楽園と魔女シキ

第23話 灰色世界(魔女シキ)


 シキは洞窟の外に出て、毛皮の服に顔を埋め、ぶるりと身を震わせた。


 桜色の髪は伸びたままで地面に届きそうなほどに長い。

 頭にはちょこんと犬の耳がのっていて、尻尾がぴょこっと伸びている。

 彼女の息は白い。


 しんしんと雪が降り積もっていた。

 北東……ハイランド領にほど近い。ヒト種のヴェイル王国とエルフ族の国の境。

 雪が降り積もる白銀世界に、シキは隠れ住んでいる。


 魔女は王国に身柄を追われているから。


 彼女の右の太ももには魔女の証である刻印が色濃く浮かび上がっていた。

 

 半永久の命。

 魔女……神聖教会イルミナスが実質支配する、ヴェイル王国の敵の証左。

 シキは魔女の中では最も若い。


「さみしくないよ」


 久しぶりに声を出すと、かすれていた。

 さみしさには慣れているけど、さみしくないと言ってみた。

 本当はさみしいから。


 吹雪からシキを守るように、立ち位置を変えたのは『アルビス』。

 彼は甲冑と鬼のような面を被った武士の見た目。


 雪に埋もれながらも、1mほどの大きさの蟻、『シアン』がきゅるきゅると、かわいい声で数体、シキに近づいてきた。


 彼らはシキの召喚獣。本来は灰と青色。

 だが彼らの色は暗く、紫と緑の異色。


 魔女シキは生まれながらに世界が灰色に見えていた。

 幼い頃、自分の生み出す召喚獣が異色であることを知らなかった。

 それに気づいたのは100年も前の、久遠くおん家を追放された日のことだった。


……。


 東の国『黎明れいめい』。

 神イザナウを崇める小国。

 シキは創造を司る久遠家の巫女の血筋だ。

 巫女たちは『黎明』を代々支える召喚士であった。


 その久遠家の生まれにあってシキは亜人とのハーフ。

 犬耳に尻尾、桜色の髪。生まれてから、異端の彼女は、生まれてからずっと屋敷の離れで隔離されていた。


 彼女の祖父はシキに愛と憎、両方の眼を向けていた。

 命を落とした忘れ形見である娘の子。しかし亜人の子。


 だからこそ召喚という、生を創る家系にあって、シキと名付けられていた。

 シキは自分の名が良くないものだと気付いている。


 だが、創造を司る巫女にとって名は大切なモノでもあった。

 だからどれだけ嫌でも、変えることはできない。

 大切な召喚獣が消えてしまうかもしれないから。


……。


(魔女シキ)


 みんなのたのしそうに歌う唄が聞こえる。

 あたしもそれに合わせて身体を揺らす。

 屋敷の離れでくらしていて、人とは会えない。

 屋敷の隅の離れから、覗く世界はいつも楽しそうだった。


 灰色の空、灰色の庭、灰色の髪の人々。みんな同じ色。あるのは明暗。

 みんな同じなのに、みんな、あたしと違って耳も尻尾もない。


「いいなぁ」


 うらやましい。みんなと同じに生まれたかった。

 物心ついたころには、家族に嫌われているのを自覚していた。

 そもそも家族ではないのかもしれない。

 みんな耳もないし、尻尾もないから。

 じゃあなんでこんな所に閉じ込められてるんだろ。

 よく分からない。


 定期的にご飯をくれる従者は最低限の対応だけ。

 声をかけてみたけど、冷たい瞳が返ってくる。


 けど、中にはやさしい子もいた。

 分家の女の子で、久遠家に来るときは、大人達に隠れて会いに来るのだった。


 そしてあたしと遊んでくれる。耳を触られたり、しっぽを触られるのは恥ずかしかったけど、すごくうれしかった。


 大好きな女の子だ。

 彼女が笑えば嬉しくなるし、彼女が悲しめばその悲しみを変わってあげたいと思う。


「シキちゃんはこれできる?」


 その子が召喚をしてみせる。分家とはいえ、久遠家の血が流れている。彼女も召喚を行える巫女の一人だった。

 彼女の手に、手のひらサイズの蟻が生まれた。

 灰色の蟻。


「できるよ」


 手をかざすと光が生まれる。

 それは大きな形となっていく。

 自分と同じくらいの大きな蟻が生成される。

 『シアン』だ。きゅるきゅるとかわいい声で鳴く。とても癒される、あたしの大切な友達。


「ひぃ」

 灰色の女の子が息をのむ。

 予想外の反応に驚いてしまう。少し大きいけど、同じ子だよ。

「き、気持ち悪い。な、何この色」


 色? あたしの蟻も、あなたの蟻も同じ色。あなたの顔だって、世界だって同じ色。大小濃さの違いはあっても同じなのに。

 彼女のあたしを見る目がすごく悲しかった。


……。


 一族の前で召喚をさせられた。そのどれもが、不快なモノのようで、敵意をむき出しにされた。

 誰かが何かを叫んだ。


 身体を拘束される。

 あたしは抵抗しなかった。今にも殺されそうだったから。

 怯えてただ、待つだけ。


 手枷と足かせ目隠し。

 暗闇。


 強制的に引っ張られ、何度も転んだけれど、力づくで引っ張り上げられる。


 どこかに乗せられた?

 馬車の中?


 揺られて揺られて。

 長い時間が経って、外に放りだされる。

 ひんやりとした土の上。土の匂い。怖い気配。


 あぁ。きっと殺されるんだ。

 何となくそう思った。


 刀を鞘から引き抜くような冷たい音が聞こえた。


 覚悟を決めたけど、聞こえてくるのは男たちの悲鳴だった。あたたかい液体があたしの頬に当たったのを感じる。

 血の匂い。

 断末魔の悲鳴。


 目隠しを取ってくれたのは、唯一の人型召喚獣の武士『アルビス』。

 周りには蟻たち……『シアン』がいる。地に伏せる血だらけの男たち。

 守ってくれたみたい。

 けど、怖かった。

 

 走って走って走った。

 山を、平地を、森の中を。

 人の気配を感じれば木陰に隠れ、喉が乾けば泥水をすすり、空腹を感じれば食べ物かも分からない木の実を腹におさめる。


 途中で親切にしてくれた人も、太ももの刻印を見ると血相を変えて捕まえようとしてきた。

 刻印が濃くなってからは、より一層敵意を向けられた。


 『化け物』『魔女』


 そう言って、敵意を向けないで欲しい。

 敵意に反応して、召喚獣が暴れてしまう。


 だから必死に隠れた。

 そうしてたどり着いたのが、今いる洞窟。

 召喚獣たちと共に隠れ住む安息の地。

 さみしいさみしい安息の地。


 100年。


 一言で済むが長い期間だ。でも幾年過ぎても、さみしさは慣れない。


「さみしくないよ」


 さみしさが、白い息となって灰色の空に昇っていく。


 

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