3 女戦士、ビキニアーマーを諦めない
「そもそもの疑問なんですが、どうしてそんなにビキニアーマーを着たがるんですか?」
今更ながら、僕はミリアムさんにそう質問した。
肌の露出があまりに多過ぎて、防御力はないに等しいだろう。実用性のある装備とはとても思えなかった。
「鎧が小さい分、軽くて動きやすいからな。素早く攻撃できるんだ」
「その代わりに、危険でもあると思うんですが」
「回避もしやすくなるから問題ない」
防御力よりも機動性を重視して、全身鎧ではなく胸当てだけを装備する冒険者は少なくない。その考えを限界まで突き詰めたのが、ビキニアーマーということなのだろう。
昔、ミリアムさんが普通の鎧からビキニアーマーに装備を変更した時に、危なくないかと尋ねたことがあった。その際にも、似たような説明を受けて、一応納得していた。
しかし、禁止令の出ている今回は違った。
「防具の軽量化がお望みなら、そもそも鎧をやめて服を着ればいいのでは?」
「万が一の事態に備えて、急所くらいは守っておきたいんだ」
「それだけ小さいと、ほとんど効果がないでしょう」
胸の谷間を露出しているので、その下にある心臓を守れていない。上乳や下乳を露出しているので、その下にある肺を守れていない。これでは服を着るのと大差ないはずである。
「た、多少は効果があるんだよ」
「じゃあ、下にインナーを着てください」
「それだと、その分重くなるじゃないか」
「でも、最初は
痛いところを突かれたらしい。ミリアムさんが次に口を開くまで、しばらく間があった。
「ビキニアーマーの利点は他にもあるぞ。露出が多いと、パーティメンバーの士気が上がるからな」
「これは騎士団の研究なんですけどね。男女混成の隊を作ると、女性の前で見栄を張ろうと無謀な行動を取るせいで、男性の死傷者が増加する傾向があるんだそうですよ」
全身鎧の装備が義務付けられている騎士団でさえこのざまなのである。ビキニアーマーの戦士のいる冒険者パーティでは、もっと被害が増えることになるだろう。
「被害が増える代わりに、成果も増えるんじゃないか?」
「長期的に見れば、味方が死ぬデメリットの方が大きいと思いますが」
「ということは、どちらがいいのかはっきりしていないわけだな」
「仮にメリットの方が大きいとしても、ミリアムさんには関係ないですよね。ソロなんですから」
またしばらく間があった。
「まだあるぞ」
「今度は何ですか?」
「男へのアピールだ」
「はい?」
何を言っているのか、一瞬理解できなかった。
「ええと、つまり、ミリアムさんは男性に好意を持たれたいと思ってらっしゃるということですか?」
「わっ、私に恋愛願望があったらおかしいか?」
「いえ、そういう意味では」
ミリアムさんが怒ったような照れたような風に問い詰めてくるので、僕はすぐに否定する。
しかし、本音を言えばかなり意外だった。
容姿が整っている上に、格好が煽情的だから、ミリアムさんに近づこうとする男は少なくなかった。けれど、これまで誰一人として、まともに相手にしていなかったのである。
理想が高くて、身近にいるような男性では物足りないのだろうか。それとも、狙っている意中の男性でもいるのだろうか。
「ですが、それならビキニアーマーは逆効果ではないでしょうか?」
「どうしてだ? 男はみんな好きだろう?」
「それは人によるかと」
ギルドでアンケートを行ったが、ビキニアーマー禁止令に賛成する男性冒険者も少数ながら存在していた。特に冒険者稼業の一般化が進む中で就業した若年層ほど、その傾向があるようだった。
「それに、いくらビキニアーマーが好きでも、自分以外にも見せびらかす女性は嫌なのではないでしょうか。他の男に言い寄られたり襲われたりしないか、不安になりますから」
「そういうものなのか?」
「統計を取ったわけではないので断言はできませんが、おそらく皆さんそうお答えになると思いますよ」
「要するに、ルカ君の個人的な感想に過ぎないということか」
「それはそうですけど……」
説得の材料にするには理屈が弱かったかもしれない。水着や民族衣装についてだけではなく、ビキニアーマーの好感度についても調べておくべきだったようだ。
案の定、僕が言いよどむのを見たミリアムさんはすかさず口を開いた。
「分かった」
確かにそう答えたのである。
「え、よろしいんですか?」
「ああ、君の意見に従おう」
急展開に戸惑う僕に対して、ミリアムさんははっきりと頷く。
こうして、ビキニアーマー禁止令を巡る論争は、あっさりと終結したのだった。
◇◇◇
さらにまた一週間後のことである。
「次の方、どうぞ」
「ル、ルカ君」
僕の前へ躊躇いがちに進み出てきたのは、ミリアムさんだった。
「これならどうだろうか?」
宣言通り、装備しているのは、もうビキニアーマーではなかった。
胸や股だけでなく、太ももや腋、へそなども金属板で覆って見せないようにしている。それどころか、二の腕や膝など、一般には性的だと見なされない部分まで隠している。兜がないことを除けば、ほぼ全身鎧だと言っていい。
「ええ、問題ないでしょう」
むしろ、言い過ぎたかと罪悪感を覚えるくらい、極端に露出を減らしてくれていた。だから、装備に関しては気になる点はなかった。
僕が気になっていたのは、ミリアムさんの態度だった。
露出が減ったにもかかわらず、何故かもじもじと恥ずかしそうにしていたのだ。
その上、ミリアムさんはさらにおかしな行動を取り始めた。
「そうか……」
新しい鎧が合法だと認められたのに、落ち込んでしまっていたのである。
「?」
励ましたり慰めたりしようにも、落胆する理由が分からない。僕には困惑することしかできなかった。
このやりとりを見ていたらしい。ギルドマスターのパメラさんが背中をつついてきた。いや、つねってきた。
しかも、痛いと文句を言う前に、説教までしてくるのだった。
「よく考えてみてって言ったでしょう」
そう小声で怒鳴られて、パメラさんのアドバイスを思い出す。
〝ルカ君は『北風と太陽』って知ってる?〟
あの童話では、力ずくでコートを吹き飛ばそうとした北風ではなく、旅人が自分から脱ぐように仕向けた太陽が勝利していた。おそらく、「他人を説得する時には、命令して強制的に従わせるよりも、本人が自発的に従うように促す方が効果的である」というようなことをテーマにしているのだろう。
「その鎧、いいデザインですね」
「!」
僕の言葉に、ミリアムさんが目を見開く。
「全身鎧ってごつくなりがちですけど、ミリアムさんのものはシャープで格好いいです。お似合いだと思いますよ」
「そうか!」
今度は高く大きな声を出す。明るく朗らかな表情を浮かべる。
ミリアムさんはそういうことを言って欲しかったのだ。
「ビキニアーマーを批判するんじゃなくて、普通の鎧を褒めろって意味だったんですね」
「ルカ君もやっと分かってくれたみたいね」
「僕はもっと相手の気持ちを考えないといけなかったんですね」
「そうそう、そうなのよ」
「ミリアムさんに恋愛願望があるって気づかないといけなかったんですね」
「……とりあえず、今はそれでいいわ」
パメラさんは呆れたような諦めたような溜息をつく。
しかし、どういう意味なのか尋ねることはできなかった。それより先に、ミリアムさんに話しかけられてしまったからである。
「他のやつらに見せてほしくないだけで、男はビキニアーマー自体は好きなんだよな?」
「え? ええ、多分そうだと思いますよ」
前回も言った通り、きちんと調査したわけではないので、僕個人の感想ということになってしまうけれど……
すると、そう答えた瞬間、僕の目に谷間や鼠径部が飛び込んできた。
「この鎧はいらない部分を脱ぐことで、必要な時だけビキニアーマーにできるんだ」
「今は必要な時じゃないですよね?」
完全に予想外だったので、僕は思わず赤面してしまうのだった。
(了)
ビキニアーマー禁止令 蟹場たらば @kanibataraba
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