第2話遠い場所で待っている
印象的な映画の一シーンのように、何度もスライドしていく車があった。
スローモーションになって、壁に激突して、クラッシュする瞬間に、トマトが潰れるように、景色が背後に広がっていく。
僕はニュースペーパーを眺めながら、無残な交通事故の記事から、想像を駆使して、映像を膨らませる。
アパートの自室でモーニングコーヒーをブラックで飲みながら、思考が昨夜のリサの声と重なった。
もし、リサが事故にあって、トマトのようにクラッシュしたら。
まるで幼い子供のような考えにニュースペーパーを閉じて、コーヒーを一気に飲むと、椅子から立ち上がった。
日常の移ろいというやつは、きっとニュースペーパーのようにはいかないとつぶやいている。
すると、窓辺の熊の人形に一瞥をくわえた。
「喜びが遠ざかるなら、遠いところで待っている」
というフレーズがでてきて、すぐに忘れるようにつとめた。
特に夢や目標がないわけじゃない。
人並みと言われる恋をしてきて、ありきたりと言われる大学に入り、友達も程々いて、他人とはどこか距離をとって生きている。
バイト先のコンビニで品出しの仕事をしながら給料はだいたい服とか食事とか、交友費にまわし、特に変わりどころのないと称される日々を送っている。
「喜びが遠ざかるなら、遠いところで待っている」
ともう一度つぶやいたら、そんな感傷的な内省感は不似合いだなと思い直し、洗面台でポンプウォッシュのレバーを押して、泡で一気に洗顔を済ませると、スウェットから着替えて、服を選んだ。
厚手の黒いジャケットの下に白いロンTを着て、テーパードのブルージーンズをはくと、お気に入りのブルーのキャンバスシューズを履いた。
冬近くの風は少し冷たかった。
ドアにカギをかけると白々しい空を見上げた。
カラスが一羽、急ぎ足で食事にでも向かうのか、とバカなことを思って、アパートのボロい階段を小走りに降りると、駅までの道を歩いていく。
路上には何もない。と感じるのは僕の感傷であって真実ではない。
何かサイケデリックなことでも起きやしないか。
と思うと、ワイヤレスイヤホンを耳に突っ込んで背中を丸めた。
二駅の大学まで、聞き慣れたポップソングを流して、座席に座る高校生の女子達をチラッと見て、窓の外に視線をやる。
僕のことは誰も気にしちゃいない。
と思って、流れゆく景色に、溶け込むようにつとめている自分自身に嫌ではない常識感覚を抱いて、同時に小さな雑居ビルの看板に目をやって、女子達が大声で笑っているから、これはきっと極めて退屈な日常なんだろうなとまた思い直して、ため息をつく前に曲を変えた。
「きっと世界って私たち中心にはまわっていないよね」
と曲の合間にその女子達のリボンが少し曲がったショートカットの方が言うと、「うん、それはそうだけど……」
自意識っていうやつは変な生き物で、そのショートカットの方と目がバチっと合うと、僕はすっとそらして、僕がすでに開き始めた文庫本は本屋のブックカバーがしてあって、そういう女子のやり方は「ある意味、象徴的だよな」と考えると、納得してから、僕は本を閉じた。その女子は本ではなく靴を見ていた。
「素敵なキャンバスシューズですね」
と言って女子達はキャッと笑い声をあげて一駅目で下車した。
「ああ、そうか」
と僕は左右を眺めて、うれしい反面、疑いようもなく女子が賭け事をしていたことを想像した。問題は幼さと自分のバカバカしさにあるのか。
電車を降りて、、僕は午前の講義に間に合わせようと、急いだ。
僕は読みかけの「カポーティ」に自意識を抱いたことを見抜かれたのかと、しかし、一ページも進んでいなかったから、この錯覚に赤面した。
リボンをほどくことを考えるのは自然なことだろう。
淡い期待に、何ていうものじゃなくて、その考えを打ち消して、校門をくぐる。
キャンバスシューズの横にある 鏑木レイジ @tuhimurayuki
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★0 エッセイ・ノンフィクション 連載中 12話
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