ビキニアーマー禁止令
蟹場たらば
1 女戦士、ビキニアーマーを禁止される
相手に用件を尋ねる。書類の作成や代金の受け渡しなどの手続きを行う。最後に、「ありがとうございました」と礼をしながら見送りをする……
すると、牛のような大男は、満足げな足取りで去っていった。石畳の床を全身鎧の鉄靴が叩いて、こつこつと心地よい音が響く。
獣害事件の防止や食材・素材の確保のために
そして、その冒険者に依頼を出したり、報酬を支払ったりする、冒険者
「次の方、どうぞ」
今度の冒険者は、獅子や豹を思わせるような美女だった。
端正だが鋭い顔つき。大柄かつ筋肉質ながら、しなやかで引き締まった体つき。また、牙や爪の代わりに、腰には剣を差している。
「ミリアムさんが受注した
「ああ、上手くいったよ」
オークは
対して、ミリアムさんはまだ
にもかかわらず、悠々とオークキングを討伐できるのは、それだけ優れた才能と高い実力があることの証だった。「さすがですね」と僕は改めて感嘆する。
「ついでに、途中でダークスライムも見かけたから狩っておいた」
「本当ですか? ありがとうございます」
「あとはレッドドラゴンもだな」
「もうそっちがメインじゃないですか?」
オークキング以上に危険な相手である。驚きや感心の言葉より先に、ツッコミが出てしまった。
モンスターの死体を調べて、冒険者の報告が本当に正しいか確認する。さらに肉や毛皮などの状態を調べて、素材としての価値を鑑定する。その結果を元に、「こちらが報酬になります。ご確認ください」と、僕は金貨の入った袋を渡した。
「いつも通りぴったりだ。さすがルカ君だな」
クエストの成功を報告する時よりも、ミリアムさんの表情は柔らかかった。まるで仔馬の芸を見守るような目をしていたのだ。
直接モンスターを討伐する力がないなら、せめて裏方として冒険者に協力したい。そう考えて僕が受付の仕事に就いたのが、十三歳の時――もう三年前のことである。
ただ、ミリアムさんは当時からすでに経験豊富な上級冒険者だったため、死体の鑑定にもたつくのを待ってもらったり、報酬の金貨の数え間違いを指摘してもらったり、助けるよりも助けられることの方が多かった。そのせいで、未だに新人扱い・子供扱いされてしまっているのだろう。
「それから、ミリアムさんには一つお伝えしたいことがありまして……」
僕は今一度、彼女の装備品に目をやる。
武器は剣だった。幅広かつ肉厚で、重さで叩き斬るような無骨なつくりをしている。
防具は鎧だった。金属の板で胸と股を、いや胸と股だけを守る大胆なデザインをしている。
ミリアムさんの防具は、俗に言うビキニアーマーだったのである。
だから、鎧のない部分、つまり太ももや
そんなミリアムさんが相手だから、ギルド職員として僕には言わなければならないことがあった。
「ビキニアーマーの使用が禁止されることになりました」
「えっ!?」
他の冒険者が振り返るような大声がギルド内に響いた。
討伐に出ている間に布告されたので、やはりミリアムさんは知らなかったようだ。
「正確に言うと、女性冒険者の露出過多な防具を規制する法律が制定されたんです。ミリアムさんが普段装備されている鎧も、規制対象に該当するので、防具の変更をお願いします」
同じ内容の勧告を、すでにミニスカートの武闘家や
「な、何故そんな法律が?」
「善良な性的道義観念に反するからです」
「善良な……何?」
「ありていに言えば、ビキニアーマーはいかがわしいからダメだということです」
単純かつ強力な理由である。これ以上の説明は必要ないくらいだろう。
しかし、ミリアムさんは食い下がってきた。
「今までそんな話なかったじゃないか」
「命の危険を伴うせいで、かつての冒険者といえば、失業者や孤児が就くような職業でした。そのため、社会福祉の観点から、多少の無法は見逃すというのが慣習になっていました。
ところが、装備品や戦闘技術の向上によって、生存率が大幅に改善されたことで、近年は冒険者の一般化・大衆化が進みました。その結果、〝冒険者も風紀を守るべきだ〟という意見が増え始めて、今回ついに国がビキニアーマー禁止令を発令するに至ったんです」
だから、今後はおそらく、街中で酔い潰れたり喧嘩をしたりといった冒険者のやりがちな迷惑行為も、同様に取り締まられていくことになるだろう。
けれど、そう詳しく解説しても、ミリアムさんはまだ納得してくれなかった。
「さっき女性冒険者と言っていたな? じゃあ、男はどうなんだ? 男なら覆面にパンツ一丁みたいな格好をしても許されるのか?」
「一口に性欲といっても、男女で性質に違いがあります。その差によって、規制にも違いが生じているんです。
子孫を残すことを考えた時、男性は基本的に相手を選ぶ必要はありません。極論を言えば、種付けした時点で終わりですからね。むしろ、相手を選ばず、種をばらまいた方が効率的なくらいでしょう」
「た、種って……」
ミリアムさんは赤い顔で繰り返す。ビキニアーマーなんか着ておいて、そこで恥ずかしがるんですか?
「一方で、女性には妊娠や出産というリスクがありますし、生涯産める人数にも限りがあります。そのため、優れた才能を持っているだとか、育児に協力的であるだとかいった風に、子孫の生き残りに役立ちそうな相手を選ばなくてはいけません。
ですから、街中でビキニアーマーを見かけて男性が発情すると、女性としては困るわけです。装備している本人が口説かれるくらいならまだしも、無関係な自分たちが襲われる可能性まで出てきてしまいますからね。
逆に覆面パンツを見ても、女性は性欲の性質上発情しにくいですし、たとえ発情しても男性側はチャンスくらいにしか考えません。だから、禁止しようという声も挙がらないんです」
長々と話をしたが、要するに「男の性欲は女にとって不快だが、女の性欲は男にとって好ましい」というだけのことである。
「なら、闘士はどうだ? 闘技場の闘士が装備するのはいいのか?」
「観戦には年齢制限がありますからね。分別のついた良識のある男性が見るだけなので、煽情的な格好をしても問題ないということでしょう。……事実はともかく」
「君もちょっと怪しいと思ってるんじゃないか」
「人目に触れやすい冒険者の方が悪影響なことには変わりないですからね。〝闘士のビキニアーマーはいいのか?〟と主張されても、国は闘士も禁止すべきかどうか議論するだけでしょう。冒険者のビキニアーマーを許可することには繋がりません」
ミリアムさんの主張は、「強盗を見逃すなら強盗殺人も見逃せ」と言っているのと大差ない。反対意見としてまったく成立していないのである。
「この装備で長いことやってきたんだ。急に禁止だと言われても困る」
「実際に施行されるまでには、六ヶ月の猶予期間があります。新しい装備への移行は十分可能でしょう」
鍛冶師に0から専用の防具を作らせて、格下のモンスターの討伐で慣らしをするとしても、一ヶ月もかからないだろう。以前にミリアムさんが普通の鎧からビキニアーマーに変えた時には、もっと短かったくらいだった。
「他に何か反論は?」
ミリアムさんの背後に視線を向けながら、僕はそう催促する。
ビキニアーマー禁止令について説明する間に、順番待ちの列はさらに長く伸びていた。不満顔や貧乏ゆすりをする冒険者まで出始めていた。これ以上、ミリアムさんばかりに時間を割くわけにはいかないだろう。
本人もそれは理解しているようだった。
「私はビキニアーマーを諦めないからな!」
とんでもない捨て台詞を堂々と口にしながら、ミリアムさんはギルドから立ち去ったのだった。
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