第7話 えへへぇ、じゃあこれで毎日一緒ですねぇ♪
放課後。俺は愛希を迎えに、隣のクラスを訪ねた。
「あ、兄さん♪ 迎えに来てくれたんですか♪」
俺と目が合うなり、愛希は瞳を輝かせ、カバンを肩にかけ、席を立ち、一歩を踏み出し、隣の席でウトウトしていた萌仲を小脇に抱え、軽い足取りで駆け寄ってくる。
「では兄さん、今日は一緒に皆恋さんのハートを射止めに参りましょう♪」
「その前にツッコんでいいかな?」
「え、兄さんそんな、公衆の面前で。いくら私でもそれは流石に承諾しかねるというか♡」
「ベタな反応はしなくていいから」
わざとらしく頬を染めて身をくねらせる愛希の反応にため息をついてから、俺は尋ねる。
「ていうかお前、いい加減、皆恋のことは諦めたらどうだ?」
「私の辞書に諦めるという文字はないのです!」
両目を気合いの炎で燃やす愛希に、質問をぶつけた。
「お前、なんでそこまで皆恋にこだわるんだよ?」
「ふふふ、よくぞ聞いてくれました。あれは三年前、我々がこのクロガネ学園中等部へ入学した時のことです。兄さんと違うクラスであることを学園長室へ抗議に行った帰り」
「え、学園長室? お前そんなことしていたの? 俺知らないんだけど?」
「二つ隣のクラスで、皆恋さんが自己紹介をしていました」
「無視する流れなの?」
「そこで皆恋さんは腕を組んで、気合いの入った四本の金髪ドリルヘアーを揺らしながら、声高らかに宣言していました」
「アタシは未来のエースパイロット! 粉道皆恋様よ! このアタシと同じクラスになれた事を感謝するがいいわ。将来、あの伝説のパイロット皆恋の同級生として一生の自慢になるんだから‼」
「……ぉ……ぁ……あいつ、そんなこと言っていたのか?」
「はい♬」
なんていい笑顔だろう……。
愛希は頬を赤く染め、
「その後、間違った中学デビューをした皆恋さんはボッチ街道まっしぐら」
さらに息を乱し、
「周囲から孤立し、『私も交ぜて』の一言が言えず、周囲との溝は深まるばかり」
そして頬に手を当て、
「貴方がた凡人となれ合う気はないと一匹狼を気取りつつも昼食はいつも肩を落としてボッチ飯、体育の授業はペア相手がいなくて死んだ魚のような目で先生と準備体操。ついには学園祭の打ち上げに自分だけ呼ばれていないことを知り、ファミレスで騒ぐクラスメイトたちの姿に涙を流しながら夜の街を全力疾走!」
ついにはその口からよだれが垂れた。
「そんなの、も、もう、もお、なんて可愛い生き物なんでしょうか‼」
鼻血を流す妹を見ながら思った。
皆恋には普通に「友達になりましょう」と言えばなれただろうに。
俺が皆恋でも、こんな変態女子と友達になるぐらいならボッチを選ぶ。
「あぁ、皆恋さんはなんて可愛いんでしょうかっっ」
興奮の治まらない愛希に、俺はクールダウンを試みる。
「あのなぁ、お前勧誘うんぬんの前から毎日アタックしているんだろ?」
「はい、去年から毎日欠かさず愛でています!」
「それで相手にされていないんだからもう無理だろ?」
「何を言っているんですか兄さん。勝負は負けを認めない限り続くんですよ!」
「そのセリフを言ったのがお前じゃなければ最高にカッコ良かったよありがとう」
愛希の燃える瞳とは違い、俺の眼差しは実に冷ややかだった。
「それにですよ兄さん。今日は秘策があるのです!」
「秘策?」
「はい。じゃじゃん! 超絶可愛い萌仲さんです!」
小脇に抱えていた萌仲を両腕で抱き上げ、俺の前にかざした。
「んぅ?」
眠そうな目をぱちくりさせてから、萌仲は無表情で俺と見つめ合う。
頭の上のリスが疑問符を浮かべているので「どうしたの?」と聞きたいのだろう。
「えーっと、これから三人で皆恋をBMのパイロットに勧誘しに行こうぜ?」
合っているか分からないので、俺も疑問形だった。
すると萌仲は、愛らしいくちびるに指を当てて、
「おともだち増やす?」
と小首を傾げた後、ちょっと嬉しそうに手をぱたぱたさせた。
俺が皆恋なら、たとえ怪しげな邪教集団の勧誘でも、ついて行きたくなるような可愛さだった。
なるほど、これが日本の最終兵器か。
萌仲のクローンを量産して戦場に投入したら、敵兵士は全員戦意を挫かれるに違いない。
なんて冗談が浮かぶくらい和んでしまった。
「果たして、この可愛さが皆恋にどこまで通じるか……」
「通じるわけないでしょ」
聞き覚えのある声に振り返ると、教室の入り口には金髪ツーサイドアップ(元ドリルヘアー)の美少女、粉道皆恋がイラ立った顔で立っていた。
「いい加減ウザいからこっちから断りに来たら、アンタら何バカなこと喋ってんのよ」
「あ、皆恋さんちょうどよかった。ほらほら皆恋さん、巨大ロボのパイロットになってくれたこんなに可愛い萌仲さんと毎日一緒にいられますよ♪」
「バカにしてる? 男子じゃあるまいし、可愛い子がいるからって自分の進路をほいほい変えるわけないでしょ」
男子もそこまでの馬鹿は拓郎ぐらいだぞ?
ちなみに、昨日、優馬と一緒に行ったナンパは失敗したらしい。
今日の拓郎は、休み時間の間中、失恋ソングを聞いていた。
「この際だからハッキリと言うわね。いーい希編さん」
「なんだ?」
「アンタじゃないわよ!」
「俺、希編神明なんだけど?」
「私の双子の兄です」
「紛らわしいわね! とにかく、アタシは巨大ロボのパイロットになんてなる気は毛頭寸毫欠片も小指の甘皮ほどもないの! あとアンタみたいな変態ストーカー女が大大大っ嫌いなの! アンタと同じ部隊になんて誰が入るもんですか‼ もう金輪際一生二度と永遠にアタシの視界に入るんじゃないわよ‼」
「ガーン!」
と、口で言いながら、愛希は力なく萌仲を床に下ろした。
それからその場に崩れ落ち、溢れる涙を滴り落とす。
「うぅ……私はただ、皆恋さんと一緒なら楽しいだろうなと思って、なのに……」
「ん……愛希、泣かないで」
愛希の頭を優しくなでながら、萌仲は皆恋へと振り向いた。
「皆恋、愛希のこといじめちゃだめ」
「え゛!? アタシが悪いの!?」
皆恋の表情に電流が走り、頬を引きつらせる。
「うぅ、萌仲さぁああん!」
「愛希、いい子いい子」
「ぁぁ……ぁぅあああ……」
皆恋は両目を泳がせ両手をさまよわせ、助け舟を探すようにきょろきょろしながら呻き声を上げる。
「いやぁ、あのぉ。そのぉ、アタシもさっきは言いすぎたっていうか言葉のあやっていうかさ、ほら」
「ふぇええん。私は変態ストーカー女なんですぅ」
「愛希、かわいそう」
萌仲が愛希の頭を、むぎゅっと抱きしめる。
そして、俺は兵士の直感として、くまお君に録音を命じた。
「そんなことないわよ、さっきのは嘘、嘘なのよ! ちょっとイライラしていて、アンタのこと、嫌いじゃないわよ!」
両手で顔を覆いながら、愛希は皆恋の様子を盗み見る。
「うぇえん、嘘ですぅ」チラ「さっき私のことが嫌い過ぎて同じ部隊は嫌だって、巨大ロボのパイロットなんてなりたくないってぇ!」チラチラ
おぉ、皆恋の発言を微妙に編集して、印象を変えてやがる。
「皆恋、ひどい」
俺も援護しておこう。
「お前に良心はないのかよ」
「ごご、ごめんなさい! やる、やるから! 巨大ロボのパイロットになるから、そんなに泣かないでよ!」
「うぅ、本当ですか?」
「本当、本当よ!」
俺の視界の中で、くまお君が録音マイク片手に踊っている。
「えへへぇ、じゃあこれで毎日一緒ですねぇ♪」
「え、ええそうね……?」
愛希は笑い、皆恋は狐と狸に化かされたような顔をしている。
「ちょ、ちょろい……」
俺は、皆恋の将来が不安になると同時に、一抹の罪悪感を覚えた。
巨大ロボが戦車より強い3つの理由! 鏡銀鉢 @kagamiginpachi
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