裏切りの四天王 ~血塗られし道~

東中島北男

第1話

「どうぞ」

「うむ」


 紅茶の味はよくわからなくても、麗らかな午後の陽気を浴びながらの優雅なティータイムは実に良い気分だ。

 この領主の館に住み始めてからおよそ一年、いつからか晴れた日はこうして庭に出て、領主の娘であるミザリーに紅茶を淹れさせるのがお決まりとなっていた。

 しかしどうしたことだろう、テーブルの向かいに座ったミザリーもティータイムと洒落込んでいるようだが、クッキーのような焼き菓子をポリポリと食べている。対して俺には紅茶しかない。


「おいミザリー、そいつを俺にもよこせ」

「え、嫌です。これは私が買ってきたんですよ」


 金色の柔らかいウェーブの髪に白い肌と華奢な体格という、いかにも控えめな性格のいいとこのお嬢さんといった風体のミザリーだが、なかなかどうして肝が据わっている。この俺を相手に良い度胸だ。


「貴様、この魔王軍四天王ネス様に逆らうつもりか? いいからそのクッキーを半分よこせ」

「……」

「……」


 四天王なのに無視された。

 出会った当初はもっと怯えて何でもすぐ言う事を聞いていたはずだが、次第にふてぶてしくなっていって一年も経てばこの有様だ。

 仕方あるまい。ここらで一つ人間の小娘に魔族の恐ろしさを思い出させてやるとしよう。

 門の外から聞こえた物音にミザリーが反応して俺が視界から外れた瞬間、素早く移動してクッキーを数枚摘まんで席に戻る。目にも止まらぬ早業だ。


「ふーむ、少ししっとりとして上品な味わいのクッキーだな。紅茶との相性も良い」

「ええ、これは王都で修行を積んだ職人が数量限定で……ああっ!? 私のクッキー!」


 驚愕に目を見開いているミザリーに見せつけるようにクッキーを口に運ぶ。ただのクッキーよりもこうして大事にしているところを強奪したものの方がより美味である。

 しかしよほど大事だったのか、ミザリーは席を立つと俺の腕に掴みかかってきた。なんとはしたない。


「返して下さい! これを手に入れるのにどれ程苦労したか……!」

「沢山あるんだしちょっとぐらいいいだろうが。この、は、放せ!」

「あのー……」

「ん?」


 クッキーを奪い返されまいと抵抗していると、横合いから声を掛けられた。

 見れば旅装の男一人に女三人。ここは領主の館で見知らぬ者の出入りは無い筈だが、揃って見覚えの無い人物だった。


「こほん。えっと、どちら様でしょうか。アポイントは……というか門番がいた筈ですが」

「俺たちは勇者パーティーです。門番は……その、通してくれなかったので眠ってもらいました」


 必死で俺に掴みかかっていたミザリーだが、来客とあっては対応せざるを得ないのかクッキーを諦めて手を離した。この隙にもう何枚か食べてしまおう。


「招かれざるお客様のようですね。このノルン領主の私邸に一体どのようなご用件でしょうか」

「あ、いや、申し訳ない。ただ、ここに魔王軍四天王ネスがいると聞きまして……」

「む、俺か?」


 どうやらこの不埒な連中は俺の客だったらしい。見覚えが無いので誰かの顔を忘れてしまったのかと焦ったが、向こうも俺に気付かなかったので初対面か。


「な!? お前がネスか!?」

「いかにも」


 いきなりお前呼ばわりされてショックを受けるが、ここは鷹揚に答えてやる。こんな事でいちいち怒っていてはミザリーを笑えない。


「すると……そっちの君も魔族なのか」

「いえ、私は人間です。領主の娘のミザリーと申します」

「え? そうなのか、その、すまない」


 先頭の男はバツの悪そうな顔をして謝罪すると、後ろの女三人と何やらヒソヒソと話し始めた。


「何なんでしょうね、あの人たちは……ああっ!? またクッキーが減ってる!」

「俺は食べていないぞ。気のせいじゃないのか?」

「ちゃんと枚数を覚えていました! 三枚減ってます!」

「なら通りがかったメイドか猫が持って行って……む」


 どうやら連中の話し合いは終わったらしい。これ幸いと彼らの方へ向き直る。


「あー、それで? 結局この俺に何の用があるんだね」

「何の用だと……魔王軍四天王がぬけぬけと……!」


 先頭の男はそう言うと背負っていた剣を抜いて俺に向けて構える。後ろの女共も同様に剣や杖などの武器を手に取った。何とも剣呑な様子だ。


「ミザリーさん。危険なので離れていて下さい。激しい戦いになりますので」

「はあ……それなら屋敷から離れて下さると助かるのですが……」


 激しい戦いとは一体何なんだろうか。恐らく俺と戦おうとしているのだとは思うが、恨みを買った覚えは特に無い。


「そういうことなら移動しよう。俺の屋敷に魔法など撃ち込まれては堪らない」

「私の屋敷です」

「む、まだ認めていないのか。今やこの屋敷はこの俺が実効支配しているといっても――」

「私の屋敷です。ほら、皆さん待ってますよ」

「……チッ」


 なんて強情な奴だ。大体百歩譲って俺の屋敷じゃなかったとしても、その場合は領主の屋敷だろうに。ミザリーはもう父親の存在を頭の中から抹消してしまったのかもしれない。

 屋敷から少し離れた河原へと連れ立って歩く。なぜかミザリーも付いてきているがひょっとして暇なんだろうか。


「さて、ここらでいいかな。それで君たちは――」

「これで二人目だ……行くぞ、皆!」

「ええ!」

「ああ!」

「はい!」


 先頭の男の号令と共に後ろの杖を持った女二人が魔法の詠唱を始め、男と鎧を着た女が剣を掲げて走ってくる。せっかちな奴らめ。


「まあ待ちたまえ。その前に――うおっ!? ま、待てと言っているだろう!」

「お前が罪も無い人を殺すとき、そう言われて待ったことがあったか!?」

「ええ……? いや、そんなの言われたこと無いが……」


 何故か怒り心頭のようだが、どうにか宥めて対話に持ち込まなくてはならない。この魔王軍四天王ネス、わけもわからぬままブッ殺されるのだけは勘弁である。


「とにかく、その……なんだ。まず君たちは何なんだ? どうやら俺のことを知ってるらしいが」


 そう、まずはここからだ。こいつらは何故アポも無く人の屋敷に乗り込んできていきなり斬りかかってくるんだ。


「勇者パーティーだと言ったはずだ。知っているだろう?」

「え? いや、わからんが……」

「え?」


 向こうの四人は困惑した表情で目を見合わせると、また集まって何かヒソヒソと話しだした。

 そのまましばらく待っていると、話がまとまったのか男が前に出てきた。


「えーと、もう一度確認するけど、お前が魔王軍四天王のネスで間違いないんだな?」

「ああ、俺が四天王のネスだ」

「……でも、勇者は知らないと」

「うむ、すまんが……」

「では、四天王エギムを倒したパーティだと言えばわかりますか?」


 そう言いながら水色の髪をした女が一歩前に出てきた。それにしてもエギムとは懐かしい名を聞いた。


「ほう、エギムを……え? あいつ死んだのか?」

「え、ええ……知らなかったんですか?」

「うむ。……ということはつまり、君たち、いや貴様らは人間側の刺客ということだな!?」

「刺客というか、うーん……まあ、そうだ!」


 少し腑に落ちないという顔をしているが、同意して再び剣を構えてきた。


「そういえば戦争をしているんだったな……いよいよ魔王軍四天王たるこの俺の初陣というわけだ」


 相対する四人が「こいつマジか」と言わんがばかりに目を見開いている。まずはその隙を突かせてもらおう。

 相手は俺と同格のエギムを倒したという手練れだ。ハッキリ言って勝てる気がしない。


 長い闘争の果てに、広大な魔大陸に生息する数多の魔族や魔物をまとめ上げた魔王ゲズズグゴン。

 そんな魔王は覇道の到達点に世界征服という野望を掲げ、その第一歩として標的になったのが魔大陸の南に位置するゼス大陸だった。

 邪知暴虐の魔王が宣戦布告などするはずもなく、空と海から奇襲を受けたゼス大陸北端のノザン王国は瞬く間に制圧された。

 そして魔王軍四天王たるこの俺は、ゼス大陸侵攻の橋頭保となったノザン王国の港を防衛する任務を志願し、それから一年。この港町ノルンで何もせずゴロゴロと怠惰な日々を過ごしていたのだった。


「ククク、どうした? エギムを倒したというから期待してみれば。この程度なのか?」

「くそっ、なんて速さだ……」


 高速で移動しながらナイフで少しずつ切りつけていくが、全力でも前衛の連中は薄皮一枚程度しか切れない。後衛の女二人にもなかなか刃が通らず、どうもパーティー全体を何らかの力で守っているようだった。

 そして現時点で俺の敗北は確定した。どう考えても倒しきるまで体力がもたない。


「も、もう駄目だ」


 長いブランクが俺の心肺と足に重くのしかかっている。

 このまま戦い続ければたちまち足が鈍り、魔法で火だるまにされたところを剣でズタズタに切り刻まれてしまうだろう。

 もう勝ち目が無い。ならば足が動く内にどうにか穏便に戦いを納めるしかない。


「ハア、ハア。し、しかし。降伏はっ、ハヒッ、できない……」


 一旦距離を空けて息を整えながら必死で考えるが、待ってましたとばかりに魔法が飛んできて休む暇も無い。

 エギムも殺されてしまったようだし、四天王の首級は挙げたいはずだ。対等な立場では止まるまい。

 何かしらの名目で俺が戦いを止め、あちらに助かったと思わせなければならない。戦いの講和は有利な状況で結ぶのが基本だ。

 その為には優勢に戦えている今の内に、戦いたくなくなったと言える尤もらしい理由を探さなければならない。


「どうした勇者たちよ! この程度のスピードも見切れないようでは、魔王に挑もうなど夢物語に過ぎんぞ!」

「は、速過ぎるっ」

「このままでは……」


 スピードで翻弄して時間を稼ぎ理由を考えるが……もう限界だ。

 残った最後の力を振り絞って先頭に立つ男を後方に蹴り飛ばし、スッと腕を上げて掌を広げて見せる。


「待ちたまえ、君たち」

「ん? な、何よ! 私たちはまだまだこれから」

「違う。どうやら誤解があるようだ。そもそも戦う意味が無い」

「なんだと……?」


 連中は困惑している様子だが、とりあえず一旦話を聞く体勢になったようだ。とにかく肩で息をしているのがバレないように気を付けながら適当に話を続ける。


「その、あれだ。君たちは人間側の戦力として、魔王軍に対抗しているわけだろう」

「そうだけど、だったらどうだって言うのよ」

「だったら……そうだ、俺を倒しても意味が無いぞ」

「どういう事だい? あんたは魔王軍の四天王なんだろ」


 前衛の野蛮そうな女が剣を構えながら一歩前に出てきた。恐いから切っ先をこっちに向けないでほしい。


「俺は……世界征服をするという、魔王の方針に疑問を持っている」

「なっ!?」

「なんだって!?」


 全員が目を見開いて驚いている。そのまま畳みかけてどうにかならないだろうか。


「そして君たちはまだまだ粗削りだが、その身に宿す潜在能力は底知れないことがわかった。君たちなら、いずれは魔王すらも……。ならば、ここで命を散らせるのは惜しいと感じた」

「わ、私たちに、魔王を倒せって言うの!?」

「……どういう事なんだい」

「お前は、魔王を裏切ると言うのか……!?」


 魔王を裏切る? 確かにそういう話になってしまったが、とにかく今はこの場をやり過ごすことが大事だ。


「ああ、裏切る。というより既に裏切っているな」

「なっ!?」

「これは……ちょっと話が変わってきたねえ」


 よしよし、なんかもう今すぐ戦いの続きだ、って感じにはならなくなってきたか?

 あとはこのまま上手く言い包めてお帰り願う感じで―――


「あの、ネスさん。本気なんですか?」


 何故かついてきていたミザリーが心底嫌そうな顔をしながら尋ねてきた。本気なわけがないが勇者一行はすぐそこにいる。嘘だとは言えない。


「もちろん本気だ。こんな事を冗談で言うわけがないだろう」

「魔王を裏切るだなんて冗談にしても趣味が悪いです。考え直しましょう」

「いや、しかしだな……」

「ミザリーっていったっけ。あんた人間なのよね? 魔王軍に協力してんの?」


 ミザリーの辛辣な物言いにどう返したものかと悩んでいると、魔法使いの女が割り込んできた。そうだそうだ、もっと言ってやってくれ。


「いえ、そういう訳ではありません」

「じゃあなんで裏切るのを止めるのよ」

「ネスさんが裏切るとなると、この街を占領する軍のトップが交代してしまいます。それだけは避けないといけませんので」


 そう思っているならクッキーぐらい気前良く差し出してほしいものだが。所詮大陸の端の街の小娘だけあって、歓待という行為を知らないのだろうか。


「避けないといけない? なんでよ」

「この街の平和が保たれているのは、ネスさんのおかげですから」


 ―――――――――


 魔王軍の侵攻と相対する近隣諸国の同盟軍に同行し、多大な戦果を挙げることで人間側に初の勝利を齎し名声を高めた勇者パーティーは、戦線が膠着したのを機に戦争の根を断つべく四天王の討伐に乗り出した。

 異世界から召喚されたという勇者タカシ、魔法都市において若くして頭角を表した魔法使いマヤ、歴史ある武門の家にて歴代最高の才を持って生まれたと名高い女戦士レーメ、高レベルな癒しの秘術を修めた当代きっての聖女ニナ。確かな実力を持った四人の旅は順調そのもので、数度の戦闘で手応えを掴むとすぐさま敵地へ進む。

 そして前線にほど近い大国センナルを蹂躙していた四天王エギムを死闘の末に討ち果たすと、そのまま魔王軍に支配された領域を駆け抜けて四天王ネスのいるノザン王国へと潜入する。しかし、そこで見た光景に一行は目を疑うことになった。


 村や街には破壊の跡も無く、恐らく占領前と変わらない姿を保っている。

 人々も虐殺されることなく、時折見かける魔王軍の歩哨の前を平気で通り過ぎている。

 ありとあらゆる村や街が破壊され尽くしていたセンナルとは対照的なその様に、当初は洗脳の類を疑ったが直接会話をしてみてもその兆候は無し。

 真っ先に侵攻を受けた大陸北端の国は一体どんな有様なのかと悪い方へと想像を巡らせていた一行にとって、これは拍子抜けとも言える状態だった。


「四天王のおかげで平和って……」

「ネスさんが街の破壊や略奪、暴行や殺人等も全て禁止にしてくれましたから」

「当然だ。更地を征服したところで何の意味も無い」


 ここまで見てきた国の異常な様子の原因もはっきりした。力こそ絶対の厳格な上下関係を築く魔王軍、そのほぼ頂点といえる四天王の一角が出した命令は絶対だ。

 貴公子然とした容貌とは裏腹に、威厳の欠片も無いラフな平服に身を包んだこの男こそが魔王軍四天王ネスなのだ。面倒臭そうな顔をして屋敷へ戻りたいのが見え見えのこの男が一言禁止だと言えば、どれほど意に沿わない命令であろうと配下はそれを遵守する他無い。


「じゃあ、ネスは良い奴なのか?」

「……ノザンのほとんど国民にとってはそうでしょうね」


 しかしタカシのどこか間の抜けた質問に対するミザリーの返答で、少し弛緩していた空気に再び緊張が走る。

 ミザリーの沈鬱な表情と含みを持たせた発言。つまりこれは良くない目に遭っている人がいるということに他ならない。


「そ、それは一体どういう……」

「ネスさんはこの街に着いたその日の内に、私の屋敷が一番住み心地が良さそうだと言って我が物顔で寝泊りするようになりました」

「ああ、それで」


 他の住人もいる屋敷になぜ四天王がいるのかという疑問の答えも得られた。それで逃げ出さず一緒に暮らしているのは、肝っ玉が据わっているのか無神経なのか。


「そして一週間ほど経つと、あろう事か私の寝床に……!」

「な……っ!?」


 一行は驚くと同時に、そういう事かと納得もする。この四天王ネスは人間と見分けが付かないタイプの魔族だ。生物的には何も変わらないという研究結果もある。それはすなわち交配も可能だということ。

 人間を生かしているのはそういう目的のためで、こんなうら若い少女を手篭めにして――


「おかげで私は客間で寝ることになってしまったんです!」


 違った。

 口には出していなくとも、下世話な早とちりをしてしまったことに変わりは無い。聖女ニナはそんな自分を恥じて目線を逸らすと、少し気まずそうな様子のマヤと目が合った。お互いに同じ穴の貉を見つけて幾分心を落ち着ける。


「おまけに客室のベッドが合わなくて……夜中に自分のベッドに戻ってみてもネスさんの寝相が悪くて……」

「ん? ちょっと待て、今何て言った」

「ですからネスさんの寝相が」

「おい、いつの間に俺の寝床に侵入してたんだ。もうちょっと慎みというものを――」

「慎みで安眠できる環境は手に入らないんですよ。そもそもあれは私のベッドで――」


 同衾していたことは知らなかったらしく、割って入ってきたネスとミザリーはやいのやいのと口論を始めてしまった。

 その隙に勇者一行は少し距離を空けて話の擦り合わせを始める。


「どう思う?」

「……実際に街の様子は平和そのものでしたから、納得できる話かと」

「そうだな。……その、寝相がどうこうという話も」

「あの様子じゃ……本当みたいだね」

「まあ、うん。仲が良いみたいで何よりかな。うん」


 ここまでの話で特に問題になるようなところは無い。信じがたいことに四天王ネスは本当に害の無い存在らしく、ミザリーの証言にも矛盾は無い。

 勇者パーティーは、四天王ネスと戦う意義を失った。


 ―――――――――


「客間のベッドが合わないんなら新しいのを買えばいいだろうに」

「あのベッドはそう簡単には手に入らないんです! 生産国は滅ぼされましたし」

「む、そうなのか。なら親父のベッドはどうだ。領主なら良いベッドを使っているんじゃないのか」

「嫌です。臭そうです」

「くさそう」


 実の父親のベッドを臭そうの一言とは。

 ミザリーの年齢は十五だったか。この年頃の娘ならこんなものなのだろうか。

 今も役場であくせく働いているであろう領主に思いを馳せていると、勇者一行が「まあまあ」などと言いながら割って入ってきた。正直得体の知れない連中ではあるが、ミザリーを黙らせてくれるなら何でもいい。

 というかもう話は済んだのだから、いつまでもこんな河原で談笑している必要も無いだろう。とっとと屋敷に帰りたい。


「ふむ、日も暮れかかってきたな。そろそろ戻るとしようか。君たちは宿を取っているのか?」

「ああ、昨日から泊ってる宿はあるけど」

「そうか。ならここでお別れだな。次に倒すならワルファーレンかな? 武運を祈っておくとしよう」


 残る四天王はワルファーレンとスラバンの二人だ。彼らが首尾良く勝てるのか、或いは道半ばで斃れることになるのか。俺にとってはどう転んだとしてもどうでもいいことだ。今はとにかくこの場を切り上げることが肝要。

 煮え切らない様子の勇者一行からさっさと離れて屋敷に帰り、俺の部屋に侵入しようとするミザリーとの戦いの果てに安眠を確保。

 久しぶりの運動で疲れていた俺は泥の様に眠りこけ、翌日の昼過ぎに目を覚ました。


「おや、やっと起きましたか」

「ああ。昼食はあっさりしてて、それでいて量があるやつが良い」

「開口一番にそれですか。大体もう皆昼食は済ませて―――」


 寝起きにミザリーのお説教はとても聞いていられない。あれこれまくし立てるミザリーをどうにか厨房へ押し込み、中庭のいつもの席に座ってようやく落ち着く。大体昨日はあんな事があったというのに、何を普通に……あっ。


「そ、そうだ。昨日の連中はどうなったんだ?」

「昨日は街の宿に泊まって、今日は朝一番で出て行ったそうですよ」


 やっと頭が覚醒して昨日の出来事を思い出していると、ミザリーが向かいの席に腰を下ろした。


「む? そうか……で、昼食は?」

「できたらここに持ってきてくれますよ」


 昨日は疲れのあまり飯も食わずに寝てしまったから腹が減って仕方ない。


「それで、ネスさん。昨日のあれは一体どういうことなんですか」


 ミザリーは険しい顔で質問、ではなく詰問するような態度だ。相変わらず立場の違いを弁えない奴である。


「あれと言われても何の事かわからん」

「魔王を裏切るという話です。魔王に知られたらどうなるのかわかるでしょう」


 ミザリーは誰かに聞かれるのを警戒してか、身を乗り出して小声で話してくる。たしかにこれは誰にも知られるわけにはいかない。俺もぐっと前傾して密談の構えだ。


「あのままじゃ殺されてたんだから仕方ないだろう。何でもいいから帰ってもらう必要があったのだ」

「殺されてたって何ですか。仮にも四天王なのに、あんなみすぼらしい人達相手に勝てないんですか」

「前線で暴れていた四天王のエギムが殺されたんだぞ。ずっとゴロゴロしてる俺が勝てるわけないだろう」

「だから言ったじゃないですか。もっと外に出て運動した方が良いと」

「その手には乗らんぞ。どうせその隙に俺のベッドを」

「私のベッドです!」

「あのー……」

「ん?」


 密談に割り込んでくる奴が現れたかと思えば、山盛りのサンドイッチを運んできたコックだった。

 受け取るとコックは足早に去って行った。俺に恐れをなしているのだろう。あれが四天王ネスに対する正しい反応だ。

 目の前で早速サンドイッチを摘まんでいるこの少女はやはりどこかおかしい。


「おい、肉のやつを食うんじゃない。この葉っぱのやつにしろ」

「あっさりしたものが良いと仰っていたではありませんか。なのでコッテリしたものは私が」

「あれは寝起きだったからだ。今はもう目も覚めてきたから肉の気分なんだ」


 肉を守るために皿ごと抱え込んでサンドイッチを食べていると、諦めたのか溜息を吐いたミザリーは話を元に戻した。


「それで、どうするのですか? このままではネスさんごとノルンが破滅してしまいます」

「ふむ……もぐもぐ……まあ、考えはある……むぐむぐ……少し待て」

「はあ」


 ミザリーは全く信じていない様子だ。やはりこの少女は俺のことを舐め切っている。目に物見せてやる必要があるようだ。

 サンドイッチを手早く完食し、俺の凄さを思い知らせるべく考えを披露してやる。


「さて、ミザリーよ。お前はこの俺を随分侮っているようだが、魔軍の智を司る四天王ネス様の作戦に恐れ慄くがいい」

「ネス様の特徴は速さじゃなかったですか?」

「うるさい。特徴なんかいくつあってもいいだろう。それで作戦だがな……俺は昨日の連中に負けたことにする」

「はあ」


 ミザリーは相変わらず胡散臭いものを見る目をやめない。話のわからん奴め。


「昨日のあいつらは強かった。多分他の四天王も勝てんだろう。よって俺が負けてもおかしくないわけだ」

「そうなんですか」

「うむ。だからこう、激戦の果てに敗れてしまったが、辛くも命だけは助かったように思わせればいい」

「……なるほど?」

「つまり昨日は……俺がここで領地の統治や軍の編成等に頭を悩ませていると、そこへ勇者一行が不意打ちしてきたのだ」

「すごいですね。何から何まで全部嘘です」

「うるさい。それでだな、俺もなんとか抵抗するものの、奮闘空しくも惜敗を喫してしまうというわけだ」


 魔王はアホなのでこんな感じの言い訳をすればどうにかなるだろう。負けた責任を取らされるかもしれんが、命まで取られることはあるまい。


「それで大丈夫なんですか……?」

「多分大丈夫だろう。だがそうだな、一応工作をしておくか。となると血がいるな」

「血、ですか?」

「ああ。厨房にあるだろう。豚とか鳥とか、何でもいいから血を用意しろ」


 なんで私が、などとブリブリ不満を言うミザリーをまたしても厨房の方へ追いやって工作を始める。


「まずは……あそこで不意打ちを受けて、こっちに来て、ここでこう。そしてこの辺も、こうか」


 庭の地面を蹴って地面を抉り飛ばす。ここで激戦を繰り広げたのだから、それなりの跡が必要だ。


「そして俺が卑劣な勇者の浅ましい攻撃によって、こう飛ばされて、ここに突っ込んで、倒れてしまう」


 庭の端に生えていた生垣をバキバキとへし折り、その先にあったレンガの道の一部を破壊する。


「あーっ!? な、な、な、何やってるんですか!? 私の庭がボロボロに!?」


 ミザリーが何やら叫びながら戻ってきた。手には血がたっぷり入った容器を持っている。


「俺の庭だ」


 ミザリーから血をふんだくって、レンガの道の上に血を撒き散らす。


「あー!? 道が血塗れに!?」

「これでよし。激戦の果てにここで俺は力尽きたのだ」

「私のお気に入りの庭と小道が……」

「仕方ないだろう。文句は勇者一行に言え」

「やったのはネスさんじゃないですか!」

「ノルンの地を守るためだ。我慢しろ」

「くぅ……!」


 工作は完了し、ミザリーも納得させた。あとは一応報告をしておけばそれで問題ないはず。


 ……だったのだが、事情を聞きに来た魔軍参謀に調べられるとあっさりと工作が露見し、俺はなぜかミザリーと2人で逃亡生活を送る羽目になってしまった。


「な、なんで私まで……!?」

「勇者よ、早く魔王を倒してくれ……!」


 俺たちの逃亡生活は始まったばかりだ。

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