東濃の地元事情
とは言え現代の岐阜県には
美濃 高山城がぱっとしないのは、この時代の主要街道とも言える東山道から外れているのも理由の一つだろう。せめて東隣の
ただ、これはあくまで他国の者、もしくは東濃に住まない者の考えだ。実は東濃に住む者には、高山城の地はとても重要に映る。
理由は高山城下を通る下街道の存在であった。実は東濃に住む者にとっては、東山道を通って美濃国の中心部へ行くより、下街道を通って
つまり高山城のある地は、
俺が師のいる下
人の往来が激しい地なのだから、人々が銭を落とす。上手くやり繰りすれば、更なる発展も期待できよう。そのためには、どんぶり勘定ではやっていけない。きっちりと銭の流れを把握して、計画的に開発を行う必要がある。これにより、木曽地方や恵那地方の尾張国への経済依存度を、大きく減らせる効果が期待できるというもの。
そんな面白い土地事情の高山城が甲斐武田家の手に入ったのは、実は偶然の一言である。
それを好機と見た
高山城は、恵那地方を領する岩村遠山家にとっては緩衝地帯となる城である。そのため、小栗 重則のような血の気が多い者に渡したくなかったらしい。同じ理由で、高山城は甲斐武田家に管理が任されるようになる。
ここから分かる通り、甲斐武田家は高山城を計画的に手に入れた訳ではない。しかも高山城は、飛び地となっている。だからこそ今も支配領域には入っておらず、俺の左遷先となった。
偶然とは実に恐ろしいものである。
▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽
「
俺と
俺が叔父上と言ったこの二人は、父 武田 晴信の弟となる。父上の方針によって、父上と母の違う弟達は武田の名を名乗れず、元服を機に新たな名が与えられた。年齢は一条 信龍叔父上が七歳上、河窪 信実叔父上が五歳上となる。領地は内定しているもののまだ与えられていないために立場が身軽なのか、しばらくは俺の客将をしてくれるそうだ。
逆に室住 虎登様は、とんだとばっちりである。義父が高山城で生活をするからと、役目を一時中断して急遽駆け付けてくれた。こういう時に割を食うのはいつの時代も真面目な人物なのだろう。事情が事情とは言え、申し訳ない気持ちで一杯だ。しばらく滞在の後にお役目に戻るらしく、それまでの間は不自由ない生活を送ってもらおうと考えている。
それはさて置き、これで俺も体裁が整い、何とか城主らしくなっただろう。ようやく一安心できる。
「それにしても四郎、最初は僻地に飛ばされたと聞いていたんだが、いざ到着してみれば想像とは随分違う所だな。下手すると甲斐府中以外の場所なら、ここの方が栄えているかもしれねぇぞ」
「私も驚きました。宿場町なのは知ってましたが、想像以上です。ですので信龍叔父上、この地なら美味い酒が飲めるかも知れませんよ」
「そいつは楽しみだな」
「兄上、この地は最前線ですよ。ですのでまずは、いつ敵に襲われても良いように守りをしっかりと固める。これが肝要です。四郎よ、この地で最も警戒すべき家は何処かもう調べておるか?」
「信実叔父上、やはり最も警戒すべき相手は
「……小栗 教久殿? 確か甲斐武田家に臣従してはおらなんだか? 今の言い分では、我が武田を裏切るようにしか聞こえぬが?」
「可能性は十分あると思われます」
同じ父、同じ母とする兄弟なのに、こうも性格が違うのは見ていて興味深い。信龍叔父上の方は傾き者と言われる程の豪放さ。信実叔父上は堅実さを旨とする。
そんな信実叔父上に話した小栗 教久殿とは、天文二一年に高山城に攻め寄せた小栗 重則の子だ。小栗 重則は既に死亡している。
実は天文二一年 (一五五二年)の高山城の戦いには続きがある。岩村遠山家と甲斐武田家の連合軍は小栗 重則の軍を撃退した後、ちゃっかりと御嵩城の攻略まで行っていた。そこで小栗 重則は討ち死にするだけではなく、御嵩城は攻め落とされる。
要するに我が甲斐武田家は、小栗 教久殿の仇であった。現在御嵩城主をしているのは、連合軍に負けを認めて臣従を許されたからに過ぎない。
また小栗 教久も、父親の小栗 重則と同じく血の気が多い人物である。そんな人物の目の前に、庶子とは言え甲斐武田家当主の子が現れたならどうなるか? 元服しているとは言え、まだ一〇歳のお子様である。
「そう言えば四郎よ。元々この高山城を守っていた
河窪 信実叔父上の鋭い指摘を受けた瞬間、室住 虎光様と目が合い、互いに苦笑する。
「平井親子ですか……へそを曲げて現在は御嵩城北東の
「なっ。それでは、今高山城には室住 虎登殿が連れてきた三〇〇しか兵がいないのか?」
「計三五〇ですね。平井殿も鬼にはなれなかったのか、城兵五〇は残してくれました」
そしてこれが小栗 教久殿を警戒するもう一つの理由である。
俺というカモネギがいるだけでもいつ裏切りを起こすか分からないというのに、更には兵がいないとなれば父親の仇を討つ絶好の機会と判断されてもおかしくはない。
このような事態になったのは、全ては俺の高山城主就任が原因だ。これまで高山城を守っていた平井 頼母殿は、いずれ自分が高山城の城主になると考えていたのだろう。高山城を奪い、小原城の城主も降し、尚且つ小栗 重則を討って御嵩城をも甲斐武田家の所属としたのだ。その功績は大きい。
本来ならこれらの功績を評価して何らかの褒美が出よう。だが実際には違った。高山城主には俺が就任し、平井親子は俺の与力となるように命が下るのみ。金一封さえも出ない。
ここまで来ると当事者の俺でさえ同情をする。もし甲斐武田家を裏切るなら話は別だが、今のところはそのような素振りなくただ引き籠っているのみ。だからこそ、平井親子の行動を非難するつもりはない。
結果を焦らず、俺は時を置いて和解の機会を探るつもりでいた。
「呆れた奴だな。……そうか、岩村遠山家が援軍にやって来る約定を交しているから、落ち着いていられるのだな」
「いえ、残念ながら|岩村遠山家 当主 遠山 景前殿は病に臥せっているため、援軍は期待できないでしょう。それにそもそも私は、この地に着任したばかりです。岩村遠山家にはまだ挨拶もできていない状態なのですから、見知らぬ間柄と言っても良い位かと。幾ら岩村遠山家が甲斐武田家に臣従しているとは言え、そんな私が援軍を頼むのは図々しく映るでしょうね」
「そうか……四郎がこの地にやって来た経緯を考えれば、仲を深めたいとは思わぬかも知れぬな。なら四郎よ、今小栗 教久殿が攻め寄せてきたら、どうするつもりだ?」
「何を仰いますやら。室住 虎登様が率いてきた兵は歴戦の強者です。また、室住 虎光を始めこの場に集まっている方々は、皆一騎当千の強者です。小栗 教久何するものぞ。あっという間に一捻りするでしょう」
「四郎よ……お主は阿呆か。それで戦に勝てるなら、誰も苦労はせぬは」
「いやいや信実、四郎は良い事を言った。確かに俺達なら小栗 教久如き一捻りだ」
「信龍兄上、何四郎に賛同しているんですか! 幾ら信龍兄上の武芸が他の者より秀でていても、限度があります! 室住様も同じくですよ! 室住様程の歴戦の勇士であれば、戦は一人の力だけではどうにもならないと分かっているでしょうに」
兵は数少ない。援軍は期待できない。近くには爆弾を抱えている。当然ながらその爆弾は、こちらの事情を汲んではくれない。
そんな状態でどう戦うのかと至極真っ当な指摘が河窪 信実叔父上からされるが、これにもあっけらかんと答える。しかもそれに一条 信龍叔父上が乗っかるのだから、性質が悪い。きっと今河窪 信実叔父上は頭が痛くて堪らないだろう。
とは言え、俺も全くの無策で高山城に居座っている訳ではない。万が一敵が攻めてきた場合は、どうするかをしっかりと考えていた。
その秘策は……
「申し上げます。勝頼様、たった今伝令が参りました。御嵩城の小栗 教久殿が挙兵し、軍勢を南に向けたとの由。狙いは間違いなくこの高山城と思われます。その数一〇〇〇!」
「だから言ったろうに。どうするのだ四郎よ?」
「何の問題もありません。打って出るだけです」
「そう来なくっちゃな。腕が鳴るぜ! 大将首はこの俺様に任せろ!」
「期待しておりますよ、信龍叔父上。是非私の初陣に華を添えて下さい」
高山城は天然の要害のため、正直に言えばギリキリ守り切れる戦力差だ。籠城戦なら、何とか耐えきれるだろう。
しかし、それでは面白くない。やるからには勝利をもぎ取る。そのための秘策をここで使い、小栗 教久殿には踏み台となってもらおう。
きっと小栗 教久殿は、俺を侮った。それが一〇〇〇の兵数に他ならない。もし本気で勝ちに行くなら、もっと兵数を揃えるか美濃妻木家を味方にしていた。
その侮りが間違いだったと、その身をもって後悔させてやるつもりだ。
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補足
一条 信龍 ─ 武田 晴信の弟。武田24将の一人としても知られる。一条 信龍が率いた軍勢は後の井伊の赤備えとして活躍する程の精鋭だったと言われている。自身が一度身に付けた鎧を家臣に譲ね事が多々あり、家臣からは絶大な信頼を得ていた。
河窪 信実 ─ 武田 晴信の弟。一条 信龍とは母が同じで、弟だったと言われている。浪人衆を率いており、地味ながらも良将だったと伝わっている。
四郎勝頼の天下取りは東濃より始まる カバタ山 @kabatayama
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