第9話
週明けの月曜日、放課後を知らせるチャイムの音を聞きながら私はワクワクしていた。理由はいたって簡単。今日から私はあやかしかふぇでのバイトが始まるからだ。あやかしかふぇの営業時間は午前11時から午後7時まで。学校が午後4時に終わるので、平日でも三時間は働けるのだ。
因みに、黒兵衛は週末にあの人間の姿でウチに挨拶に来てくれた。あやかしかふぇという人間からしたら少し怪しげに感じる名前だからという事で、バイトについての色々な話をしに来てくれたようだけど、ウチの両親は特に怪しむ事なく黒兵衛の話を聞いていたし、なんなら律儀な人だという事で結構好印象みたいだった。
「よし、それじゃあそろそろ――」
「叶」
その声に振り返ると、そこにはみなちゃんがいた。けれど、どこかもじもじとしていていつものみなちゃんにしては珍しい様子だった。
「みなちゃん、どうしたの?」
「え、えーとだな……私も叶に着いていって、あのカフェにもう一度行こうと思うんだ」
「それはいいけど……部活動は?」
「今日は休む。部長からは驚かれたが、たまには休むのも大事だと言われたよ」
「そっか。というか、わざわざ私に着いてこなくても道を覚えてたら行けるんじゃないの?」
私だって一発で道を覚えられたんだ。成績優秀で結構記憶力もいいみなちゃんなら恋の熱に浮かされている状態でもたどり着くくらい容易なはずだ。
「それなんだがな、何故か見つけられなかったんだ」
「見つけられなかった?」
「ああ。少しボーッとしてはいたが、道はなんとなく覚えておいたから、私一人でも行ってみようとしたんだ。だが、その道順に進んでも全然たどり着けなくて、狐にでも化かされたんじゃないかと思うくらいだったんだ」
「そうなんだ……」
それを聞いて私はあやかしかふぇが更に怪しいところなんだと感じた。けれど、黒兵衛を始めとしたスタッフ達は悪い人達じゃないし、ぬらりひょんのお爺さんみたいに私達人間と変わらずにカフェを楽しんでいるお客さんだっている。だからきっと、普通の人じゃたどり着けないような仕掛けがあるんだろう。
「でも、私がたどり着けたのはなんでだろう?」
正直、その答えはわからない。でも、黒兵衛に導かれたこと、それ自体があのカフェに行くための何かだったのかもしれない。とりあえずそう思うことにした。
「うん、わかった。それじゃあ一緒に行こうか、みなちゃん。愛しの春臣さんに会いにね」
「なっ、何を言っている!? わっ、私が酒呑童子を恋慕うわけがないだろう!?」
口では否定するけれど、その焦りようから答えは明らかだ。因みに、それを聞いて教室に残っていた女の子達は恋の香りを感じて、きゃーと黄色い声を上げていたし、男の子達は悔しそうな顔をしていた。恐らく、みなちゃんの事が好きな男の子達だったんだろう。
そんな少し騒がしくなった教室を出て、私達は昇降口へと向かった。そして靴を履き替えて外に出た後、私はみなちゃんを連れて覚えている道順通りに歩き始めた。特に変わった道を歩くわけじゃないけれど、よく見てみれば歩く内に見かける人の数は減っていき、あやかしかふぇに着く頃には人間は私達だけになっていた。
「着いた、けど……」
「やはり何か特別な術でもかけられているのか……?」
「かもしれないね。それなのに私がたどり着ける理由っていったい何なんだろ?」
「それはわからないな。とりあえずバイトを始めるために中に入るとしよう」
「うん、そうだね。みなちゃんは正面の入り口から入って。私は裏口から入るから」
「わかった。それじゃあまた後でな」
「うん」
入り口の前でみなちゃんと分かれた後、私は裏口へと回った。そしてドアを開けて中に入ると、春臣さん達が座って休んでいるバックヤードに着き、そこにはせっせと注文品を作る春臣さんと冬美さんの姿があった。
「おはようございます」
「ん? おお、叶か!」
「そういえば、今日が初日だったねえ。学校で疲れたりはしてない?」
「大丈夫です。そういえば、みなちゃんも来てくれてますよ」
「ん、光がか? それは嬉しいな、あの件で懲りて来る気を無くしてしまったのかと思っていたからな」
「それなんですけど――」
その時、バックヤードに黒兵衛が入ってくる。
「お、叶じゃないか。今日からここのバイトとしてよろしく頼むぜ?」
「うん。黒兵衛、ここに来るまでの道なんだけど、何か特別な物ってあるの?」
「特別な物? んー、まあ、あるっちゃあるな。叶も知っての通り、ここのメイン客層はあくまでもあやかしだ。だから、あやかし達が持つ妖力がここに来るための道標になって、ここにたどりつけるって仕組みだ。だから、基本的に人間はここには来られないんだがな」
「みなちゃんもそうだったみたい。でも、私は普通の人間なのにたどり着けたよ?」
「んー、それなんだがな」
「なんだがな?」
何がわかるのかワクワクしていると、黒兵衛はニッと笑った。
「今は内緒だ」
「えー!」
「とりあえず今は働いてきてくれ。制服の着付けは……教えたから大丈夫だよな?」
「うん、大丈夫」
「わかった。んじゃあ、今日からよろしく頼むぜ?」
「うん、任せて」
答えた後に私は着替えるためにロッカールームへと向かった。すぐに答えなかった辺り、あやかしかふぇは今日もどこかあやかしいようだ。
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