第5話 朝 3

 

 2時間が経って、シャワーを浴びて、俺とイザベルは仕事着に着替える。


 俺は黒いスーツに帽子だ。


 ネクタイは日によって黒か青か白に変える。


 今日は青いシャツに合わせて白だ。


 背中に届く後ろ髪を三つ編みにして纏める。髪が長い事のメリットはあまり無い。


 冬場は暖かい程度か。


 後ろ腰にはベルトを通したホルスターに収まったマテバがある。


 着物に着替えるイザベルの後ろに回って、その後ろ髪を三つ編みに編んでいく。


 羽織りに隠れて見えなくなっているが、その後ろ腰の帯にはモーゼルが隠されている。


 歩いて10分程度の最寄り駅から電車に乗る。


 朝のラッシュは過ぎているから客も疎らだ。


 そんな中で席も空いているが、俺は座ることなく乗車口の前に立っていた。


 そんな俺に寄り掛かる様にイザベルも立っている。


 こんな何の変哲もない一般観衆の中で銃を引っ提げているとは誰も思わないだろう。


 特にビクつく事もなく堂々としていれば、そんな危ないブツを隠しているとは見られない。


 挙動不審はそれだけで怪しさを醸し出すものだ。


 電車に揺られながら、6駅ほど過ぎれば大宮駅に到着する。


 西口の伝言板を確認して、東口へと降りて店に向かう。


 店にイザベルを送り届けてから、俺はそこから再度電車に乗って大宮から東京へと向かう。


 降りたのは池袋。


 ここに上場は事務所を構えている。


 昔は秋葉にあったが、秋葉が爆買い中国人観光客向けへの街作りを始めて、ヲタクの街でなくなっていくのと時を同じくして上場は事務所を移した。


 ゲーマーにしてヲタクでもある奴らしい。


 秋葉を追われたヲタク達の為の街として、今の池袋は開発が進んでいる。


 池袋もそれなりに路線が停車する駅だ。


 東口に降りてサンシャインシティ方面へ歩いて行く。


 流石は東京の副都心の街、平日の午前中だというのに既に人がごった返している。


 人の波に乗ってサンシャイン通りに入り、そこから向かうのは乙女ロードだ。


 その軒並びのとあるビルに、場違い的に上場の事務所は存在している。


 生粋のヲタクの上場からすると、この場に事務所があるのは天国だろう。


 スラックスのポケットに手を突っ込みながら歩いていると、スマホのカメラを向けられることがチラホラある。


 ただのスーツ姿ならスルーされるが、俺の格好は黒いスーツにシャツは今日は青にしてネクタイは白に目深に被る黒の中折れ帽。


 そのスタイルは一見してコスプレに見えても仕方のない組み合わせだ。


 しかもこの乙女ロードはお姉さま方が集う場所──必然的にヲタ女子が集まる場所だ。


 遠巻きに写真を撮ったり、声を掛けようとして他のお姉さま方に引き止められたりしているお姉さま方を横目に、俺は上場探偵事務所と二階の窓に書かれた建物に入る。


 一階には喫茶店が入っている。


 階段を上がって事務所のドアを開ける。


 中には応接用のソファとテーブル。


 そして書類が積まれた事務机がある。


「2分の遅刻だな」


「2分程度誤差だろ」


 上場から小言を貰いながら内ポケットから煙草の箱を取り出し、1本口に咥えて火を点ける。


「フフ、どうせ朝から盛っていたのでしょう? ご苦労なことです」


 そう脇から声を掛けてきたのは、ちんまい女の子──葉巻を咥えて煙を立ち昇らせている姿は子供と言えるのか判断に困る、というより、彼女は俺や上場より歳上である。


 上場が頭の上がらない彼女の名は伊手蔵いてぐら 由夢ゆめ

 

 彼女を一言で表すのなら、インテリヤクザという表現が適切だろう。


 眼鏡を掛けていて物腰は丁寧で冷静ではあるものの、一皮剝けば本職でも裸足で逃げ出すほどの雰囲気を漂わせる。


「それで、今日俺を呼んだ理由はなんだ?」


「ああ。そのことだが」


「私が呼び寄せました。貴方に受けていただきたい依頼がありましたので」


「俺に?」


 俺は上場と組んで長いが故に、上場の仕事を手伝うことも多々あるが、彼女から依頼を持ちかけられるということは滅多には無い。


何故なら、組んで仕事をしている上場は別として、彼女は暗黒街でも1、2を争う腕を持つ俺を動かすことの意味を正しく理解している人間であるからだ。


「内容は」


「こちらに」


 そう言って、彼女は俺に一枚の紙を手渡してくる。


「ストーカー被害の相談? おいおい、これは警察の仕事だろう?」


「ええ。だからあなたに頼むのですよ」


「俺は警察じゃねぇぞ」


「非公式の非常勤嘱託しょくたく警官でも、警察であることには変わらないでしょう」


「ただの免罪符代わりってだけだ。そもそも俺に回すより、アンタが動いた方が早いだろ」


「私は別件で手が離せないのですよ」


「なら上場でも良いだろ」


「彼も浮気調査の依頼がありますので、手は空きませんね」


 つまり手が空いていないから俺が駆り出されたということなのだが、ストーカー被害の相談をガンマンに持ち込むなと言いたい。


「よろしくお願いしますよ?」 


 眼鏡の奥の瞳でこちらに睨みを利かせてくる伊手蔵に、俺はわざとらしく聞こえるため息を吐く。


「しゃあねぇな。高くつくぞ」


「ええ。それは先方も承知の上です」


 最初から断れない前提で、報酬料も計上されているのだろう。


 俺は書類を上から下まで読む。


 依頼主の調査項目、その欄にある調査対象の名前は見覚えがあった。


「ほう。人気モデルともなると、そういう輩も湧くってことか」


 ウチは女子が2人居るということで、女性向け雑誌の割合が多い。


 その中で見かけた名前が書かれていた。


 その時の見出しは確か、「100年に一人の美少女現役女子高生モデル」だったか。


 人気モデルをストーキングする厄介ファンを調べる。


 ガンマンが出張る仕事じゃねぇな。





 

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