マレーン姫は死んだらしい

甘糖むい

第1話

「女ってホント気持ち悪い」


そう言って笑った幼馴染の顔はイビツに歪んでいた。

名声も富も容姿も一人の男に与えたには大きすぎる神の愛を授けられた幼馴染は侍女の女に攫われてから数日後、五体満足で助け出された時にそう言ってのけた。

傷もなく、食事も与えられていたらしい肌に女の香りを纏った幼馴染は13歳にして女を全て知った顔をしていた。

ベッドの上で生れたままの姿で囚われていた幼馴染を遠い所に感じる。

ああ、とユルは一人心の中で感嘆した。

幼馴染が伸ばした両腕が、震えている。


大勢の大人に対して虚勢を張った幼馴染は恐ろしかったのだと、ユルは自分をじっと抱きしめたまま動けない幼馴染を慰めながら思った。


「ユルもそう思うよね」


問われたユルは何も言えなかった。

肩越しにそっと預けた耳元で囁かれた言葉は、問いかけであるにもかかわらず女の全てを否定していた。

返事の代わりに背中に回した手に力を込める。


「ユル、ユル」


何度も同じ名前を呼ぶ幼馴染は甘やかにその短い髪に顔を埋める。

もう何日も身体を洗っていないユルからは、嫌な汗の匂いとユルの体臭がしていた。


「良い匂い、ユル。ねえ…」

豊満な女の体とは似ても似つかない細い身体を抱いて、幼馴染はユルの名前を何度も呼ぶ。

その声は、女を否定しておきながら、女を寄せ付けて離さない香りを放つ甘い声音。

侍女に監禁されていた幼馴染は数日の間にユルが知らない男に成り代わっていたとその時ユルは気が付いた。

名前を呼ばれるたびにユルは短く返事をした。

これ以上、幼馴染を傷つける者はいないと教えるように。

自分は幼馴染の味方だと言うように。


「ユル。」

「もう寝ていいよ、次に起きた時には全部夢だったって、忘れてしまえばいいから」


返事が返ってくる前に、ユルは魔法を使った。

何の力も持たない言葉でも効果はあったらしい。

肩にずっしりとした重みを感じて幼馴染の身体から力が抜けたのを感じる。

潰されないように力を入れて頭一つ大きい幼馴染の身体を抱きしめたユルは、自分の父親が毛布を片手に幼馴染を引き取るまでずっとそのまま動かないでいた。


『ユルは違うよね』


耳元に吹き込まれた言葉はユルの返事を待たずに落ちた。

さようなら、と。

ユルは誰に言うわけでもなく自分の中の『女』に別れの挨拶をした。

視界に映るベッドの上には名前の知らない女が生れたままの姿で事切れている。

幼馴染を奪われまいと、暴れた侍女の最後の姿を、泣き叫ぶ女の声を、ユルは大人の合間から飛び出した際に一番近くで聞いていた。


「さようなら、」

幼馴染の肩にユルの目尻から零れた一粒の涙が落ちた。

もう一度、今度は声に出して別れを言う。


さようなら、『女の私』

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マレーン姫は死んだらしい 甘糖むい @miu_mui

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