ミケは首を吊って鍋の出汁になった

一田和樹

ミケは首を吊って鍋の出汁になった

姉が可愛がっていた猫のミケの首吊り死体を見つけたのは、すごく晴れやかな空が印象的な休日のことだったと記憶しているオレは死後硬直したミケをおろすと、バット代わりにして弟の弥三郎と野球ごっこをしていた。


オレの家はこの地区で一手にエコな役割を引き受けている。引き取り手のないペットや誰も面倒見たくない年寄りや出来の悪い子供を引き取っているのだ。たいていは鍋にする。不思議なことに老人や子供をバラバラにして鍋にしても誰も文句を言わない。


猫を構えたオレに向かって弥三郎はハムスター2匹を生きたまま紐でぐるぐるに巻いてボールのようにまるめて投げた。ハムスターってでかい鳴き声をあげる印象はなかったけど、猫で打つとこの世のものとは思えない悲鳴をあげた。弥三郎はそれを見て、大喜びで笑っていたが、常識あるオレは笑っていいものかどうかわからなかった。

そしたら突然オレの後で女の悲鳴がした。振り返ると、改心会の女の子がうずくまっていて、他の女の子が話しかけていた。

改心会ってのはオレたちと同じエコな会なんだけど、連中は動物や老人や子供を引き取らないので鍋にすることもない。自然な生活や地球にやさしくとか言っている連中だ。正直、なにを言ってるのかわからない。ただ、あいつらはオレたちを敵だと思っているようで、いろんなところでオレたちの悪口を言っている。人間を鍋にするなんて人間じゃないとか、猫を食うなんて文明人じゃないとか、オレもそう思うけど他のやつに言われると腹が立つ。

最近はオレたちに襲われた時のためだと言って、空手教室を始めた。おもしろそうなので、オレたち家族は前の日の鍋の残りを詰めた人肉弁当を持って見物に出かけた。

オレたちは適当にそのへんでもらった服を着ているんだけど、改心会は真っ白な服を着ていて、そこにさっき悲鳴をあげた女の子たちもいた。がに股で空手の練習をしていたけど、全然似合わないし、強そうに見えない。そのうち、オレたちが見ていることに気がついて、ぎゃあぎゃあ騒ぎ出した。改心会には若い女が多くて、そのうち「犯される」ってわめきだした。オヤジと弥三郎は「犯される」ときいて、えらく勃起して喜んでいたけど、オレは純真だから少し傷ついた。


丸めたハムスターを死後硬直した猫で打つっていうのは初めて見たらショックなのかもしれないとオレはぼんやり思って改心会の女の子を見ていた。でも、違っていた。その女の子はハムスターをこっそりオレたちに預けに来た家族のひとりだった。「おまかせします」って言ったんだから、猫で打ったっていいだろう。オレはだんだん腹が立ってきた。気がつくと、その女の子を殴り倒して、口の中にハムスターのボールを押し込もうとしていた。でかいで入らないし、ハムスターが暴れるので女の子の顔は血だらけになったので、こういう時にはアレを言わなきゃと思いついたオレは、改心会の女の子たちに、「血まみれでも君は美しい」と言ってやった。

家に引き上げる時、弥三郎に、「さっきのどういう意味?」と訊かれたので、「インスピレーションだよ」と



実はオレももとの家族から無理矢理ここに連れて来られて鍋にされるはずだった。その日のことはよく覚えている。あれは小学6年生の時だった。

「すみません。これでなんとかしてもらえませんか?」

母親という名の委嘱殺人犯がオレを指さして千円札を数枚出した。オレはめざとくそれを数えて、「3千円かよ」と思った。この家のことはこのあたりじゃ知らない者はいないので、オレは鍋にされるんだと思った。

「ふーん」

当時は他人で今はオレのオヤジになった信長は笑うと、当時オレの母親だった女の頭に鉈をたたき付けた。噴水みたいに頭のてっぺんから血が噴き出して、母親はそのまま地面に倒れた。おそくらくすぐに死んだ。悲鳴をあげる間もなかった。

「やり方教えてやるから、こいつをばらして鍋にしろ。お前は今からオレの家族だ」

なにを言ってるのかわからない。でも、さからえばオレも殺されて鍋になるってわかった。

あとでオレがオヤジになぜ母親を殺したのか訊いたらオヤジは、そんなこともわからないかという顔で答えた。

「インスピレーションだよ」


オレの家族はオヤジとオフクロと、オレと弟の4人だ。地球にやさしい仕事をしているおかげで、金には困らないし、ヤクザもオレたち家族を見つけると隠れるので、とても暮らしやすい。彼女ができないのは困るが、頼めばセックスしてくれる女はいくらでもいる。オレが言い寄ると、「殺さないで」といって応じてくれるんだ。オレたちは引き取った生き物と、オレたちの邪魔をする生き物以外は殺さないんだけど、説明するのも面倒なのでそのままセックスする。


オレがハムスターを食わせた女の子は数日後、オレたちの家にやってきた。焦点の合わない目で「おとうさんが麻雀で負けたんです」、「裏の駐車場で覚醒剤を売ってます」とか変なことばかり言って話しが通じない。オヤジと弥三郎は喜んで家に入れて、姉とミケの鍋を食わせた。女の子は、「すっごいおいしーい。ウソみたい」と言いながらたくさん食べた。姉はミケが首を吊る前日に首を吊っていた。

翌日、オヤジはその女の子の身体中にダイナマイトを巻いて改心会に行くように命じた。さすがに意味がわからない。どういうつもりか訊いたらオヤジは明後日の方を見て答えた。

「インスピレーションだよ」

オレがあきれた顔をしていると、オヤジはさらに言った。

「キチガイはうつるんだ。一緒に暮らしたらヤバいだろ」

オヤジは自分たちのことをキチガイだと思っていないらしい、と悟ったオレは目から鱗が落ちて生きる力がみなぎってきたように感じた。

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ミケは首を吊って鍋の出汁になった 一田和樹 @K_Ichida

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