第6話 ウィザードパンク! 6

 作戦変更だ、一階を駆け抜けるつもりだったナイヴは急遽路線変更、高級商品が並テナントの合間を縫って上階を目指す。

 エレベーターの扉が閉まる瞬間に大男の姿が見えた。


 おっかねぇ。

 だがもう決めたのだ、腹は括ったのだ。


 俺を利用する奴にも、子供を殺そうとする奴にも、一撃“かましてやる”のだと決めたのだ。

 後は準備だけだ、ナイヴはエレベーターを降りるとマネキンを蹴飛ばして走った。




 ヘカトリオスを埋め尽くす巨大構造体メガストラクチャは、その建材一つをとっても魔術技巧ウィズテクの塊だ。

 ミクロ単位の魔法陣で強化された魔術的建材、その強度は前世を含めてナイヴからすると比する物がない。


 そんな建材の床をぶち抜いて大男が現れた。


「そいつを渡せ傭停ようてい


 身を隠す所も無い無人のイベントスペースで、対峙したナイヴは初めて聞いた大男の声にやっぱりシュワちゃん元カルフォルニア州知事みたいな声だったなと思った。

 ゆっくりとした動作でリィンを床に立たせる。エルフらしい宝石のような透き通った銀髪が、風に乱れてボサボサだ。


「こいつを渡せば俺を見逃してくれるか?」


 リィンが頭を抱えて俯く。馬鹿野郎が大人しくしとけ。

 無表情のまま頷き返してくる大男に油断は無い。

 だがそれで良い。


 一度切った切り札のおかげで、男の内部で駆動する大鬼オーガの骨が良く分かる。


「さっさと行け」


 出来るだけぶっきら棒に、もう勘弁してくれと言いたげに、リィンの背中を銃杖ガン・ロッドで小突く。

 不安げな顔で振り返りながら進むリィンに、余計な演技はしなくて良いと思った所で違うと気が付く。単純に不安なのだ、信じて裏切られるのではと。


 子供の内は無思慮に大人を信じれば良いのだ、不愉快気な笑みが浮かぶ。

 それを見た大男が蔑んだ笑みを浮かべ、ナイヴは“通った”と思った。


 勝利を確信する、油断したなお前?


「えう!」


 そしてその声は、実によく響いた。

 丁度、ナイヴと大男の中間で、両手を万歳の形でスっ転んだ少女は、上半身を起こすと慌てて髪の毛を直した。


 ゴメンやっちゃった、そんな顔で見てくるリィンに罵詈雑言が脳内でパルクールする。あとズレたカツラを戻すならちゃんと戻せ。

 ふざけんなよと、口から付いて出たのは、魔法陣チャンバーがオープン状態の銃杖ガン・ロッドを大男に向け、左手に握った銀髪の束を取り出すのと同時だった。


 貴族種エルフの髪の毛。生来的に長命なエルフの髪の毛は伸び難く、それ故にヘカトリオスにおいてさえ超貴重な触媒カタリストである。

 一束で家が買えるというのは誇張ではない。


 その性能は――。

 車の屋根を吹っ飛ばされたその時から今まで、終始余裕のあった大男の顔に初めて焦りの表情が浮かぶ。


 ――銃杖ガン・ロッド魔法陣チャンバーに装填しなくても魔法の発動が可能な程だ。

 大男が向けてくる、大鬼オーガの骨が移植されたその腕。


 それに照準を合わせてナイヴは呪文キーワードを口にする。


侵襲魔術ハッキングゴースト起動」




 ナイヴ・ライフスのたった一つの切り札、侵襲魔術。

 チートも何もない、ナイヴがこの世界でたった一つ手に入れた己の力。


 外部から他者の魔法に干渉できる、ただそれだけの魔法。

 しかし、ただそれだけの魔法は、魔術技巧ウィズテクを体内に移植した人工魔人ウィズボーグ相手には極めて有効だった。


 大男が、その腕に移植した大鬼オーガの骨は、幾重にも張り巡らせられた魔法陣を狂わされ、その本来の狂暴性を発揮した。

 人にあだなす存在であるという矜持、奪われたそれを取り戻そうと、大男の体内で暴れまわる。


 時間にすれば刹那で、結果は致命であり必死であった。

 人の身に堕とされた大鬼オーガは、在りし日の怒りそのままに大男の肉体を引き裂いた。




 本日二度目の侵襲魔術ハッキングのおかげで、発動までの時間はかなり短縮できた。

 ナイヴは上半身が風船のように破裂した追手の残骸から視線を外して安堵の息を吐いた、これは溜息じゃないと言い訳しながら。


 リィンが途中でスっ転ぶという大ポカをやらかしたせいで、解析の時間が足りないと危惧したが。中途半端だったとは言え一度侵襲魔術ハッキングをかけた相手だったので殺しきる事が出来た。


「う……うぉおおお! ナイヴ! それなんだ!? それ! 凄いそれ!」


 先程までやらかしちゃったゴメン、みたいな顔をしていたリィンが床を這うような体制でにじり寄ってくる。

 短い付き合いだが、何となくだがコイツの性格が分かってきた。


 ナイヴは灰となったリィンの髪を払いながら銃杖ガン・ロッドをホルスターに戻す。

 要は子供なのだ、単にどこにでもいる好奇心旺盛な子供。


 足にまとわりつき「何をしたんだ!? 魔法か!?魔法だよな!?」と喚くリィンの襟首を掴んで立たせる。

 お前のせいで全ておじゃんで二人とも死にかけたんだぞ、と言いたくなるがナイヴは言葉をグッと飲み込む。大人の余裕は子供にとっては必要な物だからだ。


 それにまだやる事がある。


「疑問には後で答えてやるから、さっさと逃げるぞ」


 自分の言葉に首を傾げるリィン、頭を軽くはたく。


「警察に保護されて父親とご対面したいのか?」


 慌てて首を横に振る様子に苦笑する。

 ナイヴは髪の毛が随分と短くなったリィンの頭を乱暴に撫でた。

迷惑そうな声を上げる少女を無視して、目の前に転がる困難なぞ大した事はないという口調で言う。


「後はクソ親父だな?」


 そう言って歩きだす。


「あの!でも!」


 慌てて追いかけてきたリィンが馬鹿な事を言う。


「もう払える物が無いんだけど」


 ナイヴは思わず溜息が出た。


「仕事ってのは貰った報酬分キッチリやるって事なんだよ」


 さてと、碌でもねぇ仕事がもう一仕事だな。

 ナイヴは銃杖ガン・ロッドの銃把を撫でた。


 だがまぁ気分は悪くない。


「碌でもねぇ親父をぶん殴りに行くぞ」


 たぶんきっとスッキリするだろう。

 背後から慌てて付いてくる少女の足音を聞きながら、ナイヴ・ライフスは笑った。

 本当に碌でもねぇと、獰猛に。



***あとがき***

最後まで読んで頂きありがとうございます。

一万字の字数制限に苦しみぬいた短編となります。

楽しんで頂けたのなら、それ以上に嬉しい事はございません。

また、コメント、イイね等ありがとうございました。

最後に、面白いと思って頂けたのなら、星など頂けたら幸いです。

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【全6話】ウィザードパンク!~タイトル考えるのぶっちゃけメンドクセェ!つまりは碌でもない世界に転生したら俺は碌でもねぇ職業について碌でもねぇ事に巻き込まれるんだよ!畜生!本当に碌でもねぇな!【短編】 たけすぃ@追放された侯爵令嬢と行く冒険者 @Metalkinjakuzi

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