2 女戦士、ビキニアーマーを脱法化する
翌日のことである。
依頼された手続きを終わらせると、僕は相手の冒険者を見送る。それから、後ろに並んでいた人物に声を掛ける。
「次の方、どうぞ」
「ルカ君!」
今度の相手はミリアムさんだった。
「これならどうだ」
ミリアムさんは相変わらず、これまでと同じビキニアーマーを装備していた。
にもかかわらず、露出度は大きく下がっていた。
鎧の下にもう一つ防具を装備するようにしたらしい。それによって、今まで鎧からはみ出していた上乳や
「問題は露出が多いことなのだろう? なら、インナーを着て露出さえ抑えれば、ビキニアーマーを装備しても構わないはずだ」
「確かにデザインは適法だと思います」
ミリアムさんの言う通り、厳密にはビキニアーマー自体が禁止されたわけではない。重ね着するという発想は意外だったが、解決策としては妥当なものだと言えるだろう。
「なので、色の変更だけお願いしますね」
「えっ」
「肌と似たような色で、露出していると誤解させるつもりなのは明らかですから」
ぱっと見では素肌と間違えそうな肌色の……いや、
「た、単にこの色が好きなだけで、そんな気は一切ないぞ」
ただ証拠がない以上、嘘だと決めつけるわけにもいかない。そこで僕は別の観点から反論することにした。
「たとえそれが事実だとしても、露出しているように見えてしまう装備を許可することはできません」
「見えるだけでもダメなのか?」
「裸が許されないなら、当然裸の絵が描かれた服だって許されないことは理解できますよね? 問題の本質は、露出が多いことではなく、風紀を乱すことなんですよ」
とにかく肌さえ見せなければいいと思い込んでいたのだろう。ミリアムさんは何も言えなくなったようで黙り込んでしまう。
前回のように議論を長引かせないために、僕はあえてにっこりと笑いかけた。
「用件がお済みでしたら、お引き取りください」
◇◇◇
一週間後のことである。
「次の方、どう――」
「ルカ君!!」
今度の相手はミリアムさんだった。
「これならどうだ」
ミリアムさんはいつものビキニアーマーをやめて、真新しい濃紺の鎧を装備していた。
そのおかげで、露出度は大きく下がっていた。
鎧の面積が増えたため、谷間や下乳が見えなくなっている。加えて、デザインも
「ビキニではなく、極東の学校で着られている水着を参考に鎧を作らせた。名づけて、スクール水着アーマーだ」
「なるほど、そういう意図の装備でしたか」
このところミリアムさんがギルドに現れなかったので不思議に思っていた。どうやら一週間かけて、鍛冶師に露出の少ない鎧を作らせていたようだ。
いや、前にインナーを着てきた時に、露出度の問題ではないと説明した。だから、風紀に反しないようなデザインを考えてきたのだろう。
「ですが、まだ違法ですね」
「えっ」
「上半身は問題ありませんが、下半身の露出が多過ぎます」
股の部分の角度が浅くなったことで、鼠径部は見えなくなっていた。しかし、依然として太ももは丸出しのままだったのだ。
「学校で着られているものと同じなんだぞ。健全そのものだろう」
ミリアムさんの主張に対して、僕はあらかじめ調べておいた資料を提示する。
「そのデザインの水着が着られていたのはもう過去の話です。現在ではスパッツやスカートで太ももを隠すものに変更されています」
「そ、それは……」
デザイン変更の件はミリアムさんも知っていたらしい。知っていたくせに、今でも使われているかのような言い方をしたのだ。
「用件がお済みでしたら、お引き取りください」
◇◇◇
冒険者ギルドの一日の仕事量は、V字型の曲線を描く。冒険者が討伐に出かける朝方がピークで、昼間に向かうにつれて徐々に人が減り始め、討伐から帰ってくる夕方に第二のピークを迎える。
しかし、昼間になっても、僕の仕事量に変化はなかった。ビキニアーマー禁止令の抜け穴を突かれないように、関連しそうな資料に当たっていたからである。
この前も事前調査のおかげで、極東の学校の水着というマニアックな知識を持ち出されても反論することができた。だから、今日も世界の水着や民族衣装などについて勉強していたのだ。
「ルカ君、ルカ君」
情報収集の最中、つんつんと背中をつつかれた。
「調子はどうかしら?」
そう尋ねてきたのは、同じくギルド職員のパメラさんだった。
山の主の鹿を連想させるような、穏和さと聡明さを兼ね備えた美貌。しかし、実年齢はもう四十を超えているそうだから、僕にとっては大先輩ということになる。いや、それどころか、パメラさんはこの冒険者ギルドのトップ、つまりギルドマスターだった。
おそらく、冒険者がいないのに忙しそうにしている僕を気遣って、わざわざ声を掛けてくれたのだろう。その厚意に甘えて、ミリアムさんの件を相談することにする。
「以前は普通の鎧を装備されていたはずなんですが……」
「だから、慣れない防具に変えるのが嫌ってわけじゃあないんでしょうね」
僕の話に、パメラさんは思案深げに相槌を打っていた。
パメラさんは元は魔法使いとして冒険者をしていたから、冒険者心理には精通している。加えて、〝賢者〟と称されるほどの功績を残していたから、現役の冒険者たちに対して顔が利く。
そのため、冒険者同士、あるいは冒険者とギルド職員の揉め事を、これまでに何度も仲裁していたのだった。
「パメラさんの方から言い聞かせていただけませんか?」
「確かに私が注意すれば、ミリアムちゃんも従うと思うわ。でも、それじゃあ意味がないでしょう?」
「はぁ……」
僕のためにならない、ということだろうか。
実際、年齢的にパメラさんの方が先に退職するはずである。このままずっと頼りきりというわけにはいかない。
けれど、パメラさんは叱咤だけでなく助言もしてくれた。
「ルカ君は『北風と太陽』って知ってる?」
「それはもちろん知ってますけど」
ある時、どちらの方が優れているかで、北風と太陽が言い争いになった。そこにちょうど旅人が通りがかったため、二人は彼のコートを脱がせられるかで決着をつけることにした。
まず北風が強く吹きつけて、コートを吹き飛ばそうとした。しかし、旅人は寒さに耐えようと、逆にコートをしっかりと押さえつけてしまった。
一方、太陽はただ村人を照らすだけだった。すると、だんだん暑くなってきて、彼は自分からコートを脱いだのだった……
「今は服を着させる話をしてるんですが」
「ルカ君って頭が硬いのが玉に
パメラさんは困り顔をする。あくまで、たとえ話ということらしい。
しかし、どんなたとえなのか、さっぱり分からなかった。
「いい機会だから、一度よく考えてみて」
不思議がる僕に、パメラさんはそうとだけ言い残していったのだった。
◇◇◇
さらに一週間後のことである。
「ルカ君!!!」
次の冒険者を呼ぶ前に、ミリアムさんは自分から進み出てきた。
「これならどうだ」
肩から足元まで、幅広の一枚布ですっぽりと覆われている。顔以外の露出は0だと言っていいだろう。
かと思えば、次の瞬間には露出だらけになっていた。
羽織っていたマントを翻すと、下からビキニアーマーが出てきたのだ。
「ほぼ露出狂じゃないですか」
当然、今回の格好も違法である。なんなら、より変態的に見える分、罪が重くなってもおかしくない。
「これもダメか……」
特注品だったスクール水着アーマーと違って、今日のマントは既製のものだった。用意するのに一週間もかかるはずがない。
おそらくミリアムさんは、もう脱法ビキニアーマーのアイディアを出し尽くしてしまったのだろう。その上で、最後の一つまで否定されたから意気消沈しているのだ。
〝以前は普通の鎧を装備されていたはずなんですが……〟
〝だから、慣れない防具に変えるのが嫌ってわけじゃあないんでしょうね〟
ふとパメラさんとのやりとりが脳裏をよぎった。
「そもそもの疑問なんですが、どうしてそんなにビキニアーマーを着たがるんですか?」
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