キャンバスシューズの横にある
鏑木レイジ
第1話キャンバスシューズの横にある
大事にしていたキャンバスシューズが汚れたよ。
僕は、そう言ってシューケースの中に靴をしまった。
微かに大気中の埃が霧のように暗い照明に沈んで、心の片隅にしまうように、あの子の思い出を整理したかった。
冬の枯葉が舞う並木道をひたすら歩いた。
ひたすら、そう、あの子の記憶がたどり着けない所まで。
あの日々は一体何だったのか。僕にとってもリサにとっても。
リサはよく思い出したように小首を傾げる癖がある。
服のボタンを胸元までしっかりとめていたり、とめていなかったりする。
むしろ、日差しが強い汗ばむ昼下がりにボタンを首までとめていた。
そんなやり方がとても不自然に思えたのは僕が幼かったからなのだろうか。
「私たちって、どこかでおさまる対比的な靴みたいね」
とリサは言う。
返す言葉がないので、僕はその詩的とも言いがたいセリフに戸惑うふりをして、リサの姿を眼で追う。
鏡台を見つめる寂しげな眼が、夕暮れの光を想起させた。
まるで二人の大学の帰り道に一人きりでいるように。
もてあます情熱の中で焦がれるジェラシーがリサを一つのオブジェに見せて、僕は、「前衛アーティストになりたい」とポロッと言ってみた。
「ああ、そう」
とそっけなく返されて、やはり、僕は落ち込むんだ。
「リサ、不思議なことがあったんだよ」
と僕が言うと、
「何? それ。毎日ってデイドリームなのよ」
とリサが返す。
僕は言葉じりを切られて、少しふてくされた顔をしてみる。
自然に。とても自然に。
「そんな表情したって私のボタンははずせない」
「そんなつもりはないって」
「ふうん。ちょっとマナト。顔をつくって」
「かお?」
「どんなだよ」
「私がある寒い日にかぎたくなる香りを想像してみてよ」
「ああ、わかったよ」
「……」
リサは笑う。
「冗談よ。、むしろ、マナトのシューケースの匂いが良いの」
「バカ言うなよ」
「ジーンズ色のキャンバスシューズって素敵よね」
「ああ、僕もそう思うよ」
「まるで80年代のキャンパスライフみたく」
「かわった着想だね」
と僕は言う。
「そうかしら?」
「うん、そうだよ」
リサは大きく伸びをして僕のシングルベッドに飛び込んだ。
そして僕に手も握らせないで悲しく微笑むんだ。
「やるせない」という言葉がふさわしくて、僕はベッドサイドの観葉植物を見るんだ。
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