」

「あ、ああ……」

「光よ。叶を守るために進み出、勇猛果敢に立ち向かう姿は勇ましく美しいと思う。だが、今のお前にはあの刃物に対抗するだけの得物がない。それならばまずは目眩ましか何かをしてから逃げ、周囲に助けを求めた方がいい。わかってるな?」

「わ、わかっている……だから、その……」

「ん、なんだ?」



 春臣さんが微笑みながら聞くと、みなちゃんは顔を赤くしながら軽くそっぽを向いた。



「あ、ありがとう……」

「どういたしまして。さて、警察に連絡をせねばならないが、それは叶に任せてもいいか?」

「いいですけど、携帯電話とか持ってないんですか?」

「ああいうものはよくわからん。遠くの相手とも話が出来、その場にいながらにして様々な事が出来るのは便利だと思うが、操作というのがよくわからん。前に黒兵衛が使っているのを見かけたが、よくあんなものを扱えるなと感心するばかりだったぞ」

「な、なるほど……」



 春臣さんの話を聞いて私は苦笑いを浮かべる。人間でも携帯電話の操作が苦手な人はよくいるけど、どうやら春臣さんもそのタイプのようだ。そんな事を考えながら携帯電話を取りだし、警察に通報しようとしていると、話を聞いていたみなちゃんが得意気な顔をした。



「酒呑童子と言えども文明の利器には敵わないようだな! 当然、私は使いこなしているぞ!」

「ほう、そうなのか。ならば今度どのように使うのか教えてもらおう。そうすれば、俺も扱えるようになるかもしれないからな」

「しょ、しょうがないな! 今回助けてもらった礼として、仕方ないから教えてやろう!」

「ああ、頼むぞ」



 大人の余裕で微笑む春臣さんに対してみなちゃんは嬉しさを隠しきれない様子でニマニマしていた。それを見ながら改めて素直になればいいのにと思いながら私は警察に通報をした。そして数分くらいで警察が駆けつけた後、私達は事情聴取を受けるためにパトカーに乗って警察署へと向かった。

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