魔女と一緒に

project pain

それはある村で起きた小さな物語

−−17世紀:北米、マサチューセッツ湾植民地


この頃、イギリスから北米、マサチューセッツ湾植民地へ多くの入植者が押し寄せていた。村に移住しては次々とここに住居を構える。道ですれ違うのが知らない人ばかりというのも日常茶飯事だ。そうやって小さな村だったこの村も少しずつ大きくなっていった。


春の気持ちの良い晴れの天気。新緑に包まれた季節。僕:ショーンは近くに住んでいる友人のダニーと一緒に川へ行き、釣りをする事にした。


だが、今日に限って僕の方は全然釣れない。対してダニーの方には次々と掛かる。近くで竿を振っているのに何故こんなに差がつくのか。


「場所変わってくれる?」


「あまり変わらないだろ」


「いいや、絶対お前の方に魚が集まってる」


「気のせいだって」


そうやって会話を続けていると茂みの方が何やらガサガサと音を立てた。狼?それともインディアンだろうか。二人で焦りながら茂みの方を見ていると一人の女の子が姿を現した。


「こっちの方から人の声が聞こえたから気になって来てみたんだけど・・・」


僕達は顔を見合わせた。この人は誰だ?長いブロンドの髪にくりっとした目。鼻は高く、対象的に口は小さい。今まで村で見た事のない人。新しく入植してきた人の一人なのだろうか。


「君名前は?」


「エリス、エリス・マッケラン。あなた達は?」


「僕はショーン・ダグラス、こっちはダニー・モーガン」


エリスは年齢は僕達より2つ年上の18歳、イングランドから移住したばかりだという。


「これから釣った魚を焼くんだけど食べる?」


「いいの?」


「うん、沢山あるから」


僕達は川から両手で持てる程の大きさの石を集めて円形に囲み、その中に乾燥した落ち葉を入れて火を付けた。ナイフで魚の腹を開き、内臓を取り出して口から木の枝を刺した。それを焚き火の周りに刺して並べていく。


「何だか不思議ね。さっきまで泳いでいた魚が死んでこんな風になるなんて」


エリスは膝の上で頬杖をついて焼かれている魚を眺めた。魚の表面の皮が黄金色に変色して水疱が現れては弾けて裂けた隙間から油が滴り落ちる。ダニーはその中の一つを地面から抜いた。


「ほらこれ、一番に焼けたやつあげる」


「ありがとう」


エリスはダニーから魚を受け取って少し口にする。


「ちょっと苦いね」


エリスの言葉に思わず僕達は笑ってしまった。


その時だった。


「え・・・お・・・あ・・・くぅ」


エリスは持っていた魚を落として突然激しく痙攣を起こし始めた。魚を刺していた枝を落とし、首から下げていた魔除けのアミュレットが大きく跳ね動く。その痙攣する様子がまるで魔物にでも取り憑かれている様な奇妙な動きをする。何が起きたか分からない僕達はしばらく彼女の様子を見ていたが、少し経って彼女は何度も咳き込みながらようやく元に戻った。キョトンとする僕達に彼女はこう説明した。


「私の身体、変なんだ。自分の意志とは関係なくこんな風にガクガク震えるの。ずっとこんな訳の分からない発作が続いているのよ」


エリスは時々意識してもいないのに全身が激しく痙攣する謎の発作を持っていた。医者に診せても病因が分からない、それ以前にどこが悪いのかさえ分からないそうだ。それが精神病なのだと知ったのはそれから何十年も経った後だった。




その後、三人になった僕達はいつでも一緒に川で魚釣りをし、森で木の実を拾って遊んだ。エリスはその度にブレッド&ミート(現在のサンドイッチ)を作って振る舞ってくれた。夕方になって日が落ちても僕達は別れようとしなかった。エリスは時々痙攣を起こす事もあったけど、僕達は日常の一部だと受け入れていた。




ある日、いつもの様に三人で並んで歩いていると広場の方から大きな歓声が上がった。


「え?何?」


エリスは何が起きているのか分からず、不思議そうな顔をする。


「魔女の処刑だよ。逮捕されて魔女だと確定した女性は絞首刑にされるんだ」


魔女狩りは魔女ではないかと疑いを持たれた女性が誰かの告発を元に逮捕し、激しい拷問を受けながら自白を強要した後処刑する。イングランド・フランス・イタリア等で起きている魔女狩り・魔女裁判は海を渡ったこの村にも存在していた。

後ろ手に縛られた女性が後ろから突かれながら絞首台の階段を登る。周囲に集まった村人達の「殺せ!殺せ!」のシュプレヒコールが上がり、石を投げつける者もいた。


女性に目隠しをして首に縄が掛けられ、底板がバンっと開く。踏ん張っていた足が空いた宙で揺れた。「おぉー!!」と最高潮に達した歓声が広場中にこだました。彼女は最初は苦しそうに悶ていたが3〜4分もしないうちにぐったりと首をもたげてそれっきり動きを止めた。生きていた人が死んで骸に変わった瞬間だった。底板が元の位置に戻り、執行人達が彼女から縄を外して階段を引き釣り降ろす。観衆もおとなしくなってそれぞれの場所へと散っていった。僕達は右へ左へと去っていく観衆の中で立ち尽くしていた。


「こらガキ共、いつまでもこんな所にいるんじゃないよ」


近くに住んでいるアーノルド爺さんが僕達の所へ来て広場から今にも追い出そうと迫っていた。僕達の年齢が処刑される場面を見る事を快く思ってないらしい。僕達はせかされる様に広場を後にした。




広場を出てからずっと三人共無口でいた。無理に話題を探そうとするが、先程の処刑を見た後だと頭に話が浮かんでもすぐに上書きされて消えてしまう。


「エリス、途中まで一緒に帰らない?」


家へ帰ろうと十字路に来た所でダニーが不意にこんな事を言い出した。彼の家はエリスの家と逆方向のはず。どっちかというと僕の家に近い。しかし何やらそっちの方に用があるらしい。


「うん、いいよ」


「じゃあ僕はこっちだから」


僕とダニー、エリスはそれぞれの方へと歩いていった。




その日の夕方、エリスは僕だけを呼び出した。何でこのタイミングで僕だけ呼び出されたのか理由が思いつかない。会うや否や手を引っ張られて背の高い雑草が生えている牧場の囲いの外で座った。座ったままピッタリと身体をくっつけてじっと話が始まるのを待った。待ったのだが、特に話が始まらない。あの後何かあったのだろうか?


「ダニーと何かあった?」


「・・・好きだって言われた」


エリスは返事をする代わりに小さくうなずいた。しばらく僕達の間に沈黙が入る。


「私は二人が好きだよ。ずーっと一緒にいたい。ただ・・・ダニーとは何か違う。ショーンへの好きはやっぱり何かが違う・・・」


エリスの声は段々と小さくなり、目を閉じながら僕の顔にゆっくりと近付く。何をしようとしているのか見当がついた。僕も目を閉じてエリスの顔に自分の顔を近付けた。鼻先が触れては離れを繰り返し、お互いの吐く息が次第に温かく頬に感じる。胸の鼓動が次第に高まり、唇が少しづつ距離を縮めていく・・・。


「ん・・・」


そして僕達はキスをした。それは初めて経験したキスだった。ただの友達ではない、他の何かに変わった瞬間。温かく柔らかい唇の感触をじっくりと味わった。しばらくしてエリスは少しだけ顔を離して僕の目をじっと見た。


「あ・・・え・・・くぅ・・・」


エリスは突然激しく身体を痙攣させ、転げ回って右すねを地面に大きくぶつけた。僕が暴れまわるエリスの身体を押さえていると、ようやく痙攣が収まって何度も嗚咽を漏らす。少し経って落ち着いからエリスは泣きながら口を開いた。


「もうこんな身体嫌だよ。神様はどうして私にこんな仕打ちをするの?」


僕は横に並んで空を見上げた。


「神様の事は分からないけど、エリスはエリスだよ。僕にとってはね」


僕はしっかりとエリスの目を見てそう答えた。


「ありがとう」


「あ、そういえばさっき足をぶつけたよね。大丈夫?痛くない?」


そう言われてエリスは長く伸びたスカートの裾を引っ張り上げた。


「あ〜あ、あざになってる」


「何か蝙蝠の羽みたい」


「気持ち悪い事言わないでよ」


エリスは何度かあざの痕をさすってスカートを元に戻した。


「すぐ目立たなくなるよ」


僕はエリスの肩を軽くポンッと叩いた。


「そうだ、これあげる」


エリスは何かを思い出したかの様に首から下げていた魔除けのアミュレットを取って僕の前に差し出した。小さな宝玉が付けられたアミュレットは沈み行こうとする太陽の僅かな光を浴びてきらびやかに光っていた。


「そんな・・・エリスのお守りじゃないか。受け取れないよ」


「いいの。大切な人に持ってて欲しいから」


もらっていいのか悩んだがエリスは強引に僕の手を取ってアミュレットを乗せた。




翌朝、魔女だという疑惑が持たれ、エリスが逮捕されたと聞いた。誰が告発したのかすぐに見当がついた。僕はすぐにダニーの所へ向かった。


「ダニー!お前エリスが魔女だって密告したな!何て事をしたんだ?!」


ダニーは詫び入る様子もなく、じっと僕の顔を睨んだ。僕はダニーの服を無理矢理引っ張ってどういう事かと理由を尋ねた。


「お前達がキスしたのは知っている。何で俺じゃなくてお前なんだ?!何でお前なんだ?!」


「何でってお前まさか・・・」


「あぁ、俺もエリスの事が好きだったよ。打ち明けたけど断られた」


ダニーもエリスに好意を寄せていたらしい。だが、納得がいかない。それとこれとがどう繋がるんだ。


「じゃあ何で密告なんかした?!」


「お前に取られるくらいならいっそどっかに行って欲しいと思った!」


まさか振られた腹いせに告発したというのか。人一人が死ぬという事がどういう事なのか分かっているのだろうか。昨日絞首刑にあった女性を見て何も感じなかったのか。許せない。僕は力一杯殴った。ダニーは衝撃で後ろに飛ばされて尻もちをついた。僕はその姿に背を向けて家へと歩いていった。




エリスが処刑される。僕は大人達が口々に話す噂を耳にしていたので、ヨーロッパで行われている魔女裁判についてある程度知っていた。身体のどこかにある魔女の印を探し出し、残虐な拷問をして魔女だと認めさせる。エリスも同じ様に取り調べで腕を縛られ、衣服を剥ぎ取られて魔女の印をくまなく調べられたのだろうか。右すねに出来た蝙蝠の羽の様なあざに気付いて目の色を変えただろうか。彼女の身体の痙攣も手伝って、より魔女の様に見えたのだろうか。




裁判の判決は数日で判決が出た。エリスに言い渡されたのは絞首刑だった。


処刑の日、僕は広場に行こうという気が起きなかった。先日見た女性の絞首刑が頭から離れない。エリスもあんな風に処刑されるんだろうか。そんなところを見たくない。心の中で元気に笑っているエリスをいつまでも想っていよう、と考えていた。


何をする訳でもなく川岸に座っているとアーノルド爺さんが僕を見つけて近付いてきた。


「今日処刑されるんだったな」


僕はうつむいたまま小さくうなずいた。


「友達だったんじゃろう?見届けなくていいのか?」


「やっぱり見届けるべき・・・かな?」


爺さんは大きく溜め息をついた。


「広場に行くべきか行かないべきかはお前さんの心に聞いてみろ。だがな、後悔だけはしなさんな」


アーノルド爺さんはそれだけ言って向こうに行った。僕は唇を噛みながら立ち上がった。


確かにエリスに会うのはこれが最後かも知れない。自分は今、どうしたい?何をしたい?エリスは一緒にいたいと言ってくれた。それは僕も同じだ。エリスと一緒にいたい。エリスに会いたい。


走った。道を歩く村人達を押しのけながら僕は走った。舗装されていない道を駆け、橋を渡った。広場へ、エリスの所へ。呼吸が乱れても、足が悲鳴を上げても構わずに走り続けた。


見えてきた!広場だ!


広場ではそれほど歓声は上がっておらず、むしろ不気味な位静かに思えた。その奇妙な空間で立ち止まった僕が見たのは期待を裏切る光景だった。


絞首台の床がぽっかりと開いて、吊るされた身体がブランとそこに垂れ下がっている。


間に合わなかった・・・。ボロボロになったグレーの囚人服を身に着けて、青白く血の気が引いたエリスの顔は静かに目を閉じて下にうつむいていた。エリスが降ろされて観衆が去った後も僕はその場に居続けた。決断するのが遅かった。もっと早く来ていればエリスとの一緒の時間がわずかでもあったのかも知れない。僕は首に下げていたアミュレット、エリスからもらったアミュレットを手で掴み、全身から力が抜けた身体を震えさせながら膝を折った。




その後ダニーは告発した後悔や自責の念があったのか精神を病み、投身自殺を図った。僕の周りにいた親しい友達は一人もいなくなってしまった。




季節は巡り、冬を超えて再び春が訪れた。あいかわらず入植者は増え続けて村の規模もさらに大きくなった。


僕はいつもの様に川で釣りをして魚を木の枝に刺して焚き火で焼いていた。そういえばあの時も三人一緒にこうやって食べていたっけ。けど今は僕一人。焼けた魚を地面から抜いて口に頬張る。ほろ苦い味がする。楽しかった頃の事を思い出して、僕はエリスからもらったアミュレットを手に思わず涙を流した。


一人で食べていると茂みの方がガサガサと音を立てた。インディアンだろうか。けどそんな事どうでもいい。特に生に執着している訳でもないし、ここらで死ぬのも悪くない。そう思って茂みの方を見ていると一人の女の子が姿を現した。自分と同じ位の年か、少し下にも見えた。


「こっちから何かの焼けた匂いがするから気になって来てみたの」


彼女は倒木に座っていた僕の横に座った。


「君、名前は?何ていうの?」


「私はフィオナ。ついこの前ここに越してきたの。友達と離れ離れになって、まだこの村には誰も友達がいないの」


「僕はショーン・ダグラス」


「ねえ、友達になってくれる?」


フィオナは右手を出した。


「うん、いいよ」


握手しようとしたその時、出した右腕がブルブルッと痙攣した。まさかエリスと同じ、原因不明の発作か?震える腕をじっと見ているのに気付いたフィオナは僕に向かってプラプラと振ってみせた。


「私、小さい頃からこんな感じで身体が震える事があるんだ。どこが悪いのかお医者さんでも分からないって言うの」


「大丈夫だよ。いつかきっと治るから」


痙攣するフィオナを見てあの時のエリスの事を思い出した。この子もいつか誰かの告発で魔女扱いされる時が来るのだろうか。いや、そんな事は絶対にさせない。エリス、見ていてくれ。フィオナは僕が絶対に守る。今度こそあんな目には合わせない。僕は彼女が差し出した手をぎゅっと握って反対の手でアミュレットを強く握りしめた。

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