第24話 追放と誓いと


「にゃふ」

 手を繋ぐネイは俺を見上げてクルクルと喉をならしている。


 屋敷をネイとともに出ると、屋敷の外には馬車が横づけしてあった。

 貴族の乗る類のモノではなく、個人の行商人のような荷車だ。

 その横を通り過ぎると声がかかる。


「エドガー様」

 馬の手綱を持ったまま話かけてきたのはジェイコフだった。


 真摯な佇まい、けれど執事服ではなく、行商人のような恰好。

 サムズアップし、荷車の後ろを指さす。

 俺は頷いて笑顔を浮かべて無視した。


「ちょっ、ちょっとエドガー様! 今! 乗る流れじゃないですか! 私、ジェイコフが仲間になる流れじゃないですか!」


 あわてて馬を器用に操作し、並走して話しかけてくる。


「屋敷の仕事はどうした?」

「やめました。昨日。急いで荷車を手に入れたんです。すごいでしょ? 私がいないとエドガー様は何もできませんからね」

「俺が謝罪していたらどうするつもりだったんだ」

「その時は旦那様の靴を舐めて再就職しますね」

 ジェイコフは汗をぬぐう素振りをする。とんでもない行動力。


 何度も追放ルートを経験しているが、ジェイコフがこのような行動をするのは初めてだった。極力イレギュラーな要素は除きたいのだが。


 と思いながらも俺が目指すのは今までたどり着けなかったルートだ。

 その都度最善を選んでいくしかない。

 ジェイコフの存在はありがたい……はず。


 アイテム収納には限りがあるし、荷車の存在は移動はもちろん、眠るにしても有効だ。ネイは速く動けるが、体力は少ない。まだ子供の獣人だから。


 彼女をかついで移動するにもなかなかに大変だ。その都度、移動用の馬車を手配するつもりだったが、それでは安全とはいえずに安眠はできない。


 楽園構築も急いでいかなければならない。

 エレーナのことも救いたいから。

 何度も彼女のルートに入り、情が湧いている。

 そしてエレーナは亜人に対する偏見も少ないどころか、積極的に交流を図ろうとするキャラでもあるから。


 彼女のルートの期限は二年。それまでにある程度の障害の排除と、彼女の助けとなるキャラクターも救っていかなければならない。


 さらに魔女シキのいる東北の洞窟に向かいつつ、奴隷の亜人を解放していく。

 俺の知っている知識で、リスクを負いつつ最短を突き進む。

 魔女シキを攻略し、二年以内に亜人の楽園の礎を築く。


 やることが多い。

 猫の手も借りたいほどだ。


「ありがとう。ジェイコフ」

 ネイは俺を見上げて、同じようにジェイコフに言う。

「アリガト!」


 礼を伝えると、ジェイコフは涙を流した。

 そして昔の思い出を語り始める。

 長くなるので、聞き流しつつ目的地を告げた。

「まずは街の門へ頼む。ハイドがいるはずだから」


「あぁ! あぁ!」

 なぜかジェイコフは震えた。まだ秋だ。凍えるには早い。

 よく分からないからネイの目を塞ぎつつ荷車の中に入った。


「武者震いです。不肖ジェイコフ。エドガー様に頼まれたからには全力で全うしましょう! 私の勇士見ていてください! エドガァ様ァ!」


 このテンションでずっと旅を続けるのだろうか。

 俺に耐えられるだろうか。

 俺は馬を手繰るジェイコフから目を離し、ネイを見る。


「エドガーシャマァ……」

 ネイはネイでどうしていいかわからないようで、俺から距離を置き、荷車の中で隅に座っている。けどじっと俺を見つめていて。

 屋敷を出たことで、ネイをどうかわいがろうが俺の自由だった。


「そばにいる」

 ネイは四つん這いでちょこちょこ近づいてくる。

 捕まえてモフモフしつつ、荷車の揺れに身を任せた。


 にゃふにゃふにゃぁにゃぁとネイは喉をくるくると鳴らしていた。


……。


 門の近く。

 ハイドとアンナが待っていた。


「馬鹿兄貴。本当あほだ。どうすんだ。なにやってんだ。馬鹿なのか」

 開口一番、ハイドは悪態をつく。

 けどこの悪態には愛がある。

 言葉とは裏腹に俺の身体をつま先から頭まで心配そうに覗いてきた。


「怪我、なかったか? 兄様から指導うけただろ? ずっと言ってたから。やめるように言ったのだが、聞く耳もっていない様子だった」

「心配してくれてるのか?」


 ハイドは顔を真っ赤にする。

「別に心配はしていない! 茶化すのはやめろ!」

 俺は笑ってしまう。ハイドは相変わらずいいキャラだ。


「……悪い。問題ない。ボコボコにしてやった。返り討ちだ。まぁ、しばらくはおとなしいだろ。おとなしくなかったら逸材だ。ハイドに迷惑かけるならいつでも言ってくれ。また指導するから」


「……は?」

 ハイドはあんぐりと口をあけた。

「どうやって?」

「少し本気を出した。最後だから。いい加減あの顔、腹立ってたしな」


「そっか……」

 うん、と頷いてハイドは笑う。信じたようだった。

 不思議な奴だ。良い弟だ。

「馬鹿兄貴は強いのか……けど、心配だから。これ持っていってくれ」

 

 アンナから籠手を受け取り、俺に渡してくれる。

 『破魔の籠手』。

 何の変哲もない籠手だが、エドガーの魔眼と組み合わせることで魔法を打ち破れるというものだ。


 ヴィクトル家の宝物庫にある、武器の一つ。

 けれど、地味で取り扱えるものがいないため、日の目を見ることがなかった武器。


 魔女シキを殺さずに攻略するために必要な武器。


「ありがとう。有難くもらうよ。ハイド」

「あげるわけじゃない……いつか僕が当主になったら返しに来いよ。必ず生きて返しに来い。それまで貸しておく。使い道はないかもしれないけど、加護はおそらくあるし……金に困ったら売ればいい」


「売ったら返せないじゃないか」

「う、うるさいな! いいから生きて顔を見せろよ!」

 

 本当に兄想いの弟だった。

 頭を撫でると、少しされるがままになり、その後手を振り払った。

「ガキ扱いするな、馬鹿兄貴」

「してないよ」


「し、してるだろ!」

「ハイドは優秀だ。いつか助けが必要になったら頼るからよろしく」


「……嫌だよ」

「親のすねはかじらないが、ハイドのすねはなくなるくらいしゃぶりつくすから」

「やめろよ!?」


 ぎゃあぎゃあと怒るハイドに笑い、アンナを見る。

 ネイはアンナの胸に飛び込んでいた。

 屋敷でずっと面倒をみていたから懐いていたのだ。


「くれぐれも無理はせずに……と言いたいとこですが、きっと無理なのでしょうね」

 アンナはネイの頭を撫で俺を見る。母のような瞳だ。


「ジェイコフさんはちゃんと大人として、まっとうに過ごすように」


 アンナのジェイコフを見る目が冷たかった。

 それに気づかずにジェイコフは紳士然とサムズアップをする。


「エドガー様とネイに何かあれば、呪いますから」

 ネイが尻尾をぶわっと広げた。怨念を感じ取ったのかもしれない。


「そばにいる」

 そう告げるとネイは、ととっと俺の方に走ってきて手をつなぐ。

 

「二人も元気で」

 簡潔な別れ。

 エドガーにふさわしい別れでもある。

 二人に背を向けて、荷車へと戻った。


「おい! せめてどこに向かうのか! これから何するのか! それだけでも教えてくれ!」

 ハイドが声を張り上げる。


「東北に亜人の楽園を創りにいく。ネイのしあわせを見たい」

 それだけを告げる。

 ネイは何も分かっていないのか、全て分かっているのかわからないが、安心したように俺の隣で尻尾を振っていた。


 ハイドは驚いた後、呆れたように笑う。

 アンナは目に涙を浮かべて。


「エドガー様ぁ! どこへ向かいますか!?」


幽影ゆうえいの森へ。路銀ろぎん稼ぎだ」

「承知! 道案内は任せますぞ!」

 

 頼りない掛け声とともに、荷車はゆっくりと進んでいく。


「絶対に生きて再会しろよ! 絶対だぞ!」

 ハイドの叫ぶ声を聴きながら、いつか再会できる未来を信じて。





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