第26話:未来

 ラムレッド現象から一ヵ月が経った。あたしの周りではいろいろなことが緩やかに動き出していった。


 まずカイルさん。ラムレッド現象の中とはいえ、母親を殺してしまった。現実と夢の狭間とも言える状態だったこともあり、精神鑑定の結果責任能力がないと判断された。

 一度父親が面会に来たそうだったのだが、事の顛末を知ると、苦労を掛けたことに対して謝ったと言っていた。

 カイルさんもまた、父親にはなんの非もないことを告げたいう。帰ったらきっと、親子として歩んでいけるだろう。


 続いて、シャーリィ。本人としては殺し屋の侵入を手引きしたとして厳正な処罰を求めていたようだが、目の前でガードを殺されたことでまともな思考ではなかったと判断された。結果として、一週間の謹慎処分に留まったそうだ。

 本人としては全く納得していないようだったので、無理を推して働いているらしい。新しいガードは肝が冷えることだろう。

 一見気弱そうに見えるシャーリィが、意外と頑固で芯の強い子であることに驚くはずだ。これまでのシャーリィを知らなくたって振り回されるのは容易に想像がつく。


 マリアも事態の鎮圧についてなにも関与できなかったことをひどく後悔していた。結果的にあの場はティオが仕切ってしまったわけで、その件についてのお咎めも特にはなかったようだ。

 また、あたしに対しては労いの言葉をかけてくれた反面、二度と無茶はしないでくれと言っていた。

 どの程度が無茶か決めるのはあたしだから、と。ママのように笑ってみせたがしこたま怒られたので渋々頷くこととなった。なぜあたしは許されなかったのだろう、彼女は決して語らない。


 アステルは相も変わらず鍛錬に励んでいるようだ。また、ブシドースピリットの大会にも徐々に参加できるようになったらしい。

 ラムレッド現象の中にあって平静でいられたことがカウンセラーの世間話から広がったようだ。事態の収束に貢献したとして一定の評価を得ていた。

 そんな彼をスポンサー側も邪険にはできず、定期的にお小遣い稼ぎに出向いているようだった。


 そんな中、あたしとティオは――


「なぁんで無期限の出勤停止なんだろうね。あんなに頑張ったのに」

「クビになったわけじゃあねぇんだ、有意義に暇を食い潰しておけ。俺のようにな」

「落ち着かないよ、うずうずする。だってもう一ヵ月だよ!? あーあ、仕事したいなぁ……」


 ベッドの上でばたばたと足を動かす。まるで駄々っ子だ。煩わしいと思ったか、ティオは尻尾であたしの顔を叩く。


「やかましいわ。なんのための休みだと思っとるんだ、しっかり休め」

「はぁーい……あたし、ほんっと仕事の事ばっかり考えてるんだなぁ」

「年頃の娘が浮いた話の一つもなく仕事、仕事、仕事……キョウは泣くかもしれんな」


 育ての親はティオだ。あたしが仕事に耽っていることなんて、パパは知る由もないだろう。

 だが、ママに対しては非常識なほど生活を管理していた。いまも傍にいてくれたなら、あたしも手綱を握られていたのだろうか?


「んー……パパはどうだろうね。あたしが彼氏とか連れてきたらどんな顔すると思う?」

「顔では無関心を装いながら凡ミスを繰り返すだろうな、あいつは」

「あはは、意外と動揺しちゃうタイプなのかな」

「そうだろうよ。お前は知らんだろうが、あいつらはちゃんとお前を愛していたよ」


 ティオの言葉も、いまは信じられる気がした。朦朧とした意識の中で見た夢に思いを馳せる。


「……そういえばさ。あたし、ママに会えた気がする」

「は? パストにか?」

「うん。名前は確かめられなかったけど、あれはきっとママだった。まあラムレッド現象の最中だったし、夢でも見てたんだろうね」

「そうか。あいつはなにをやっていた?」

「『飛べないことが証明されてないから自分も飛べるかもしれない!』って言って屋上から飛ぼうとしてた」

「馬鹿だな」

「うん……あたしもそう思う……」


 話に聞くだけでなく、実際に目の当たりにしてしまったものだから擁護の仕様がない。あれに付き合い続けたパパもやっぱりどこかまともではないのだと実感した。


「――でもね、行ってらっしゃいって言ってくれたんだ」


 あの声も、笑顔も、拳の温かさも。きっと一生忘れることはないだろう。現実でも夢でもどっちでもいい、胸にしまった宝物は決して色褪せない。

 彼女の生き様はあたしの道も示してくれた。あたしはなんだってやれる。あたしの人生はあたしが道を作るのだ。誰に遠慮することもない。なりたい自分になればいい。


「あたしの人生だ、あたしが生きたい道を行けばいいんだって背中を押してくれた。少し、安心したよ」

「俺の首輪を引っ掴んで、な。はあ、なにがふたりでひとりのカウンセラーだ、まったく」

「なんだかんだついてきてくれるんじゃん」

「保護者だからな、俺は。厄介な縁もあるもんだ」


 深々と、それでいてまんざらでもなさそうなため息。嫌々に見えて、ちゃんとあたしの傍にいてくれる。大切な家族で、唯一の相棒だ。


「おお? なんだなんだ」


 ティオの体を抱き上げる。伝えるべきことは真っ直ぐ伝えるべきだ。例え受け取る側がどれだけ捻くれていたとしても。ティオの頭に頬を押し付け、笑う。


「いつもありがと。これからもよろしくね、ティオ」

「なんだってんだ改まって……ああ、よろしくされてやるよ。不本意だがな」

「へへ、不本意でもいいよ。嬉しいよ」

「なんなんだ気色悪い……」


 珍しく愛娘が素直なのだ、ティオだって素直に受け取ってくれればいいのに。どう扱っていいのかわからないようだ。

 いいことを知れた、困らせたいときは甘えたらいいんだ。仕返しの引き出しにしまっておこう。

 そのとき、部屋の扉が叩かれる。


「ミライ、いるか?」

「アステル? はーいどうぞ、入っちゃって」


 客人はアステル。相変わらず無愛想で、仮面が張り付いたような表情をしている。

 いつになく距離が近いあたしとティオを見ても特になにも感じていないようだった。珍しいものを見れた、と笑ってくれてもいいのに。


「どうしたの? デートのお誘い?」

「まあそんなところ。マリアから伝言を預かってる」

「……!」


 マリアからの伝言。カウンセラーの長からの伝言、そしてガードであるアステルとのデート。そんな伝言、一つしかない。

 目を輝かせたあたしをアステルは見逃さない。呆れたように息を吐く。


「……伝えるまでもなかったみたいだ」

「ずっと待ってたからね! 準備、準備!」

「うおっ!? 急に手放すな馬鹿!」

「だって一ヵ月! 一ヵ月待ったんだもん! 張り切っちゃうのは仕方ないでしょ!」


 シャツに着替え、白衣に袖を通す。いつでも出られるように整えていた甲斐があった、全部この瞬間のための準備だったのだ。 


「よーっし! ティオ、アステル! 行こう!」

「へいへい……はあ、これからずっとこんな調子か? いい加減干からびちまうぜ……」

「猫の干物はゲテモノだな。取り扱ってくれる店はあるのかな」

「知らんが、せめて高値でさばいてくれよ……」

「任せてくれ、交渉はあんまり得意じゃないけど頑張るよ」

「ふたりとも! はーやーくー!」


 お喋りをするふたりを呼び、駆け出す。

 あたしたちにはいつだって、いまこの瞬間しかない。今日も、明日も、明後日も、数え切れない一瞬を積み重ねていく。

 その繰り返しが未来という現在いまを創ることを、あたしは知っている。


 カウンセラーとして、名前も顔も知らない誰かの未来を救えるならなんだってやれる。火も吹くし、空だって飛ぶ。できるようにする。

 あたしとティオなら叶えられる。どんな夢も、理想も、鼻で笑わせたりしない。


 鎮まることのない胸の高鳴りが、その証明になる気がした。

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猫とあたしでカウンセラー @Yuki_S_mnhr

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