第6話 ぷくぷくボディにいやされる
「「いただきます」」
愛希が用意してくれたオムレツ、ウィンナー、サラダ、トーストに向かって頭を下げてから、二人で朝食を食べ始める。
俺はブルーベリージャムのフタを開けると、ヘラですくってトーストに塗り始めるが、そこで愛希が一言。
「何かお悩みですか?」
「……なんで?」
「いつもよりジャムの塗り方が控えめです。そういうときは何かネガティブなことがある証拠です」
「よく見てるなぁ」
「双子妹の特権です。兄さんとは生まれる前から一緒ですから、全てお見通しなのです」
胸に手を当て、愛希は誇らしげに言った。
「おーう、そりゃ頼もしい。で、ずばり何でも分かる愛希さんの予想では何が悩みのタネだと思う?」
「そりゃあBMを乗りこなせなかったからでしょう?」
「よく分かっておいでで」
愛希の言う通り、結論から言えば、昨日の俺らは酷いものだった。
歩くどころか立ち上がることすらできず、四つん這いで移動するのが精一杯だった。
理由は単純で、脳が第二の体に慣れていないのだ。
例えるなら、利き手ではないほうでペンを持って字を書こうとしている状態だ。
唯一、萌仲だけは立ち上がり、数歩歩くところまでこぎつけた。そこは、流石の運動神経と言える。
最後まで生まれたてのバンビちゃんスタイルだった俺らとはモノが違う。
「姉さんは一時間で開脚前転をマスターしたと言っていたんですが……」
「ミア姉と比べるなよ。あの人は特別製だ。十四歳の時の邦人救出戦で軍事甲冑に乗って味方を指揮しながら千人切りして、敵一個師団を撃退した生きる神話だぞ。ネットの検索ワードで【最強】って打ったら予想ワードに【最強 希編美秋】って出てくる始末だ」
「姉さんが後方にいるのって、日本の損失ですよね」
「ミア姉の人気が高まると損する人がいるんだろ?」
不満そうな愛希を、優しくフォローしておいた。
「それにしても、このままじゃ問題だよなぁ。ミア姉が特別製ってのは本気だけど、もしも、俺らの才能不足でBMを乗りこなせなくて正式採用が見送られるなんてことになったら、ミア姉に申し訳なさすぎるぜ」
「大丈夫ですよ。まだまだ訓練初日。それに兄さんは私の兄さんで姉さんの弟なんですから♪ きっと将来はエースパイロットとして活躍するに違いありません♪」
「姉さんといいお前といい、その根拠のない自信はどこから来るんだよ」
「兄さん、自信に根拠を求めちゃダメなんですよ?」
と、かつてないほど自信に溢れた顔で囁いた。
いつも思う。俺らに血のつながりはあるのだろうか?
能天気過ぎる妹に、俺は今日も頭を悩ませた。
◆
「おい希編、お前巨大ロボのパイロットになったって本当かよ?」
朝、教室の前で愛希と別れてから自分の席に座ると、クラスの男子にそう聞かれた。
「ああ、本当だけど、どうかしたのか?」
俺の返答を聞いて、男子たちは目を丸くする。
「うわ、マジかよ。あんな自殺機に乗るとかお前正気か?」
「無駄にデカイせいで見つかりやすいわ、攻撃受けやすいわ、そのくせして耐久性低いわいいとこ無しだろ」
「おまけに操縦が複雑で製作コストもかかるし、国民が治めた税金の無駄遣いだよなぁ」
それは、俺の友人である優馬も指摘したことだけど、この、人を馬鹿にした感じ、どうやらこいつらは、巨大ロボアンチらしい。
「おいおい、それは言いすぎだろ。神明は悪くないし」
「つかほら、巨大ロボ部門は神明の姉ちゃんが立ち上げたもんだし……な」
「お前らの言うことは間違っていないけど、そういうことを神明に言うのは……」
何人かの生徒が気まずそうにフォローしてくれるが、連中の口は止まらない。
「事実を言って何が悪いんだよ」
「ていうかこの前までお前らも同じこと言ってたろ」
フォローしてくれた生徒たちが押し黙る。
どうやら、俺のいないところで陰口を言っていたらしい。
気まずそうなのはそのせいか。
「その点、戦車なら平べったいから敵に見つかりにくいし攻撃も当たりにくいし陸戦兵器最強の装甲で兵士の命をばっちり守ってくれるしな」
「やっぱり戦車が陸戦兵器の華だぜ」
こいつらには何を言っても無駄だろう。
こういう手合いは、最初から自分好みの結論ありきでしか頭が回らない。
最初から相手と議論する気がない奴は無視するのが一番だ。
でも、何も言わないとそれはそれで「勝った」「巨大ロボオタクを見事言いくるめた」「自分たちの正論に何も言い返せない様子だった」と吹聴してますますつけあがる。
なので、一応、最低限の反論はしておく。
「巨大ロボにもメリットはあるぞ。まず汎用性が高くて、生身と同じような動きで戦える。見つかりやすいって言うけど、市街戦なら建物の陰から腕だけ出して撃てるから、むしろ隠れやすい。攻撃を受けやすいとか言われているけど、車輪の戦車と違って足で動く巨大ロボは咄嗟に飛びのくことができるから、回避行動が取りやすい。関節があるから耐久性が低いって意見も眉唾だ。むしろ戦車と違って装甲が平面じゃなくて人体と同じ曲面だから、砲弾を受け流しやすい」
どれも姉さんの受け売りだけど、筋は通っているはずだ。けれど……。
「またそれかよ。ネットの議論で百回以上見たわぁ」
「机上の空論だろ?」
「はいはい、論破論破」
やはり、言われてしまった。
このやりとりは、姉さんが上層部と交わした内容そのままだ。
巨大ロボにもメリットはある。
でも、実戦投入したことのない巨大ロボについて何を語ろうと、全ては机上の空論と切り捨てられてしまう。
姉さんから話を聞いた時はイラっとしたけど、なるほど、実際に言われてみると、想像以上にムカついた。
俺の中に、こいつらにほえ面をかかせてやりたい、という想いが沸々と湧いてくる。
そして、なによりも、
「お前の姉ちゃんに言っとけよ。職権乱用で作った巨大ロボ部門解体しろってな。予算と人材の無駄なんだよ」
姉ちゃんを馬鹿にされて奮い立たない弟なんて、この世にいるわけがない。
「だったら俺が証明してやるよ。巨大ロボが最強の陸戦兵器だってな」
語気を強めてから、俺は教室を後にした。
「ロケットパンチで戦車が倒せんのかよぉ」
「それとも変形合体でも披露してくれんのかぁ?」
背後からは、まだ連中の声が聞こえてくる。始業のチャイムギリギリまで教室には帰らないと決め込んでから、俺はミア姉にメールを送る。
耳の付け根に取りつけたウェアラブルデバイスに触れてARデスクトップを起動。
俺の視界に、電子ペットであるクマのくまお君が表示される。
いつもなら、そのぷくぷくボディに癒されるところだが、そんな余裕は無い。
「くまお、ミア姉にボイスメールだ」
『くまぁ♪』
「ミア姉、巨大ロボプロジェクト、絶対成功させるぞ」
『くまっ!』
俺のボイスメールを録音したくまおは、一瞬だけ軍服のコスプレをしてから敬礼を取ると、手紙を持って視界の外に消えた。
二〇秒後。ミア姉の電子ペットであるワモンアザラシが、俺の視界に現れ、封筒を開いた。すると、ミア姉の声が聞こえる。
『弟者……愛しているぞ』
いつもとは違う、深い慈愛のこもった声で、俺のイライラは吹き飛んだ。
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