アラサー剣聖、弓を引く
たしろ
第1話
その日、王都アレクサンドルに稲妻が走った。
魔王軍の進行により壊滅的な被害を受けた市街地。その復興を手伝いに来た『剣聖』の異名を持つ英雄ルクト・アインバールが、矢を放った。
使用したのは現場の作業員が暇な時間を潰すために作った、荒い作りのおもちゃ弓だった。ほんの数歩離れた的を射る簡単なゲーム。
狙い澄まして放たれた一射は、復興途中の大通をえぐり、城壁を破って空へ消えた。
幸いにして死傷者はおらず、ルクトに与えられた罰は厳重注意に止まった。
むしろ誰もそれ以上にしようがない。
ルクトがいなければこの国は滅びていたのだから――
◇◇◇
豪快な笑い声を上げながら周囲の冒険者たちは並々と酒の注がれたカップをぶつけ合っている。弾けて溢れる琥珀色の液体。多少掛けられたとて、今の俺は怒りを露わにするようなことはない。
何せアラサーにもなってエルフの少女に公開説教を受けているのだから、面目立たない現場に注目を浴びたくはないものだ。
まったく、俺が何をしたっていうんだ。
「ルクト、今開き直ろうとしてた」
「いや、その……」
マントを羽織ったつるぺた金髪ロング――黄金弓のフィノ様には全てお見通しだ。
ギルド『黄昏』の副団長。平たく言えば俺の上司。
人の心が見えるだとかで、
俺も何度となく彼女には助けられてきた。が、いざ対峙すると心底つらい。
見た目年齢15そこらの子にここまでいいようにやられるんだ。
今更になって魔王軍連中の苦心が分かる。
と、いうよりもだ。どうせ読めているのなら少しは俺の心を汲んでくれ。
俺はただ遊んでいただけで、どうしてあんな事になったのかも理解できていないんだ。弓を持つのだってはじめてだったのに……
「いい歳して仕事中に遊ぶな。あと、言いたい事は口で言え」
「はい、ごもっともです」
「それで、矢を射た時の感覚は?」
そんなこと聞かれても、見様見真似で適当にピョーイって。
なんて考えているとフィノが頭を抱えてため息をついた。
「ルクトが手本にしていたのはボクだろう? で、実際にやってみたら同じようにできてしまったと。困るんだよね、おもちゃでボクの全力を再現されたら……」
言わんとすることは理解できる。
確かに俺が放った一撃は、魔王と戦った時にフィノが放った奥義と大差ないものだった。しかし、しかしなんだよ。
アレは再現性がない、偶然の賜物なんだ。
あの後こっそり空に向かって何回か射てみたけど、あんな事にはならなかった。
「あれだけやらかしておいて、またやろうとしていたのか?」
「いや、違うんだ! これはその、出来心ではなくて、なんというか状況確認というか……」
「分かった分かった。ルクトに悪意が無いのはボクが一番知ってるから。それで、団長と少し話し合ったんだけど、これ」
そう言ってフィノはペラ一枚の書類を差し出してきた。
解雇通知。俺宛のものだ。
あまりにも突然のことに、生まれてこの方はじめて頭が真っ白になった。
アラサー剣聖、弓を引く たしろ @moumaicult
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