第11話

「ふあぁ……今日も盛況だったからかだいぶ疲れたなあ。お前達も翌日に疲れを残さないようにしろよ? 何事も疲れが残ってるとうまくいかないからな」

「はい、もちろんです。ね、みなちゃん」

「ああ。それはいいんだが……本当に家まで一緒に来るのか?」



 みなちゃんは複雑そうな顔で春臣さんを見る。春臣さんはそんなみなちゃんからの視線を浴びながらニッと笑う。



「もちろんだ。黒兵衛からいってやれと言われたのもあるが、夜中におなごだけで歩かせるのは危険だからな。酒呑童子である俺がついていれば、並みの暴漢相手であればどうということはない。安心していていいぞ」

「それは私だけでも問題ない」



 春臣さんに返事をするみなちゃんの声は少し冷たかったけれど、口元は少し緩んでいた。なんだかんだ言ってもやっぱり春臣さんが一緒にいてくれるのは嬉しく、春臣さんの事を頼りにしているんだろう。素直になればいいのに。



「あ、そうだ」



 ふとある事を思い付いた私はそれを春臣さんに聞いてみる事にした。



「春臣さん」

「ん、なんだ?」

「春臣さんは、源頼光に討ち取られたっていう酒呑童子なんですよね?」

「そうだ。敵ながら頼光の奴は強かったぞ」

「誰が春臣さんを蘇らせたんですか?」



 その瞬間、春臣さんの表情が真剣なものになる。



「そういえば、まだ黒兵衛から聞いてなかったか」

「はい。そもそも死んじゃった人を蘇らせる事が出来る人なんてそうそういないはずですし、これまで春臣さんがどんな風に過ごしてきたのかも気になります」

「ふむ……」

「よければ教えてもらえませんか?」



 みなちゃんも真剣な表情で頷く。そんな私達の様子を見た後、春臣さんは仕方ないといった様子でため息をついた。



「まあ、少しだけなら話してもいいか。頼光に命を奪われた後、俺は魂という形で配下の鬼達と留まり、成仏すら出来ずにいた。まあ地獄でも俺達の扱いは持て余していただろうし、多くの罪を犯してきた事もあって天にも昇れない。おまけに俺はまだまだ酒を飲み足りないという未練があった。だからこそ、その場に留まっていたんだろう」

「酒呑童子の名は伊達じゃないな」

「当然だ。そうして何十年、何百年という時が経ち、いい加減このまま留まっていても仕方ないと思い始めた時だった。奴が、俺達を蘇らせた術者が現れたのは」

「その人はどうして春臣さん達を蘇らせたんですか?」



 それだけの力を持っている人だというなら、春臣さん達の事だって知っていたはず。なのに蘇らせた。それなら、何か理由があると思う。



「そうだな……奴曰く、俺達が苦しそうだったからみたいだな」

「苦しそう? 春臣さんは苦しかったんですか?」

「まあ酒が飲めないという苦しさはあったが、奴が言っていたのはそういうことではなかったらしい。奴は俺達の魂が罪で汚れて苦しんでいると言っていた。だから、俺達を蘇らせて今度は他者のために生き、その魂の汚れを無くして天まで昇れるようにして欲しいと言ってきたな」

「それで、あやかしかふぇに来たんですね?」

「そうだ。今の人間の世は中々いいぞ。多くの酒もあるが、その肴になるものも多い。俺のような酒飲みには天国みたいな状態だ。まあ昔よりも人間達の心は荒んでいるように見えるがな」

「それは……」

「否定出来ないな……」



 私とみなちゃんは顔を見合わせながら頷き合う。今の世の中はたしかに便利なものが多いし、色々な食べ物や飲み物、娯楽などで溢れていて楽しめるものは多い。でも、それを利用して悪さを企む人だって少なからずいるし、そうじゃなくても他人に乱暴したり騙してきたりする人だっていっぱいいる。技術や文化の発達は生活を豊かにはしてるけれど、必ずしも心までは豊かにはしていないのかもしれない。



「まあ、俺達のような人外だってそこは変わらない。だが、少なくとも人間達よりは同族意識もあり、もっと豊かに生きているつもりだ。色々な面においてな」

「そうかもしれませんね。今日一日働いてみただけでもお客さんのマナーはとてもよかったですし、なんだか心地よいと思いましたから」

「それは否定出来ないな。人間の中にはああやって写真だけ撮って残すような奴もいるそうだが、あのカフェのお客さんは撮影自体をコンパクトに終わらせ、出来立ての内にしっかりと味わっていた。作り手としてはやはりそういうお客さんの方が好ましいだろうな」

「もちろんだ。初めはカフェというものもよくわからず、俺がこんな事をする必要があるのかと思ったが、今は蘇った事やあやかしかふぇで働く事が出来る事を嬉しく思っている。これまでとは違う穏やかな暮らしも出来ている上に客の笑顔を見られるという楽しみも増えたからな」

「春臣さん……」



 春臣さんの言葉に感動を覚えていた時、春臣さんは懐から紙パックの日本酒を取り出しながら笑みを浮かべた。



「まあ一番の楽しみはやはり酒だな。働いて給金をもらった後に肴を味わいながら様々な酒を飲む。これに勝る楽しみは中々ないな。蘇ってからというもの、俺は体質的にまったく酔わなくなったからな」

「結局お酒じゃないですか……」

「酒呑童子の名は伊達じゃないな……」

「はっはっは!」



 私とみなちゃんが呆れる中、春臣さんは愉快そうに笑った。そしてみなちゃんの家の近くまで来たその時だった。



「あれ……なんか、そこに誰かいる?」

「む、そうだな」



 家の近くの電信柱。その陰に誰かがいた。そしてその人はゆらりとそこから出てきたけれど、街灯の光でキラリと光るものを見て、私達の間に緊張が走った。



「それって……!」

「ナイフか!」

「ほう……」



 私達が警戒する中、冷たく鋭い刃は私達の命を脅かすために静かに光った。

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