第8話〖転機〗
青天の霹靂。突然の立候補に、おじいさんですら目を丸くしている。
「本気か?」
「本気です。お代は要りませんよ」
にこやかに笑っている。どうして? お代は要らない? 膨大な労力が必要なのに?
「修行の一環ですよ。大丈夫。それに、6年前の絆をまだ忘れられないあなたの執念に心を打たれたと言いますか、とにかく、手伝いたくなったんです」
気づいたら、彼の手を取っていた。目頭が熱くなる。彼は私の涙を見て、困ったようにふにゃりと笑った。
「ありがとうございます……! 本当に、ありがとう……」
「泣かないでください。大丈夫ですよ」
そして、連絡用の住所と名前を紙に書いて、私は何度も頭を下げてお礼を言いながら事務所を出た。
まだ見つかると確定した訳じゃない。でも、協力者ができたというだけで強くなれた気がする。このまま、上手くいってくれるといいな。
* * *
「おう、ジュリーや。お邪魔してるよ」
家に帰ると、ガラ爺がリビングで寛いでいた。ガラ爺は隣に住んでいるので、ことある事に我が家に来る。まぁ実質おじいちゃんみたいなもんだし、身体のことが心配なのでうちにいてくれた方が安心できる。
「ガラ爺、お母さん、ただいま」
「おかえりジュリー。どこに行ってたの? あなたがこの時間までどこかへ行くなんて珍しいわね。まさか……デート?」
ニヤリ、意地悪く言う。ことある事に私の恋愛事情を探ってくるけれど、何がしたいんだこの人は。
「違うよ。相談事をしに探偵事務所に行ってたの」
「相談? 探偵? 何についてだ?」
そろそろ、話しても怒られないかな。時効だよね。6年経ったし。
「夕ご飯を食べながら話すよ」
今日の夕ご飯はシチューだった。パンをかじりながら、私は独白を始める。探偵事務所で言ったことをそのまんま。
お母さんとガラ爺は同時に深いため息をついた。
「まぁ、森の方を通って配達に行ってないんじゃないかとは思ってたのよ。でもまさか、文通してたなんて……」
「なんにせよ、無事でよかった。平和になった今だからいいが、もう二度と危ないと分かっていることはするんじゃないぞ」
小言や苦言が飛びまくる。なんか部屋の片付けとかそそっかしいだとか関係ないことまで言われてる気がするけど、全面的に私が悪いので口を結んだまま大人しく聞いていた。
お母さんは再びため息をついて、やれやれとかすかに笑っている。
「その壁の向こうの君? を探すことについては好きにしなさい。もう、あなたは自由だものね」
「そうだな。長い戦争が終わって、いろいろな縛りが無くなった。恋でもなんでも、国境を越えてするがいいさ」
「本当に!? じゃあそうするね!」
「──ああ、そうだった。私からも、大切な話があるんだった」
お母さんはシチューを口に運ぶ手を止める。私は意気揚々とじゃがいもを咀嚼しながら適当に相槌を打った。
「急だけど1週間後、お父さんたちのところに行くことになったの。だから準備をしておいてね」
「え!? もう!?」
いやいや、あまりにも急すぎる。探偵事務所とのやり取りはどうすれば……? まぁ、手紙とか、そういうので何とかなる気がするけど……。
「ガラ爺が馬車の手配とかを済ませてくれたのよ。春は人の出入りが激しいから、予約がなかなかね……」
「さぁ忙しくなるぞ。ほら、さっさと食べて荷物をまとめるんだ」
ガラ爺はパンの欠片を口に放り込んで、さっさと立ち上がって行ってしまった。微妙に飲み込めない現実をぼんやり感じつつ、じゃがいもを嚥下する。友達に伝えて回らなきゃなぁ……。あの毎朝パンを買いに来るおばあさんにも別れを告げないと。
向こうの国。そうだ。向こうの国に行ったらまずはユーフォルビアの丘に行こう。再会、できるといいな。
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