~少し長めのエピローグ~
【問1 解】雉間荘は……
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【問1 解】雉間荘は……
五月の連休も終わり数日後。
ぽかぽか陽気に誘われるかのようにわたしは大学の学生課を来ていた。そこでわたしは会いたいと思っていた人に無事会うことができた。
初めて会ったときと同じよう、わたしは今その人と机を挟んで向かい合っている。
「すみません天音さん。いきなり来てしまって」
椅子に座ったまま頭を下げると、天音さんは優しい口調で「いいのよ、いいの」と手を振って突然の訪問を受け入れてくれた。
前回会ったときとは違い、今日の天音さんは白色のシャツにピンクのカーディガンを羽織っていた。ホント、いつ見ても非の打ちどころがないほど綺麗な人ね。……と、そんなことを思っていれば、天音さんは気付いたかのように辺りを見回した。
「あれ?
わたしは笑いながら言う。
「わたしがいつも菘と一緒だと思わないでください。菘は今日、千花ちゃ……いえ、メイドの子とショッピングなんです」
「メイド?」
「はい。実は菘メイドを雇うことにしたんです。あの子、一人だとお風呂のお湯も沸かせないので。で、そのメイドの子と部屋をシェア……というか、住み込みで菘の面倒を見てもらっているんです」
「へえ、そうなの」
頬杖をつきながら天使のように微笑む天音さんにわたしは頷いた。
「あ、それとこれはお土産です」
わたしは天音さんに『お魚クッキー』と書かれた菓子折りを差し出した。
「ゴールデンウィークに心霊島に行ってきて、その帰りに陽和港のお土産屋さんで買ったんです。雉間の依頼に、助手として行って」
天音さんは嬉しそうな顔をした。
「へえ、そうなの。雉間くんに依頼が来たのね」
「はい」
一度頷く。
「でも、結局は雉間の推理もむなしく犯人には逃げられちゃうんですけどね」
そうわたしが言うと、天音さんはニヒルに笑い冗談を言った。
「だけど雉間くんって、ああ見えて結構鋭いのよ。意外とホントは裏で真の犯人を暴いていたりして」
「まさかですよ」
わたしは笑った。……けど、ほんの少しだけ、雉間ならやりそうだなって思った。
天音さんはしばし『お魚クッキ―』を面白いものを見るような目で見てから、視線をわたしに戻した。何となくお土産は気に入っているようだった。
「それで、今日はどうしたの?」
「ああ、はい。そうでした」
つい無駄話になりそうなところを天音さんに言われて、わたしは用意してきた言葉を口にした。
「実はわたし、天音さんにどうしても言いたいことがあって来たんです」
まるで心当たりがないかのようにポカンとした顔でわたしを見る。
「言いたいこと?」
「はい。あの、それとわたしなりに考えたことがあるんです。ですから天音さん、聞いてもらえませんか? わたしの推理を」
「推理……」
それだけを呟いてから、いったい何のことともわかってないだろうけど天音さんは快く笑ってくれた。
「ええ、もちろんじゃない」
それを受けてわたしは静かに切り出す。
「雉間荘のことです」
「雉間荘」
いきなり思い当たる節でもあったのか、天音さんの声色が少し変わった。そんな気がした。
「はい。思い返してみればヒントはたくさんありました」
居住まいを正して、わたしは真剣な顔をする。それがどれほど伝わっているかは知らないけど。
「まず、初めて雉間の部屋を天音さんと訪れたときのことです。あのとき天音さんは『部屋を借りたい子がいる』と言ってわたしを雉間に紹介しました」
「ええ、そうだったわね」
「ですが雉間は一度こう言って、わたしの入居を断ろうとしました。
『部屋は二つもない』と。
わたしはそのときの『部屋は二つもない』は、その場に一緒にいた菘とわたしのそれそれで、雉間が『二つ』と言ったのだと思っていました。けれど、考えてみればあのときの菘はわたしに腕を絡ませていて、その光景は雉間からすれば、わたしと菘が一つの部屋をシェアするように見えていたはずです。
それなのになぜ、あのときの雉間は『部屋は二つもない』と言ったのでしょう?」
「う~ん。雉間くん、少し抜けているから仕方ないのよ」
天音さんは子どものクイズにでも付き合うような軽い感じで答えた。
わたしはその回答を聞かなかったものとして話を続ける。
「それから天音さんがわたしに部屋を貸すよう雉間に言ってくれたとき……。天音さん、あのとき雉間は最後になんと言って部屋の貸し出しを承諾したか憶えてますか?」
「ええ、もちろん」
頷き、笑いを含ませた声で言う。
「雉間くんが玄関で『最悪だよ』って。そしたら雨城さんに靴で叩かれたのよね」
「はい、確かにそうです。ですがそれと雉間はこうも言ったんです。 綾季さんが言うなら仕方がないと」
「……」
「次にわたしが部屋に盗聴器があると言ったとき。雉間はわたしに住みたくないなら住まなくてもいいと言った後で、『あそこに住みたい人ならもういる』と言いました。ですが冷静になって考えてみればこの発言はおかしなものです。雉間の言うその『もういる住みたい人』は、なぜ雉間と契約をしていなかったのでしょうか。そしてわたしが家賃を払えなくなったときにも雉間は、『もう結衣ちゃんの部屋に住みたい人はいる』と言った後で、『それにぼくもその人に住んでもらいたい』と、そして『その人なら絶対に家賃を払ってくれる』と言いました」
このときのわたしは、雉間がやけにその人を信頼しているなくらいにしか思わなかったけど。
「少し話を脱線させます。わたしは初め、雉間荘の家賃が安いのは部屋に何かしらの曰くがあるからだと思っていました。けれど実際は、単に雉間がお金を必要としていないからという、何とも雉間らしい理由でした」
天音さんが頷く。続きは、と言うように。
「では、なぜあのときのわたしは雉間荘に曰くがあるなどと思ってしまったのでしょうか。それは、普通であれば優良物件クラスの雉間荘の用紙が『訳有り物件リスト』から見つかったからです。しかし、思い返せばその雉間荘の用紙はファイルに挟まれていただけで穴は空いていませんでした。
じゃあ、なぜ雉間荘の用紙には穴が空いていなかったのか。その答えはあの用紙は初めからどのファイルにも入れない……いえ、それ以前に、そもそも天音さんは誰にも雉間荘を紹介するつもりなんてなかったからではないでしょうか?
そう、なぜなら……」
一拍持たせて、わたしは辿りついた結論を静かに言った。
「本来、雉間荘のあの部屋に住むのは天音さんだったから」
「…………」
天音さんがわたしを見る。
わたしもそれに応えるように天音さんを見る。
絡み合う視線。
どこか遠くで、鳥がチチチと鳴いた。
数秒落ちた沈黙の後、天音さんはやっぱり優しく笑った。
「ふふふっ。成長したのね雨城さん。雉間くんにでも鍛えられたのかしら?」
一切の否定を含まないその発言に、わたしは自身の
わたしは言う。やはりそうだったのかと思いながら。
「そう考えたとき、いくつかの不自然な点にも納得できたんです。あの部屋の電気と水道がすぐ使える状態であったことも、家具や家電が既に揃っていたことも、そして雉間の部屋で料理を作ったときのこともです」
込み上がる罪悪感を押し殺していると、知らずとわたしの声は小さくなっていた。
「……あのときの天音さん、手際がすごくよかったんです。初めて雉間の台所を使うにしては調味料の位置とかも完璧でしたし、わたしと菘の手伝いなどいらないくらいでした」
そんなことない、と天音さんが首を振る。
が、わたしは先を続ける。
「それもそのはずです。だって心霊島でお手伝いをしようとしたとき、わたしはメイドの子にこう言われたんです。『初見で他人様の家の調理場は使いこなせない』と。そのことを踏まえて考えれば雉間の言った住んでもらいたい人の謎も解けます。あれは何度か雉間の部屋を訪れてご飯を作っていた……天音さんのこと、だったんですね」
「……」
雉間と交流のあった天音さんは雉間荘に空き部屋が出ることを一番に知っていた。そして部屋は先約し、契約前から家電や家具を入れていた。自分が住むと確信して……。
しかしそんな中、何かのミスで空室となった雉間荘の情報が大学に来てしまった。すぐにでも入居の手続きを済ませたかった天音さんだったが卒業や入学と、大学に関わる天音さんは忙しく手続きの見通しが立たなかった。そこで天音さんは引っ越し完了までの間、雉間荘の用紙を『訳有り物件リスト』のファイルの中に隠すことにした。雉間荘クラスの良物件が『訳有り物件リスト』に入っていたら、それは誰だって不気味に思うから……。
「やっぱり、雨城さんをあそこに住ませて正解だったわ」
しばらくの間を空けて、安堵するかのように天音さんは言った。
そうして軽く椅子の背にもたれ、優しく言う。
「そうね。確かに雨城さんが言った通り、あの部屋には私が住むつもりだったわ」
「天音さんごめんなさい!」
その言葉を聞くなり、わたしは謝った。
精一杯の誠意を込めて言う。
「わたし、バカで間抜けだからずっとこのことに気付きませんでした。天音さんの優しさに気付かず、二ヶ月も雉間荘に住んでしまいました。わたし、天音さんが言うならすぐにでも雉間荘から出て行きます。雉間荘より安い物件なんてあるかはわからないけど、天音さんが言うならわたしは」
「ううん。いいの」
え……。
ゆったりとしたその声に顔を上げると、天音さんはいつもの笑みでわたしを見ていた。
「雨城さんの言う通り、部屋の家具や家電は私のもの。だけどあれらはもう三年もあのままなの」
「三年も……?」
「うん。実は雉間荘が完成する前から私はあの部屋を予約していたの。『毎日美味しいご飯を作ってあげる』って条件で。だけど雉間くんったら、うっかりそのことを忘れちゃってね。私が部屋に家具とかを運び終えた後で『契約しちゃった』って言うし、それで面倒になってそのままにしてたの。当時二年生だった前の人が卒業する三年後には住めるだろうと思ってね。一応、雉間くんには『あの部屋は誰にも渡しちゃダメ』って言ってたんだけど……今度は私が破っちゃった。だってあのときの
くすりと笑う。
「でも私ね、雨城さんならあそこに住んでも良いと思ってるの。だって雉間くん、雨城さんが引っ越して来てからなんだか楽しそうだから。それに、雨城さんはバカでも間抜けでもない。このことに気付けたんだし、なんといってもあの雉間くんの助手を勤めたくらいだもの。ね、だからあの部屋は雨城さんに譲ってあげる」
「それにこんな素敵なお土産だってもらったんだしね」と、天音さんは『お魚クッキ―』を掲げた。
「ううっ、天音さん……」
「ありがとうございます、天音さんっ!」
わたしが涙ぐみながら言うと、天音さんからは忍び笑いが聞こえてきた。
「それに雨城さん、さっきさらっと『家賃が払えなくなったとき』って言ったけど、雉間荘の家賃が払えない人はどこの家賃も払えないわよ」
「ちょっと! それは言わないでくださいっ!」
恥ずかしく思うわたしを見てか、天音さんは今一度優しく言った。
「これからも雉間くんをよろしくね」
――こうしてわたしは築三年で家賃一万円の、名探偵の大家がいる雉間荘に住むこととなった――
「帰ったら、何か雉間に作ろうかな」
帰り道、そうわたしが呟いたのは内緒だ。
わたしと幼馴染と名(ばかり)探偵と hororo @sirokuma_0409
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