第6話 偏執

 

「ここか…」


 依頼を受けた俺は池袋から電車で新宿へと向かった。


 待ち合わせ場所はチェーン店のカフェ。


 依頼主の顔は依頼書に添付されていたから見れば判るだろう。


 既にショートメールで待ち合わせ場所に到着したとは送ってある。


 返信が来た。


 窓際の席に座っているらしいが、どこの窓際かと見渡せば、表通りからは見えない奥のボックス席に依頼人の姿を見つけた。


 そのボックス席へ歩み寄り、声を掛ける。


「待たせたな。アンタが依頼人だな?」


「はい。本日はよろしくお願いします」


 そのボックス席には、片方の椅子に二人掛けで女は二人座っていた。


 俺に返答したのは、如何にも仕事が出来ますと一目でわかる仕事女の雰囲気を纏っているレディーススーツの女。


 そしてその隣で不機嫌な空気を醸し出しているサンブラスと帽子を被った女、サングラスをしていても顔の作りが良いのが見て取れる。


 とりあえず立っていても始まらない。


 対面の椅子に座らせてもらう。


「さて、まわりくどい話をしても面白くないから単刀直入に訊く。アンタらが希望する仕事内容の確認だ」


「はい。わたくし共の希望は、彼女に付き纏うストーカーの調査です」


「ストーカーの調査、ね。警察に相談は?」


「勿論しましたが、彼女の自宅付近の巡回を強化するという返答をいただき、実際に対応してもらいましたが…」


「効果がない。ということか」


「はい。わたくし共と致しましては穏便に済ませたいのですが、彼女のメンタル面を考えると、あまり長引かせたくはないのです」


「調査とはあるが、実際には犯人の特定と排除がお望みか」


「排除とまでは言いません。穏便に話し合いで解決し、再発防止をお願いしたいのです」


「話し合いで、ね。それが出来たら世話がないだろうさ。ストーカーが単独であるなら話が早いが、この席、もう既に複数の人間に見られてるぜ」


「え?」


 俺がそういうと、依頼人の女は少し間の抜けた声を発した。


「店内に4人、店の外に2人、向かいのビルの屋上から2人。その隣のビルの3階から2人。この席を見ている人間の数だ。人気者も大変だな。おっと、周りを見渡すなよ? 気づかれたと向こうに知られると面倒だ」


「そこまで…」


「俺は暗黒街でも1、2を争うガンマンだ。素人の監視程度見抜けないんじゃ、とっくの大昔にくたばってるのさ」


 俺は依頼人の女──ではなく、その隣に座るサングラスの女に視線を向ける。


 サングラス越しにこちらを値踏みする視線を送って来ていたのは把握済みだ。


「へぇ、見掛けと違って実力は本物みたいじゃん。いいよ、合格」


「合格?」


 何が合格なのかはわからないが、この程度でなんの基準に合格したのだろうか。


「正直、探偵に頼むのもうたぐってったんだよね。ケーサツは役に立たないし、何人かの探偵を雇ってみたけど、みーんな外れだったし。アンタみたいにアタシを監視してる人間を言い当てたのは初めて。まぁ、暗黒街のガンマンとかアニメみたいで嘘くさいけど」


 ちょっと口が悪い、というよりノリが軽い感じの言葉使いの彼女の言葉に、俺は特に何を感じることはない。


 実際日本に居て、アメリカの暗黒街のガンマンという存在を信じろというのは難しい話だ。


「前提として先ず言っとくが、俺は探偵じゃねぇ。ガンマンだってことを頭に入れておけ」


「ふーん。じゃあ、アタシのこの状況をどうやって片付けるの?」


「それは企業秘密だ。とりあえず、お前を監視している人間がどれ程居るのかを調べる。暫くは行動を共にさせてもらうが、文句はあるか?」


「別に。てーかさ、うん。もうめんどくさいからさ。アンタが暫く、アタシの恋人代わりになってよ」


「はあ?」


「ちょっと、奈々香ななか…!」


「別にいいっしょ? つーか、いい加減アタシも我慢の限界なんだよね。もう今回でキレイさっぱり終わらせたいんだよ」


 いつからストーカー被害に遭っているかはわからないが、見る限り結構なフラストレーションが溜まっているのは見て取れる。


「俺は虫除けじゃねぇぞ」


「なに? アタシが彼女になるってのに、なんか文句あんの?」


「スキャンダルとかイメージダウンとか、そういうのには慎重になる業界だろ?」


「ふんっ。その程度でストーカーを黙らせるんだったら、アタシは構わない。それともなに? アタシの隣に立つ自信がないわけ?」


「はっきり言うな。まぁ、それで良いなら、俺は別に構わねぇよ。あぶり出す為のエサはある方が仕事がしやすい」


「んじゃ、決まりね」


「ちょっ、勝手に決めないで! そんなことをして貴女の価値が傷つけられたらどうするの!」


「それくらいで傷つく価値なら、それって本当の価値じゃないじゃん。だったらアタシは、そんなのいらない」


「奈々香…」


 俺と彼女で話が進んでいたが、横から止めてくる依頼人の女。


 その女に言われて言い返した言葉を、俺は気に入った。


「とりあえずもう依頼は受けて、報酬の計上も契約も済んでる。なら、あとはどう行動するかという擦り合わせだけだ。朝から動き詰めで喉が渇いてるんでね。コーヒー注文してくるから、その間に決めてくれ」


 そう言って、俺は一度席から立ちあがる。


 喉が渇いてるのはホントの事だ。


「ねぇ、アタシにもキャラメルラテ買ってきて」


「キャラメルラテな。アンタは?」


「え? わ、私はブラックで」


「ブラックな。んじゃ、ちょいと行って来るぜ」


 背中を向けて俺はカウンターへと歩き出す。


 やはり4人分の視線が動く。


 今判っているだけでも10人は俺たちを見ているとなると、おそらく組織的に動いているだろう可能性を考えておく。


 単独なら話は早かったが、そうでないとなると、これは少し骨が折れそうだな。





 

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令和のガンマン 星乃 望夢 @nozomu09c09

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