第10話〖僕たちは再会した!〗

「あなたは……」


「初めまして、でも、お久しぶりです、でもないですよね。こういう時、なんて言ったらいいんでしょうかね」


 呆然とする私を前に、青年は間の抜けたことを言う。と思ったら泡が弾けたようにぱっと笑って見せた。


「とにかく、会いたかったです。あなたが事務所に来た時に正体を明かさなくてすみませんでした。どうせならここで、と思いまして」


 さっきまであれだけ歌えていたのに、声が出ない。はくはくと口を動かす。青年は、壁の向こうにいた君は、嬉しそうにしゃべり続ける。


「あの後、僕たちは向こうの国の中央に避難していました。終戦した後、実は、あなたを探すためにこちらの国に来たんです」


 こくこくと頷くことしかできない。彼は私の分まで喋ってくれているようだった。


「でも、あなたがそうだったように、僕にはあなたの情報が美しい歌声を持つことと、可愛らしい丸い文字を書くことぐらいしか無くて……。情報収集のために、探偵事務所に入ったんです。望み薄でしたが、挑戦して良かった」


「そんな……私のために?」


「あなたのためです。僕は、壁の側に住んでいた時、本当に孤独でした。そちらも恐らく似たような状況だったのでしょう。そんな時に、懐かしい歌を元気な声で歌ってくれる人が現れたんです。凄く嬉しくて。大人に見つかったらどうなるか分からないスリルも含めて楽しんでました」


 手を後頭部に回して、照れているような仕草をする。手紙からも伝わってきたけれど、彼はかなりのやんちゃっ子だったのかもしれない。そうか。本当にこの人が私がずっと会いたかった人なんだ。


 諦めないでいて、本当に良かった……。


「僕、あなたが事務所に来た時本当に驚いちゃって。手が震えてたの気づかれてました……?」


「え!? 全然分からなかった……。本当にごめんなさい。あなたはずっと私のことを覚えて、気づいてくれたのに、私全然あなたが彼だと分からなくて……」


「いやいやいや、男性には変声期がありますし、僕は一応探偵の卵なんですよ。ポーカーフェイスは基本中の基本。もしあの時に動揺していたのがあなたにバレていたのなら、師匠に怒られますよ。だから気にすることはありません」


 やっぱり、彼は優しい。昔も今も全然変わらない。どうしよう。今まで生きてきた中で、これほどまで幸福を感じた瞬間は無かった。泣いてしまったら、困らせてしまう。


「そうだ! 歌の続きを聴かせるんでしたね。では、歌ってみましょうか」


 すぅっと、透明な空気を吸い込んで、声変わりをして大人になった彼は大きく歌った。


「〝春になって、ユーフォルビアの丘の上でこんにちは〟」


 視界が、涙で覆われて彼の顔がよく見えない。だんだん大きな影が近づいてきて、私を優しく包み込むように抱きしめた。私は彼の大きな背中に腕を回して、彼の胸に顔をうずめる。


「きゃっ!?」


 彼は、そのまま私を持ち上げて、一回転する。まるで、幸せを嚙み締めているかのように。


「〝泣かないで前を見て?〟」


 彼の綺麗な瞳の奥を見る。彼の目にも少しだけ涙が浮かんでいた。






 「〝僕たちは再会した!〟」

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ユーフォルビアの丘の上で 瑠栄 @kafecocoa

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