第4話
休日。彼女は友達と予定があるとかで会う予定は無いので、今日は約束通り実家に来ている。
部屋に帰るといつも違和感を感じる事を母親に何となくぼやいてみたが「疲れてるんじゃない?気のせいでしょ」と言われてしまった。
確かにここ最近、私生活で充実していたが仕事でミスしそうになった以降は気を引き締めて一つ一つの業務をこなすように心掛けていた。
「気付かないうちに疲れてたのかもな…」
母親にも言われた通り、疲れているのかもしれないと思い、深く考えることをやめた。
「晩ご飯なに?」母親に尋ねると「あんたの好きなやつ」と返ってきた。俺が好きな物…?母親が作る料理で好物を言ったことがあったかな⋯
考えていても仕方ないと思い、そのまま昼寝をした。
スパイシーな香りで目が覚めた。時計を見ると夕方で、もう時期父親と兄が帰ってくる。
台所へ向かおうとすると玄関が開いて、父親と兄が揃って帰ってきた。
「おかえり。ご飯できてるっぽいぞ」
2人に声を掛けて台所へ入った。台所に置かれた4人がけのダイニングテーブルの上はすぐ食べられる状態になっていた。自分の席に着く。俺は目を疑った。並べられているのはカレーとサラダ。いつか、彼女が作ってくれたものと全く一緒の材料が入っている。彼女が作ってくれたんじゃないかと思うくらい、あの日のメニューと一緒だ。
「なぁ、このメニューって今の流行り?人気料理番組でやってたとか?」
そうとしか思えなかった。たまたま母親と彼女が同じ料理番組を観ていて、メニューを真似したのかもしれない。そうでもないとこんなにも全く一緒なんて有り得ない。
「そんなところね」母親は素っ気なく答えた。
「母ちゃんが作るカレーっていつも人参にじゃがいもに玉ねぎに豚肉だったじゃん。それにカレーの日には必ず味噌汁だったのに、今日はサラダなんだな」
母親のカレーはスタンダードな具材が入っていて、味噌汁も定番だった。それなのに今日のカレーにはじゃがいもが無い代わりにきのことほうれん草が入っていて、香ばしい匂いがするからきっとにんにくだろう。
疑問に思いながらも家族みんなで食卓を囲んだ。
「どう?美味しい?」不意に母親が聞いてくる。
「まぁ…美味いけど」そう答えると「良かった」と満足気に母親はカレーを頬張った。
仕事から帰宅して帰ると、またあの違和感。でも今日はその違和感が何なのかようやく気付いた。玄関を開けた瞬間にフローラル系の香りがしたのだ。
玄関や部屋に芳香剤は置いていないし、香水も持っていない。使っている柔軟剤や部屋用消臭除菌スプレーとも匂いが違う。
その時ある事に気が付き、急いでトイレへ向かった。そういえば、引っ越してきてから一度もトイレ掃除をしていないのに汚れていない。そして、部屋中を見て回る。髪の毛や埃すら落ちていない。ゴミ箱の中身も片付いている。
「俺、掃除全然してないよな…」
最初は彼女かと思っていたが違う。週に2.3度しか来ないのにこんなに毎日綺麗なはずが無い。それに最近は忙しいようでなかなか会えていない。会社でもあまり見かけなくなった。
「連絡してみるか」
スマホを取り出し、彼女へメールを打つ。
『最近会社でも全然会えてないけど、元気?』
すぐに既読が付く。思いがけない返信がきた。
『ちょっと最近体調崩して、会社休みがちなんだよね。あと、急でごめんだけど、少し距離を置きたい』
俺なんか悪いことしちゃったかな…。最近は確かにほとんど会っていなかった。連絡も忙しいのかと思ってしていなかった。距離を置く理由を知りたいけど、ショックから聞く気にはなれない。
『体調、大丈夫か?距離を置きたい件は分かった。俺が負担になってたならごめんな。いつでも待ってるから。気持ちがダメそうならすぐに言ってな』
“別れたいなら”と言ってやれば良かったかもしれないが、文字にして見るとかなりダメージがあったので“気持ちがダメそうなら”とオブラートに包んだ言い方になってしまった。
「はぁ。どうなってんだよ…」
ショックを受けているのが隠しきれない。スマホの画面に写る彼女からのメッセージを何度も読み返す。何がいけなかったのか、頭の中でぐるぐると思考を巡らせる。明日からの会社が憂鬱で仕方がない。
ショックのあまり違和感の件をすっかり忘れた俺は、何にもやる気の起きない身体を布団に預けてそのまま眠りについた。
一人暮らし 純 @sumi0015
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