第20話 この歪んだ世界にさよならを
私はイヴに車椅子ごと運んでもらって、屋上に向かう。
「もう、どうでもいい」
太宰さんは死んだ。私を置いて。
太宰さんは私を捨てたんだ。ホントはもう、分かってた。
太宰さんは私を利用するだけ利用して、要らなくなったら捨てる気だって。
だってそうじゃなきゃ、ポートマフィアのボスが六歳の幼女なんて拾わない
まぁ太宰さんの役に立てたならいいや。
……………
太宰さんは私の生きる意味そのものだった。
突然お父さんが居なくなって、どうしたら良いか分からなくて泣いていた私を拾ってくれた。
太宰さんがいない世界なんて興味ない。
だから……
「こんなこと頼んでごめんねイヴ」
私は側にいた彼女に言う。
「本当に、それでいいのですか?」
「……貴女は私の言う通りにすればいいの」
一瞬、イヴが悲しそうな顔をしたけど知らないふりをする。
私が自殺できる日は今日しかないから。
中也さんは鎖に繋いで地下にいる。
姐さんは何かあった時のために中也さんの側にいる。
敦さんと鏡花は行方不明。
後は全員私より弱いから大丈夫。
誰も私を止められない。
「イヴ」
私がそう命じると、イヴは私を屋上の外へ浮かばせた。
怖くはなかった。
むしろ、楽しかった。嬉しかった。
ああ、これでやっと太宰さんの元に行ける。
そして私がイヴに異能を止めるよう命じようと口を開きかけた瞬間、屋上の扉が開いた。
…‥…やっぱり、来ちゃったか。鍵は閉めたはずなんだけどな。
「美玲ちゃん!」
「美玲ちゃん、戻ってきて下さい!」
………戻ってきて?何を言ってるの?
「私たちには美玲ちゃんが必要なんです!」
別に貴方たちに必要とされても迷惑なんだけど。私は太宰さんに必要とされればいいんだし。
私は綺衣羽に命令して、二人が邪魔できないようにしてもらう。
綺衣羽が二人を足止めしているうちに、私が目配せをするとイヴは異能を解いた。
さっきまで忘れていた重力が蘇り、身体がちぎれそうになるくらいに引っ張られる
痛いなんて全く感じなかった。なにも、感じる必要はない。
自分はただ、このまま地面へと吸い込まれて行けばいい。
……太宰さんが見た景色ってどんなのかな。
見ても、いいよね……。もう、私の全てだった人はいないし、誰に迷惑をかけるわけでもない。 そろり、と目を開ける。途端、涙がポロポロと溢れ、眼が見えなくなっていく。
太陽を見てるせいだ。涙が溢れるのは。
悲しくなんてない。怖くなんてない。
私は無理矢理眼を閉じて、重力に身を委ねる。ふわり、と鳥になった気分だった。
次が来ないと信じて。限りない暗闇に向かって、飛んで行く。
でも一つ気がかりがある。
太宰さんに教わった私の異能。
その代償のこと。
「君の、異能を作り出す力の代償は消失。君が死ねば、君は存在ごとこの世界から消える。」
今更そんなこと思ったってどうにもならない事は分かっている。
でもやっぱり思ってしまう。願ってしまう。
「鏡花と敦さんには忘れられたくなかったな」
初めてできた友達だったのに。
出会った瞬間から忘れられることは確定していて、わたしとの思い出も全て書き換えられる。
手に入れた瞬間に失うことが約束されてるいるのならばいっそ出会わなかった方が。能力を知らなかった方が幸せだったかもしれない。
…遺体。私の遺体はどうなるのだろう。
皆んなに忘れられるからゴミ袋かな。
もし一般市民が居れば警察に通報してくれるかな。
戸籍ないから警察の人困るだろうな。
あ、そうだ。3人目だ。3人目を作れば能力の代償で塵となって消える。
そうしたら太宰さんの死んだ場所は汚さなくて済むし、みんなが私の遺体の処理に困らなくて済む。一石二鳥だ。
予備のぬいぐるみ、ポケットに入れていて良かった。
「異能力ー『双子』」
年齢及び見た目、わたしと同じ。異能力、なし。性格、優しい。
名前ー「ミア」
発動と同時に身体が、足から砂のように崩れて私だったものは風に紛れて遠くに飛んでいく。ああ、本当に死ぬんだ。
誰にも記憶されず、思い出も何もかも。本当の意味で全部消えるんだ。
「私の方こそ約束破ってごめんね。鏡花。敦。
さよなら」
それはとても良く晴れた、綺麗な青空の日のことだった。
存在しない少女の記憶 雨窓美玲 @21808756
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