第7話〖探偵事務所〗

 一通り店の手伝いが終わって、外に出た。うちの店から、ちょっと遠い位の場所。そこにぽつんと小さな建物があった。探偵事務所らしい。


「ここ、かな?」


 ドアに掛けられたOPENの文字に勇気をもらって、扉を開けた。カウンターに眼鏡をかけたおじいさんが新聞を読んでいる。じろりとこっちを向いた。私の姿を見て、一気に眼差しが優しくなる。


「おや、こんにちは。お客さんかな?」


「こ、こんにちは! その、人探しを、お願いしたくて来ました。貼り紙を見たんです! 戦争で行方知らずの方を探してくれるって」


 眼鏡をとって、微笑んでくれた。私を目の前の椅子にどうぞどうぞと座るように誘って、振り向いて言った。


「おーい! お客さんが来たからお茶を入れてくれ!」


 はいっ、と元気なテノールボイスが聴こえてくる。しばらくして3つのティーカップを載せたお盆を持って、すらりと高身長の爽やかな好青年が歩いてきた。


「さて、ご依頼の探し人というのは?」


 おじいさんが手を組んでこちらを見る。私はポケットをまさぐって、しわくちゃになった彼からの最後の手紙を取り出した。


「この、手紙をくれた人を探すのを手伝って欲しいんです」


 またしても眼鏡をかけたおじいさんは手紙をじっと見つめる。青年も覗くように読み始めた。


「僕はもう行かなければいけません。どうか、また会えますように……。〝この、泣かないで前を見て。僕たちは再会する〟というのは向こうの歌じゃないか? 確か」


「ユーフォルビアの丘の上で、ですね」


 遮るように、青年は言った。知っているのなら話は早い。


「そうです。6年前、私は土壁の──国境の近くに住んでいました。私は実は向こうの国から亡命してきた過去があって……。故郷のことを誰にも言えない孤独の中、ひっそりと暮らしていたんです」


 分かりやすいように言葉を選んで語る。おじいさんは腕を組んで難しい顔をしていた。


「土壁の、誰もいない環境で祖父が教えてくれた歌を歌うのが好きでした。ある時、いつも通り歌を歌っていると、壁の向こうから歌声が聴こえたんです。それから私は密かに壁の向こうの誰かと交流を始めました。狭い壁の隙間から紙を通して、文通してて。これは最後の彼からの手紙です」


「それは、なかなかすごいことをしていたね。もし軍にその行動が見つかりでもしたら大問題だよ。運が良かったね」


 おじいさんは苦笑する。ガラ爺と同じ意見に、私は否定もできずに顔を赤くしてしまった。確かに、私は運が良かったのかもしれない。


「それで、この手紙の主……。顔は分からないとして、名前は知らないのかい?」


「知らないです。もしこの手紙を道に落としたりした時に、特定されてしまう可能性を少しでも下げたくて……」


 顎に手を当て、思考している。きっと、行方不明者を探すというのは、最低限名前が分かることが前提になっているんだろう。かなりの無茶を言っている自覚はある。断られても仕方がないとは思う……。それでも願わずにはいられない。


「この筆跡から捜索することは、膨大な労力と時間がかかるけれど、希望はあるかもしれない。しかし、報酬はかなり頂かないとできないな。申し訳ないけど、こっちも商売だからね」


「お金ですか……。一応少しなら用意はあるんですけど……。厳しいかなぁ……」



 蓄えならある。もともとお金を使う性格ではなかったし、パン屋は繁盛しているから。でも余裕があるかと言われたらそうでも無い。


「実は、会話もしたことが無いんです。立ち止まって壁に向かって話しかけている所を見られてはいけないから。私は、彼の歌声しか知らない……」


 情報があまりにも少なすぎる。彼の字がすごく汚かったりしてくれれば良かったのに。それなら少し探しやすかったのに。


 調査を依頼することは諦めるしかないのかもしれない。


 最後にお礼を言おうと口を開いた。それより先に、青年が口を開く。言った。


「僕に、探すのを手伝わせてください」

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