第7話 ブレイクタイムは程遠く
ダイニングキッチンのテーブルは四人掛け。よって姉貴はどういう配置にするべきかを悩んでいる。俺と佐々木の位置関係を悩んでいる。隣同士にするべきか、向かい合わせにするべきか。
しかし姉貴はそんなことなど口には出していない。出せる筈がないのだ。そんなことを口にすれば、俺と佐々木をくっつけようとしているのがバレてしまうからだ。
いや、待てよ。姉貴は、俺と佐々木の関係性をキチンと把握しているのだろうか。つい先程は二人きりにしたがっていたが、もう付き合っているとでも思っているのだろうか。それとも、付き合う直前くらいに思っているのだろうか。とにかくまぁ、席決めに際して姉貴が発したのは、たったの一言。
「ちょっ、ちょっと待って!」
そうして俺と佐々木を制止した姉貴は、顎に手をやり、悩み続けている。四つのイスをチラチラと見ながら、悩み続けている。俺はそんな姉貴の様子から、なにを考えているのかを汲み取ったワケである。
姉貴が答えを出したのは、およそ五分後。そのあいだ、俺はただただ待ちぼうけ。佐々木はダマシヤと遊んでいた。
折角の焼きたてチーズケーキが冷めつつある中、決まった席は、俺と佐々木が隣同士。より距離が近い配置にしたようだ。そして俺の前には姉貴である。更にいえば、余った席にはダマシヤが座った。イスに後ろ足をつけ、体を伸ばし、前足をテーブルの上に置くような格好。そんなダマシヤの向かい側には、猫好きの佐々木がいる。よって彼女はスマホを取り出し、撮影会を開始してしまった。もちろん俺と姉貴に許可を得てから。
しかしながら、ダマシヤ自身の許可は得ていない。佐々木からすれば、ダマシヤは普通の猫である。よって、彼の許可を得る筈などないのだ。もしかしたらダマシヤが不機嫌になるのではないかと心配したが、そんなことはなかった。なんとも大人しくしている。いくら撮影をされてもイヤそうな素振りは全く見せない。しかしダマシヤの性格を考えると、イヤがりそうなモノである。どうして大人しくしているのだろうか。
リビングでの話し合いの様子から察するに、ダマシヤは佐々木のことをあまり気に入っていないようだった。それなのに、どういうワケか大人しくしている。もしかしたら、俺のためだろうか。佐々木の興味をダマシヤ自身へと惹きつけることにより、俺と佐々木の仲を取り持とうとしてくれているのだろうか。
「キャーッ! ダマシヤちゃん、可愛い!」
とりあえず、佐々木は上機嫌である。さっきからスマホのシャッター音がひっきりなしに轟いている。もう紅茶から湯気は出ていない。完全に冷めてしまったようだ。しかしまぁ、それは佐々木だけの責任ではない。姉貴の席決めによるところが大きい。
「あの・・・、そ、そろそろ、食べない?」
終わりの見えない撮影会を止めるため、姉貴が口を開いた。
「あ! す、すみません! せっかく作ってもらったのに!」
「いや、それはイイんだけど。ダマシヤもあんまり撮られてると、イヤになるかもしれないし・・・」
「そ、そうですよね。はい、もうやめます」
そうして、漸くティータイムの始まりである。
ふぅ・・・。やっと一息つけそうだ。
帰宅してからというもの、短時間のあいだに色々なことがあった気がする。だが、漸くティータイム───いや、
・・・しかしながら、事はそう上手くは運ばない。
「お姉さん。さっき、ダマシヤちゃんと喋ってましたよね?」
佐々木の言葉により、場の空気が凍りついた。姉貴の動きは勿論のこと、俺の動きまで止まってしまった。まるで氷の魔法でも掛けられたかのように。
マズい、マズい、マズい・・・。
旨そうなチーズケーキを前にして、『マズい』という単語しか浮かばない。なんという矛盾。しかも俺はまだチーズケーキを食べていない。それなのに『マズい』と思うなんて、なんとも
いやいや、なんだか使い方が
佐々木ってば、いとおかし。───って、そんなことを考えてる場合じゃない!!
なんとか誤魔化さないといけないが、どうすればイイのだろう。このダイニングキッチンに来るとき、姉貴の声は俺に聞こえていた。それはつまり、佐々木にも聞こえていたということだ。なぜなら彼女は俺のすぐ傍にいたのだから。そんなことは、よくよく考えれば分かることである。いや、よく考えなくても気づくことである。しかし俺は姉貴への注意喚起に気を取られ、佐々木への対処を怠ってしまった。そのツケが今、やってきてしまったのだ。
「いつもダマシヤちゃんと会話するんですか?」
「・・・あ、えと・・・」
またしても姉貴はパニック状態。やはり両目はキョロキョロと泳ぎ、口はアワアワと震えていて、額には冷や汗を掻き、両手はマゴマゴと動いている。
・・・そんなにパニクると、もう答えを示してるようなモンだろ。
「ほ、ほら。佐々木さんもダマシヤと喋ってたよね? 姉貴もそうなんだよ、猫好きだから」
俺の言葉に、姉貴は唖然とする。いや、愕然と言った方がイイかもしれない。とにかく姉貴は、信じられないというような顔をしているのである。その理由は明白だ。姉貴は犬好きなのである。『猫派か、犬派か』となると姉貴は、完全に犬派なのだ。
ダマシヤがウチに初めてやって来た日のこと。姉貴は彼に訊いていた。「喋る犬は、いないの?」と。両目を
太古の時代より、地球上では無数の争いが起きている。その中には、現在まで語り継がれるほどに有名なモノがある。関ヶ原の戦いや、フランス革命などなど。そしてそんな有名な争いの中で、
いつの頃からか巻き起こったその争いは、熾烈を極め、血で血を洗うかのような闘争にまで発展している。猫派にとって、犬派は決して許すことのできない最大の宿敵である。また、その逆も
永世中立派閥であるところの『動物好き』が何度か仲介を務めて停戦協定の樹立を
猫派と犬派は、共に
だから今、俺によって『猫好き』というレッテルを貼られた犬派の姉貴は、俺のことを『極悪非道の人でなし』とでも思っているだろう。
いや、流石にそんなことはないか。少し大袈裟に言い過ぎたようだ、色々と。
「そうなんですか! ワタシと同じですね!」
「あ・・・、うん・・・」
無邪気な笑顔で喜んだ佐々木と、無気力に答えた姉貴。明暗がクッキリと分かれている。
「それでダマシヤちゃんは、なんて答えたんですか?」
「え?」
佐々木からの質問に、姉貴は戸惑う。しかし佐々木の攻撃の手は───いや、口撃は緩まない。
「ダマシヤちゃんの気持ちなら分かるんですよね! さっきワタシと
「あ、あ~・・・」
口を引きつらせ、俺を見た姉貴。どうやら俺を頼みの綱にしているようだ。しかしながら俺を頼られても困る。なぜなら佐々木が訊いているのは、さっきの姉貴とダマシヤの
やった~! 佐々木が俺の名前を、下の名前を呼んでくれたぞ~!
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ウチの猫はニャーとは鳴かない @JULIA_JULIA
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