第10話

「端のボックス席のパフェとコーヒー、出来てるわよ」

「あ、はい! 別のボックス席、紅茶2のコーヒー1、ココア1。全てホットです!」

「あいよ! すぐに作るからな!」



 バイト開始から二時間が経った頃、店内は大にぎわいになっていた。黒兵衛が言うように妖怪達にとっても映えは重要なようで、食べながら携帯電話で写真を撮っているお客さんをよく見かけた。それを見ても妖怪は人間と変わらない部分があるんだなと感じていた。



「前のバイト先よりも賑わってるから大変だけど、やっぱり働き甲斐があるなあ」

「叶、大丈夫? 疲れてない?」

「うん、大丈夫。まだまだやれるよ」

「無理はしないで。環境が変われば、より疲れは増すから」

「うん、ありがとうね」



 夏葉ちゃんの言葉に嬉しさを感じていると、また別の席から注文のために呼ぶ声が聞こえてきた。



「あ、次の注文だ。夏葉ちゃん、私が行ってくるね!」

「うん、わかった。叶、頼りにしてる」

「うん!」



 笑いながら答えた後、私は注文を聞くために声が聞こえた席へと向かった。やはり人間という事で驚きはされるけど、それでも嫌がる妖怪はいなかった。それどころか人間達の中で今は何がトレンドなのかを聞いてくる妖怪が多く、私は接客の傍らで妖怪達との会話を楽しんだ。


 そしてそれから更に一時間が過ぎて閉店時間になると、みなちゃん以外のお客さんは全員帰り、ようやく疲れがどっと出てきた。



「ふう……」

「叶、お疲れさん。やっぱり経験者だからか初日とは思えないくらいに活躍してたぜ」

「ふふっ、これくらいは頑張らないとね。そういえば、みなちゃんも色々な妖怪から声をかけられてたね」

「ああ。やはり人間はこういう場では珍しいんだろうな。それに、不埒な理由で話しかけてくるような輩がいなかったのは本当に助かった。ああいうのはしつこい奴もいるから正直困っていたんだ」

「たしかに、みなちゃんってナンパ目的の人からよく声をかけられるんだよね。男の人だけじゃなく女の人からも」

「ほーん、そりゃ困るよな」

「まったくだ。はあ……どうにかならないものか」



 みなちゃんが大きなため息をつく。みなちゃんがナンパに困っているのは本当だ。でも、困っている理由は他にもある。ナンパに遭うと、私も絡まれる事が多いからそれも困っているんだろう。だから、この件は私にとっても当然他人事じゃない。



「まあ、話は何か食いながらでもいいんじゃねぇのか?」



 その声を聞いてそちらに声を向けると、いつの間にか人間の姿になっていた黒兵衛がエプロンを身に付けていた。



「黒兵衛?」

「せっかくだから賄いを作ってやるよ。光の分もな」

「わ、私の分もか?」

「おう。んじゃあ作ってくかね」



 黒兵衛がカウンターに入っていく中、私達はその様子を見ていた。



「さーて……やるか!」



 黒兵衛はニッと笑うと、作業を始めた。水洗いをした玉ねぎを薄切りにしてから、ワタと種を取り除いたピーマンを輪切りにし、ソーセージを斜めに切る。それらを軽く端によけた後にケチャップやウスターソースを合わせた物をお皿の中で混ぜ合わせ、オーブントースターの天板にアルミ箔を置いて食パンを敷いてから片面にさっき混ぜ合わせていたソースを塗った。


 その上にピザ用のチーズを等分で乗せ、切っておいた玉ねぎとピーマン、ソーセージを適量乗せてからその上にまたピザ用のチーズを乗せてオーブントースターでそれを加熱し始めた。何が出来るのか、それはもう明らかだ。



「黒兵衛、ピザトーストを作ってるんだよね?」

「流石だな、叶」

「ピザトースト……そういえば、食べる機会はこれまでなかったな」

「ピザトーストはピザがまだ高価だった頃にとある人間が食パンをピザ生地の代わりにして作ったのが始まりらしい。かふぇというかは喫茶店での定番らしいが、ウチでも出してはいるから、その辺は別に気にしなくてもいいな」

「まあたしかに……あっ、もういい香りがし始めてる!」



 オーブントースターからは出来上がっていくピザトーストから立ち上る香りが漂い始めていて、晩ごはん前でお腹がペコペコの今にとっては魅力的な一品になっていた。


 そして6分くらいが経った頃、オーブントースターでの調理が終わったのを確認すると、黒兵衛は中から出来立てのピザトーストを取りだし、それを包丁で六等分にしてからお皿に乗せて出してくれた。



「ピザトースト、一丁上がり。冷めねぇ内にお上がりよ」

「うん、いただきます!」

「いただきます……」



 私とみなちゃんはピザトーストを手に取って一口かじった。サクッという小気味のいい音が鳴ると同時に酸味と塩味、そしてトーストの香ばしさとトッピングされた素材の味わいが口の中いっぱいに広がる。それはまるで、口の中にピザトーストという名の世界が生まれて、それが物語として始まったようだった。



「美味しい……! 黒兵衛、本当に美味しいよ!」

「たしかに……どんなものが出来るかと身構えていたが、これはいい意味で予想を裏切られた形だな」

「へへ、喜んでもらえてよかったぜ。さて、光のナンパ対策だが……そんなの簡単に解決出来るだろ」

「そうなの?」

「ナンパされるのは、女だけでいるから。だったらいればいいだろ、虫除け用の男がな」



 そう言いながら黒兵衛が顔を向けたのは、ピザトーストをおつまみにしながらどこからか取り出したお酒を飲む春臣さんだった。



「え、まさか……」

「おうよ。春臣を連れて歩けばいいんだよ」

「酒呑童子を連れて、街の中を……」



 みなちゃんが複雑そうな顔をする中、当の春臣さんはまったく気にしていない様子でお酒とピザトーストを味わっていた。

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