第6話

 ヨハン、どこにいるの?

 私は草原をさまよう。

 もう、すぐにどこかに行ってしまうんだから。

 腹立たしくなり、私は草の上に寝転んだ。疲れて瞼を閉じていると声が聞こえる。

『ラナ』

 誰かが呼んでる。ヨハンだわ。私はここよ。右手を上げる。

 その手をしっかり握られた感触に驚き、ラナは目を開けた。

「ラナ!」

 ヨハンではなかった。リカルドが心配そうな顔で見下ろしている。

「十日も目を覚まさなかったんだぞ」

 リカルドは、よかった、と何度もつぶやく。ラナは周りを見渡した。どうやらベッドに寝かされているらしい。羽音が聞こえ、スートがすり寄ってきた。

「母さんとの、約束、ヨハンを、守れなかった……」

 ラナはスートの柔らかな羽毛に顔をうずめ、涙を流した。


 ラナの心身の傷が完治するまで、長い月日を要した。

 そして雪が解け春になる頃、ラナはリカルドと共にシレジア山の山間の村に向かった。

 その村にはかつての住民たちが戻り働いていた。皆、ラナを見ると感謝の言葉を述べ、感激のあまり泣き出す者もいた。

 ラナは熱烈な歓迎に困惑し、隙を見てスートと例の洞窟へと向かう。

 そこはすでに瓦礫に埋まっており、粗末な十字架が刺さっていた。リカルドの話によれば、意識を失ったラナを抱えて外に出た途端、洞窟全てが土に埋もれたそうだ。

 ラナは十字架に手を当て強く願う。ヨハンに会わせて、と。

 すると突風が吹いて、ラナは思わず目を閉じる。同時に懐かしい声が聞こえた。

『馬鹿野郎! なんでここに来やがったっ!』

 ラナは目を開けると目の前にヨハンがいた。

『お前が来るとこじゃなかったんだ。お前が傷つく必要なんて……』

 ヨハンはラナのもう動かない左手を見た。ラナは首を振る。

「魔術士として、やるべきことをしたまでよ。あんたのためじゃない」

『相変わらずだな』

「あんたも幽霊のくせに、相変わらずね」

 ラナは笑ったが、すぐ顔を歪ませる。

「一緒に死にたかった」

『あの世までついて来るな』

「ヨハン」

 ラナが一歩、ヨハンに近づこうとした。その時、ラナを呼ぶ声が聞こえ踏み止まる。

「リカルドだわ」

『仲良よくしてるみたいだな、あいつと』

 ヨハンは笑った。

「馬鹿言わないで。救世主だ何だって言われて困ってるんだから」

 そう言いながらも、ラナの頬は赤くなる。

『お前にお似合いだよ。じゃあな』

 また突風が吹く。もうヨハンの姿はなかった。ラナはずっと虚空を見つめていると、スートがクウと鳴く。

「さようなら、ヨハン」

 ラナは涙を拭い、十字架に背を向け歩き出す。

「リカルド、わたしはここよ!」

「ラナ、大丈夫か?」

 リカルドがラナに追いつき、心配そうな顔で言った。

「あなた、いつも心配ばっかりね。私は大丈夫。行きましょ」

二人は並ん歩いて行く。リカルドは労わるように優しくラナの左手を握った。スートが飛び立ち、導くように前をゆったりと飛んで行く。

「私、誓いを立てたの」

「誓い?」

ラナはリカルドに輝くような笑顔をむけた。

「ええ、勇者が救ったこのシレジアを復興させるって」

そして後ろを振り返る。

「今度はとびっきり美味しいクッキーを持って行って、ヨハンに食べられないことを悔しがらせてやるって」

 ラナはいたずらっ子のように舌を出す。すると風がふき、ヨハンの笑い声が聞こえた気がした。

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笑わない魔術士と秘密のクッキー 富永 牧 @rennge-remon

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