第45話 エピローグ
地獄と煉獄がいっぺんに来たような悲劇の月末試験が終わった次の日の朝。
俺はまどろみの中でいじけていた。
くまお君の目覚ましすらセットしなかった。
もういい。もうなにかもがどうでもいい。
どうせ俺は一生パン耳地獄なんだ。一生不幸なんだ。何をどれだけ頑張って、絶対に幸せになれない、そういう星の元に生まれたんだ。
きっと自分は神様たちの道化。
神様たちはコーラとポテチ片手に、俺の不幸を眺めて笑っているに違いないんだ。
ならもう起きたくない。
どうせ起きても、貧しいパンの耳を食べるだけなんだから。
「おきて、みきあ」
それは、俺の敵である神様が暮らす、天から降り注ぐように優しい声だった。
いやだ。起きたくない。どうせ起きても辛い現実が待っているだけだ。
俺はベッドの中で膝を抱えてうずくまった。
けれど、ベッドの中に、温かい手が滑り込んできて、俺の頬を撫でた。
「起きて、幹明」
今度の声は、はっきりと聞こえた。
優しい声の主は、諸悪の根源にして現在進行形の巨悪、穂奈美美奈穂だった。
「……美奈穂?」
「あたしたちもいるわよっ」
春香の元気な声に続いて、夏希と美咲も顔を見せた。
「そろそろ朝ご飯ができるから、歯を磨いてきなよ」
「早くしないと、ワタクシたちの手料理が冷めてしまいますわよ?」
次々かけられる声に、俺はがばりとベッドから起きた。
「な、なんでまたみんな集まっているの? 昨日は試験の戦勝祈願だったけど、もう試験は終わったじゃないか」
本当に、わけがわからない。
すると、俺の疑問に答えるように、春香が美奈穂の肩に手を置いた。
「昨日の夜、美奈穂から連絡があってね。みんなで話し合ったのよ」
「これからはボクらみんなで、幹明にご飯を作ってあげないかってね。ボクらのランキングが上がったのも幹明のおかげだしね」
「貴方が貧しいと、ワタクシの品格まで貧しくなりますし、ギブアンドテイクですわ」
得意げに笑う夏希と美咲に続いて、美奈穂が満面の笑みを見せてくれた。
「わたしのマネーポイント、幹明のおかげで余分に貰えているんだから、その分はお返ししないと、いいでしょ?」
そう言って、美奈穂は無邪気な顔で俺の瞳を覗き込んできた。
その笑顔の魅力に、心臓が高鳴る。
彼女の、彼女たちの優しさに胸が温かくなって目頭が熱くなった。
これでパン耳生活から抜け出せるとか、そんな損得じゃなくて、純粋に彼女たちの思いやりが嬉しくて嬉しくて仕方なかった。
俺の青春は、不幸なパン耳生活から始まったのかもしれない。
だけど、俺は誰よりも人に恵まれているじゃないか。
自分がいかに幸せな人間かを知って、俺は神様に感謝した。
彼女たちと会わせてくれて、ありがとう、と。
「あれ? 幹明まだ泣いているの? 幹明しょんぼり?」
美奈穂が不安げに眉を八の字に垂らした。
「いや、違うよ、そうじゃなくてこの涙は――」
「でも安心して幹明。あたしが元気にしてあげる」
俺の言葉を遮るようにそう言ってから、美奈穂は白くたおやかな指で、スカートの裾を握りしめた。
愛くるしい顔にはとびきりの笑顔をはじけさせて、彼女は無邪気な声を明るく鳴らすと、
「元気になぁれ」
思い切り両手を上げ、スカートをたくし上げた。
そこにあったのは、彼女が俺をイメージしてデザインした、あの、白くも大胆なデザインのパンツだった。
それは、まるで本当に俺がパンツになって、美奈穂に履かれているような錯覚にも似た興奮と幸福感があって、目の前の絶景に心臓が止まり、両目が正円を描くほどまぶたが開いた。
途端、世界が一変した。
そこは、パンツの街だった。
街中の建物が女性用パンツで作った万国旗で飾られ、ビルの屋上からはパンツがハトのように飛び立ち、雲のように空を陣取る天空のパンツの下をはばたく。
そんな街の真ん中で、俺は佇み、彼女はスカートをたくし上げていた。
そう感じるぐらい、俺は彼女のパンツに首ったけだった。
穂奈美美奈穂、最高過ぎる!
もう、彼女への恨みなんて、すっかり忘れていた。
「さっ、早く歯を磨いてきて。もう料理のいくつかはできているんだから」
スカートを押さえようとする春香の手からするりと逃れて、美奈穂はテーブルの上に置いた料理を指した。
そこにあったのは。
「あ、台所に古くなっている食材あったから使っといたよ。ほら、パン耳のグラタンでしょ、パン耳のピザでしょ、パン耳のキッシュに、パン耳のパンプティング」
にっこり笑顔の美奈穂に、俺は眩暈と、そして怒りを覚えた。
だから俺は、腹の底から叫んだ。
「パン耳以外を食べさせてよ!」
まさに、
おパンツよりも、カロリーを!
おパンツよりもカロリーを! 鏡銀鉢 @kagamiginpachi
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