第25話 路銀稼ぎ


 幽影ゆうえいの森の端。

 近郊の町リムセールに荷車を預け、徒歩で来ていた。


「ニャア!」


 ネイがにゃあにゃあと楽しそうに森の中を駆け巡っている。


 イクリプスミミック。

 

 影と影の間を自由に行き来するミミック。

 倒せば高価な宝石を落とす。レベルを上げたエドガーの速さはこの世界でもトップクラスなのだが、俺では捕らえることは困難なほどに、イクリプスミミックは速い。


 の話だ。


 だがLV50を超えたネイの速さは異次元。

 そしておそらくすでにネイは50を超えている。


 逃げ惑うイクリプスミミックをがんがんと捕まえてくるから。

 

 ネイはハァハァと肩で息をしながらも、しっぽはぶんぶん、耳はパタパタ。

 牙をむき出しにして、イクリプスミミックを捕まえては俺の元に持ってくる。


 ネイはまだ子供だから体力を超えて遊んでしまう。

 そろそろ強制的に休憩させなければ、倒れるまで遊んで、翌日には熱を出すことだろう。楽しそうな様子なので、続けさせてあげたいが。


 今まで屋敷では眠い中、昼中にネイに合わない労働をさせてしまっていた。

 本当はこうして外で遊んでいるのが一番好きな年齢だ。


 イクリプスミミックの動きの速さと、影の中からの予期せぬ出現がネイにとって、よほど楽しいのだろう。疲れてしゃがんでも、イクリプスミミックがリポップすると駆けて行ってしまう。かわいいのでずっと見ていたいが。


 ネイが持ってきたイクリプスミミックに止めを刺し、宝石を手に入れる。


「ネイ。休め、だ」

「ウゥ!」


 涙目で見上げる。もっと遊びたいのに……という様子で、命令により光る首輪に手をかけている。取りたいという風な仕草だ。

 獣人語で一生懸命に話しかけてくる。

 残念ながら内容は全くわからない。

 この世界は獣人語を理解できない、そうできている。


 ゲームの頃も同じだった。言語解析や暗号解析を得意としている有志が、獣人語を読み解こうとしたが無理だったくらいに難解。

 分かったのは、朝昼夕、誰と話すか、どこで話すか、その場その場の条件で彼らの話す単語の意味が変わるようだった。しかも聞き取りにくい発音というおまけつき。

 亜人同士は話を理解しあえるようなのだが。


 ごまかすようにネイの頭を撫でる。


「ネイ。偉いぞ。かわいいぞ。休むことができたらもっと偉い。大好きだぞ」

「あぅあぅ。……にゃふ」


 ひとしきりモフモフすると、おとなしくペタリと座った。

 亜空間から、焼き菓子と飲み物を取り出しネイにあげると満面の笑みを浮かべる。

 けど食べずにじっと見つめるのみだった。猫なのに犬のようだ。


「食べていいよ」


 小さな口で焼き菓子をはむはむと食べては、しあわせそうな笑みを浮かべる。



「エドガー、様……」


 背に斧をかついだジェイコフが、涙を流したまま森の中から帰ってきた。

 自尊心をめちゃくちゃに傷つけられたおっさん特有の雰囲気を出している。秋だと言うのに、服を汗だらけにしていた。


「まさか……ジェイコフ……」

「うっ」


 ガクっと膝をついた。そして地面を何度も何度も殴る。

 くやしさを表現する彼にあえて告げた。


「ネイは20匹は捕まえたぞ」

「ああああああああああ! 嘘だ嘘だ!」


「ミミック如き朝飯前でございますよエドガー様! 不肖ジェイコフがんばります! 私の勇姿を見ていてください! ……これが勇姿か? 俺は何を見ればいい?」

 数時間前に言われた言葉を返してみた。

「やめて下されえええええ!」


 ジェイコフは弱くはない。有象無象の騎士と一対一なら無双できるくらいだ。

 だが、イクリプスミミックは捕まえられない。早すぎて、トップクラスの実力者ですら本来捕まえられないから無理はない。ネイが特殊なだけ。


 ジェイコフではどう頑張っても無理だ。だから一応止めた。

 私をそんじょそこらの男と思うなかれ、といって自信みなぎる顔で森の奥へと進んだのだ。

 結果がこれ。分かっていたことだが。


「え、エドガー様だって、わ、私と同じじゃないですか?」


 ジェイコフは拗ねていた。

 肯定してもいいのだが、ジェイコフと同じと思われるのは何故か納得がいかない。

 俺にもプライドがあるようだ。


 ゲーマーとしてのプライド。


 短刀を亜空間から取り出す。


 肩を回し、軽く筋肉を緩め伸ばす。


 こちらを煽るようにしているイクリプスミミックに目標を定め、弓のように身体を引き絞り、鞭のように右手をしならせる。

 何万回と繰り返した、完璧なリリースでの投擲とうてき

 リリースポイントの空間に光が爆ぜる。クリティカルの演出。


 投擲とうてきされた短刀は白銀の軌跡を残しながら、木に突き刺さった。

 イクリプスミミックを刺し貫きながら。

 光となって地面に宝石が落ちる。


 ぱちぱちと手をたたくネイは当たり前という顔で、でも興奮気味にふんふんと鼻をならしている。大変うれしそう。目がキラキラしている。

「エドガーシャマァ!」


 ジェイコフはあんぐりと口を開けていた。

「悪いな。俺はジェイコフとは違う」

 他のゲーム世界でもチート扱いを受けた投擲技術が俺にはあるから。


 ジェイコフが泣きながらも尊敬といった目を向けてくる。

 けれども悔しそうで、少しかわいそうだ。

 俺はおっさんの姿を直視できずに目をそらした。


「……いやまぁ。リムセールを拠点にしばらくここで金を稼ぐから、ジェイコフも倒せるようになると思う……かもしれない。なんだ。えと、倒せなくてもジェイコフの価値は変わらない」

 と無責任なことを言ってしまう。

 ジェイコフの顔に使命感がみなぎっていく様を見て、背中に冷汗が流れるのを感じる。


 これが悲劇の始まり。

 ジェイコフが一匹倒せるまで、足止めをくらうことになった。

 次の目的地に行こうとすると、地面に寝っ転がり駄々をこねるのだ。

 ネイの教育にもよくない。真似をされたら困るのだが、かなしいおっさんの気持ちもわからないでもない。

 ジェイコフのレベル上げから付き合うことになったのは言うまでもない。


 意外にもレベルを上げていくと、ジェイコフは僧侶としての才があった。

 それは収穫だ。 

 ネイも楽しそうだし、奴隷解放の金もたまりつつある。

 きっとこれも最短距離への道だ。多分。

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悪役貴族転生 何度繰り返しても救えなかった猫耳少女、追放ルートでしあわせにします 灯台猫暮らし @nekogurashi

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