第9話〖手紙〗
『拝啓、壁の向こう側にいた君へ。久しぶりです。あなたが僕を探していると聞きつけて、つい筆を手に取ってしまいました。探偵事務所さんには感謝してもしきれません。本当に、無事でいてくれてよかった。ずっとあなたの事が気になっていました』
こんな手紙が届いた。今朝、探偵事務所から。相談に言ってからまだ5日だ。5日なんだ。仕事が早い。早すぎる。もしかしてあのお兄さん、めちゃくちゃ有能だった……?
なんにせよ、この優しくて綺麗な文字は絶対彼のものだ。私が間違うはずがない。ずっと、見たかったこの字。良かった。彼は生きていたんだ。
早速、返事を書かないと。何を伝えようか、今までのこと? 近況? ……そうだ、もうすぐ向こうに行くことを伝えないと。ユーフォルビアの丘の上で、会いませんか、なんて誘ってみるのはどうだろう。ふしだらかな? 失礼かな? いいや、やってしまえ。
あとは、そうだ。探偵事務所にお礼の手紙。本当は直々に挨拶に行きたいけど生憎時間が無い。沢山感謝を込めて書こう。
お気に入りのシーリングスタンプを押して、最近友達に教えてもらった香水なんかも便箋に付けてみたりして。スキップしながらポストに行った。
* * *
揺れる馬車の中で、移り変わる景色を眺めながら手紙の内容を思い出す。
「なんだか、出発の時は悲しそうな顔してたのに、今ではすっかり楽しそうね。ニヤけてるわよ、顔」
「えっ!? やっぱり!?」
「鼻歌も盛れてるぞ。昔から、本当にずっとその歌が好きだな」
ガラ爺が苦笑する。私はわざと大袈裟に口を尖らせた。
「だって、おじいちゃんがずっと歌っていた曲だもの。なんか、歌ってると落ち着くんだよね」
また、車窓を眺めながら口遊む。今朝、届いた探偵事務所からの手紙。二通入っていて、一つは事務所からの依頼完了のお知らせ。二つ目は、彼からの返事。
私たちは明日、ユーフォルビアの丘の上で会うことになった。ようやく、彼の顔が見える。ようやく、一緒に歌える。今まで、こんなに楽しみな予定があっただろうか。こんなにも時間が早く過ぎて欲しい日があっただろうか。
「ジュリー、彼のことはどう思ってるんだ?」
ふいに、ガラ爺が呟く。
どう思ってるか? そういえば、どう思ってるんだろう……。私にとって、恩人で、心の隙間を埋めてくれた人で、ずっと会いたかった人で……。
「お前は彼のことが好きなのか?」
真っ直ぐな声は、私の心臓を鷲づかんだ。大きく跳ね上がった鼓動が聴こえる。ガラ爺達はお互い見つめあって、「若いねー」なんて言って笑ってる。反論はできない。声が出ない。
ただそっぽを向いて、じっと遠くの山を見つめた。たぶん、今の私の顔は史上最高に赤いと思う。
* * *
いよいよ、この日がやってきた。新居からユーフォルビアの丘は、そこまで遠くなかった。走って丘を駆け上がる。
きっと、絶景というのはここのことなんだろう。どんな著名な画家だって、きっとこの美しさは表すことができない。空は青く晴れ渡って、緑がよく映えている。色とりどりの花が咲いていて、夢の世界にいるみたいだった。自然と歌いたくなるような、豊かな眺め。
「〝空は青く、花が咲く! ユーフォルビアの丘の上で踊ろう!〟」
くるくる、くるくる、踊る。ただ春風と流れるように舞う。
「〝空は赤く、花は散る! ユーフォルビアの丘の上で歌おう!〟」
今までで1番大きく口を開いて、歌う。麗らかな春が指揮するままに歌う。
「〝冬になって、ユーフォルビアの丘の上でさようなら!泣かないで前を見て!僕たちは──〟」
ザッ。音がした。後ろに誰かがいる。
「僕たちは、再会する」
綺麗で凛とした、少年の声じゃない。低く、よく響くテノール。
急いで振り返ると、そこにいたのは帽子を取って優しく微笑む探偵事務所の青年だった。
「ようやく、会えましたね」
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