第4話 朝 2
「ん…ぁ…?」
暑苦しさから目を覚ました。
身体は動かない。
左右からがっつりとホールドされている。
腕や足には柔らかい感触があるものの、人肌の体温、しかしそれが2人分となると、暑さを感じずにはいられなかった。
右を向けば黒髪が、左を向けば金髪が見える。
美人姉妹とも間違われる親子に挟まれて、川の字の真ん中に俺は横になっている。
「ん…っ」
「ぁ…っ」
左右から至近距離で聞こえる艶めかしい声を無視して、少しずつ、起こさないように腕と脚を抜いていく。
腕を抜き終わったら身体を起こす。
右の黒髪の頭を撫でてやって、身体を布団から抜き出すと、忍び足で寝室を出る。
とはいえ、寝室の部屋と隣の居間を隔てる壁はなく、柱と柱の間の突っ張り棒にカーテンを通しているだけの簡素な間仕切りである。
居間の机、革張りの椅子に腰かけて机の上に置いてある煙草の箱から1本取り出し、ライターで火を点ける。
紫煙を吸い込み、口から吐き出すと頭が冴えてくる。
「さみぃ…」
素っ裸は12月ともなるとそら寒いだろう。
カーテンを潜って、寝室の箪笥から適当に服を引っ張り出して、居間に戻って着替える。
囲炉裏に薪を組んで、火を点ける。
台所で冷たい水で顔を洗い、グラスにメロンソーダの素と強炭酸水でメロンソーダを作ったら、その上にバニラアイスを乗せて、クリームソーダの完成だ。
メロンフロート?
ハッ、これだからおこちゃまは。
どっからどう見てもクリームソーダだろ。
ストローを刺して一口飲むと、エプロンを付けて、鉄のフライパンにベーコンを乗せて焼き始める。
「おはよう」
「ああ」
イザベルが起きてきた。
すっけ透けのベビードール、色は黒。
透けているのは眼福で良いんだが、朝っぱらからその恰好は寒すぎるだろう。
「おい、あぶねぇだろ」
「ふふ。温かいわね」
「寒いなら着替えろよ」
後ろから腕を回してきて、背中に寄り掛かってくるイザベル。
料理中は油が跳ねるから抜き身の腕を火傷するかもしれない。
「たまご」
「ええ」
動けないからイザベルに直ぐ脇にある冷蔵庫から卵を取ってもらう。
卵を受け取りながらベーコンの油を寄せて、その上に卵を落とす。
卵を落としたら塩とコショウを振って味をつける。
そしてフライパンに水を入れてたら蓋をして火を止める。
蒸発させた水蒸気で表面を蒸し焼きにするのは余熱で充分だ。
その隣でやかんに水を入れて火に掛けてお湯を作っておく。
「ほら、もうメシが出来るからアイツを起こしてやれよ」
「もう少し、このままで居たいの。ダメ?」
子も子なら、その親も親だ。
首を傾げてこちらを見る様は、とても一児の母の仕草と見るには些か子供っぽいが、それにキツさは感じない。
自然とその仕草をしても違和感なく見れてしまうのは彼女の若々しさ故か?
背中に感じる体温──温もり。
一度失って、二度と手に入るとは思わなかったその熱、母の愛。
男はすべからくマザコンの気があるらしいが、それをくだらないとは俺も言えない。
女として、母として、彼女には色々と世話をかけてしまっている。
放っぽり出せば良いものを、娘を助けてくれたからという理由で俺の面倒まで見てくれた彼女には一生頭が上がることはないだろう。
「おは、よう…」
目元を擦りながら、ネグリジェ姿のサオリが起きてきた。
「おはよう、サオリ」
「…ママばっかり、ずるい」
そう言って、サオリは俺の脇に腕を回して引っ付いてきた。
「引っ付いてくるなよ。動けねぇだろ」
「むぅ、なんでママは良いの?」
「ふふ。ママより早起きすればいいのよ」
「むー…」
朝が弱いサオリからすると、イザベルより早く起きるのはキツイだろう。
「ほら、メシにするぞ」
俺は唸るサオリにベーコンと目玉焼きの乗った皿を押し付ける。
イザベルも離れると、3つのお椀を取り出して、そこにとろろ昆布を入れて行く。
やかんから沸いたお湯を注いで醤油を垂らす。
タイマーで炊けていた炊飯器からご飯を茶碗に盛って、韓国のりと、冷蔵庫からたくあんを取り出して、居間のテーブルに置く。
机から椅子を引っ張ってテーブルの向きに回転させて座る。
「んじゃ、いただきます」
「「いただきます」」
手を合わせて言うと、それにイザベルとサオリも続いた。
アウトローでも「いただきます」と「ごちそうさま」は言うぞ?
んだよ、わりぃかよ。
朝飯を掻っ込んで、洗い物を台所に入れたらそのままフライパンでひと口ハンバーグを焼いていく。
隣でお湯を沸かした小さい鍋にほうれん草をぶち込んで、ほうれん草のおひたしを作る。
ほうれん草が終われば、その煮汁で味噌汁を作ってしまう。
味噌汁を作ったらだし巻き卵を作って、完成したおかずを弁当箱に詰めていく。
味噌汁は魔法瓶に入れておく。
そうしている間にシャワーを浴びて、制服に着替えたサオリの仕度が終わる。
「ほれ、弁当出来たぞ」
「うん。行って来る」
「おう」
「いってらっしゃい」
サオリを見送って、ようやく一息が吐ける。
「おつかれさま」
「おう」
コーヒーを淹れていたイザベルからマグカップを受け取って、一口飲む。
店は夜からだから、イザベルは朝ゆっくりとしていられる。
「今日は何時に出るの?」
「上場に呼ばれてるからな。あと2時間したら出る」
イザベルに問われて、机の上の目覚まし時計を見て答える。
「なら、あと2時間はあるのね」
挑発的に胸元を寄せて上げてくる彼女。
「昨日の今日で元気良すぎだろ」
「ふふ。あの子が一緒なのもいいけど、ふたりっきりも好きなの」
「毎日ふたりっきりになってるだろ」
「私みたいなおばさんはイヤ?」
「まさか」
小さく息を吐いて、エプロンを外す。
「イヤだったら、こうはなってねぇだろ」
彼女の顎に手を添えて、その唇を奪う。
「ふふ。ええ、そうね」
彼女に手を引かれて、俺は寝室へ戻ることとなった。
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