間章6:とある暗殺者未満の周辺に起きた変化2

 立ちくらみを感じたと思ったら、カケルに支えてもらってたので、彼に尋ねた。


「一体、何をしたの?」

「何って、ドースデン帝国からキゥオラまで転移しただけ。他のみんなも連れてくるから、またちょっと後でね」

「待って」


 と言った時には既にカケルの姿は消えていて、部屋の中央に腕組みして私を見つめて品定めしていたらしい黒髪黒目の女性が私に声をかけてきた。


「ようこそキゥオラ王国へ。私がポーラよ。よろしくね、新顔さん」

「は、はい。よろしくです」


 何が起きたのか戸惑ってる間に、次から次に人が増えていって。

 自己紹介された順に、イルキハの暫定女王のリーディア、マーシナ王国第一王女のイドル、梟雄アルフラックの第三女というエフィシェナ、ガルソナに支配されていた旧ラグランデ王国末裔というリル、ミル・キハ公国の四聖を勤めていたがカケルにスカウトされて嫁入りも検討しているというワルギリィ。

 ピージャは既に自己紹介されてるので飛ばしたら不機嫌な顔を見せた。高貴なお姫様ほど感情を面に出さない訓練を受けてる筈が、この人はカケルとの初対面でもやらかしていたらしく、みんなに弄られているのがいい気味だったが、私のそんな感情も面に出ていてしまったのか、またちろりと睨まれたが無視しておいた。

 それからエフィシェナの姉の一人というラガージャナと、ポーラの筆頭侍従というアザーディアに、私の側使えという立場のイギーラはどこかへと連れて行かれてしまった。


 さらに、流石にお嫁さん候補ではないけれども、数十年前にデモント教国に殺されたという、聖なる巫女から呪いのダンジョンのラスボスになっていたというガラーシャだ。それぞれの自己紹介と私の話を合わせただけでも数時間はかかり、夕食やその後の歓談の時間やお風呂まで一緒したが、楽しかった。

 今夜はリーディアとポーラが二人とも伽に呼ばれているらしく、その話題でも盛り上がった。年齢的に一番近いリルには特に仲良くしましょうと言われたけど、何となくイドルに一番話しかけられた。警戒されてる様な雰囲気も感じたから、多分探りを入れられてるのだと分かった。


 普通なら有り得ないけど、話が尽きなかったので、伽に行ってる二人を除いたカケルのお嫁さん候補達みんなで大部屋に長椅子と寝具を運び込んで夜を過ごす事にした。相部屋のイギーラと話し込む事はあったけど、何となくなライバル関係にあった組織内の女の子達とこんな時間を過ごす事はなかったので、ワクワクした。


 話題はあちこちに飛んでは、結局またカケルの話に戻ってきた。みんな、彼の事が大好きなんだなというのがひしひしと伝わってきた。イドルは必死に我慢してる感じだったし。エフィシェナはまだ自分を抑えられてるけど、求められればいつでもって感じだった。ワルギリィさんはそこまで焦ってないけど、お嫁さん候補の間の関係には目を光らせてる感じで、サバサバした人柄の中にも真面目さが窺えた。

 リルは、年相応にはしゃいだり色艶めいた話には顔を赤らめたりもしたけど、演じてる風にも感じた。そんな時に彼女が送ってくる目配せがとても大人びていたのが印象的だったので、あたしは特にその感想について誰にも何も言わなかったけど、みんなある程度察している雰囲気もあった。それが互いに計算ずくでそうしてる訳じゃなくて、優しげな空気が流れてるのが心地良くて、リルもそこに甘えてる自覚があるみたいだった。

 ピージャは、あたしが来るまでは一番の新顔という事もあって、ドースデン帝国が後ろ盾とはいえ、この中ではあまり意味を為してないみたいで、借りてきた猫みたいに大人しくなってた。どう身を振るのが最適なのか、立ち回りを悩んでる印象を受けた。それでも、悩むだけ無駄だって、時折誰かが振ってくれる話題に答えながら、彼女も彼女でこの場を楽しんでいるというか、このギスギスしてない空気感に安堵してる様子が窺えた。


 夜も更けて、そろそろ眠気を感じてきた頃に、誰かから訊かれた。たぶん、イドルだったと思う。


「それで、プーテはまだ何を悩んでいるの?」


 ドキッとしたけど、さりげなく聞かれたので、あたしもあまり悩まずに答えた。


「悩んでるというか、怖がってるだけ、なのかも」

「怖がるって、何を?」

「誰かから恨まれる事かも知れないし、ううん、違うな。私みたいな、何の力も無い誰かを一方的に殺しちゃってる誰かの側に立ってしまう事を、そんな立場を選ぼうとしてる自分を許しちゃっていいのかなって。それが他にどんなに善い事をしてる人で、最終的にこの世界全体を救うかも知れないというか、既にその道筋は付けちゃってる人だとしても」


 穏やかな空気が漂っていた筈の場が、ピリッと静まり返ってしまった。隣でうとうとしていた筈のリルでさえ、何と返そうか考えながら、あたしをじっと見つめていた。


 沈黙が数十秒は続いたけど、ほの暗い部屋の中で、誰が答えるのか譲り合うような間が空いた後、ワルギリィさんが口火を切った。


「その心の動きというか躊躇いは、人として真っ当な物だと思うぞ。それでも結局人は、いずれかの立場を選ぶしか無いのだがな」

「そう。そして選んだとしても、それが善い物だとは限らない。イルキハはキゥオラに侵攻しようとしたし、カローザはキゥオラの政変を主導した一角だったし、ガルソナはマーシナ侵攻の足がかりになった。ミル・キハもイルキハを後援してたし、マーシナに侵入した傭兵達の多くはドースデンから派遣されていたし、そのドースデン自身も大軍を興して西岸諸国を支配下に置こうとしていた」とはリーディア。

「カケルに大聖堂とマクラエごと滅ぼされたデモント教徒達を哀れむ心はあっても良いだろう。だがマクラエやデモント教会が私や家族や仲間達に何をしたのか、あなたには既に語って聞かせた。土地枯れが広まり、デモント教国はジョーヌ大公領を襲い、侵略し、その領土の大半を奪った。その罪を償う機会が訪れたのだと言う事も出来る。彼らからすれば、決して受け入れられないだろうが。だからこそ、カケルは為さねばならない事を為した。カケルへの敵意と殺意をそのままにしては、食糧も何もかも援助できる状態には無かったからな」とはガラーシャ。

「プーテは、特に何にも拘ってはいないと言いながら、神様なら何とか出来たのではないか。その御使たるカケルなら、もっと何とか、穏便に、事を済ませられたのでは無いかと、期待してしまっているのではないの?」とエフィシェナ。

「ある意味、期待の押し付けですわね」とピージャ。口調も含めて、一番辛辣だった。


 期待の押し付け。そうなのかも知れない。


「神様がもしどうしても止めたかったのなら、ご自身でどうにでも出来た筈です。東岸諸国で起きた戦乱や、その原因となった土地枯れや、ガラーシャさんに起きた不幸なども、そのずっと前にこの大陸に人々が避難させられてきた事や、そのずっと前に何度も似たような事が起きていた事も含めて。でも、だからこそ、なぜその全能を持って止めなかったのか、その理由の方が重要なんじゃないかと思います」とリル。

「どうしてそう思うの?」と、あたしは尋ねた。

「だって、神様がその全権と全能をもって行動と選択肢を強制していたら、人間被造物自身が選んだ事にはならないでしょう?自ら選ばせなければならなかったからこそ、神は幾度も滅びを見届け、規模を縮小しながらも一部の人々を救い、次の機会を与え続けた。神は、人を信じたかったのではないでしょうか。だからこそ、最期に、カケル様を召喚されて、好きに振る舞わせる事に決めた。この世界を楽しみ、諦めない事だけを約束として」


 でも、だとしたら、と、自分の中で何が引っ掛かっていたのか、言葉に出来た。


「だとしたら、だからこそ、執着を切るなんていうのは、最悪の選択肢だったのでは?その選択をする理由を、一方的に奪ってしまうのだから」


「神の視点からすれば、もしかすると、そうなのかも知れない」

「ただし、我々はどこまで行っても人間だ。カケル自身でさえも」

「神様でさえ全てを救えないし、救おうともしていないのに、それをカケルに求めるのは強欲過ぎると思うな」

「結局は、優先順位の問題になっちゃうんじゃないかな」

「そうそう。全員を守れないのなら、誰を一番守りたいか。別にカケルが特別な訳じゃなくて、みんな同じだと思うけど」

「執着を切る事で失われた命も確かに少なからず発生したけど、それは殺意や敵意をそのままにカケルが名目上だけでも領主になっていれば、遅かれ早かれもっと大規模に喪われていた筈よ」

「帝国中枢から派遣された官僚達を襲っていたら、食糧の配給や土地枯れ対策の対象外とされ、飢えた領民達をデモント教会はさらに焚き付けて、神敵を倒す聖戦として、いくら信徒が死のうと気にせずに領地外からの略奪を推奨していたでしょうね。彼らにはその前科があるんだし」


 彼らがそうしていなかったとは、言えなかった。

 何せ、私自身がそうした組織の一員で、カケルを殺すか弱みを握る為に送られる一人に選ばれていたのだから。


「まあ、あなたが嫁ぐのはあなたが成人してからでしょう?それまでじっくり悩むといいわ」

「あなたの成人年齢は何歳の予定?」

「15歳なので、二年後くらいになります」

「そしたら私と同じ頃になりますね!式は一緒にしましょうか?」

「まあ、もしそんな流れになったらね、リル」

「はい。プーテは、カケル様を選ぶと思いますよ」

「どうして?」

「だって、選びたくないなら、いろんな理由を付けて、とっくにそう判断してる筈です。そうしてないのは、選びたいのだけれど、まだ会ったばかりだしとか、カケル様がいろいろやらかしてるしとか、選ばない状態を引き延ばす事を正当化したいだけだと、リルは思います」

「もしかしたら、そうなのかもね」

「きっと、そうなのです!」


 ニコッと笑って言い切ったリルが可愛くて、ぐりぐりとその頭を撫でておいた。

 この中では私と一番歳が近くて、私よりも年下な可愛い妹という感じだった。


 それからみんなして眠りにつき、起きた翌朝。

 一緒に寝たみんなと身支度をして、朝食の席についてしばらくすると、カケルだけが姿を現した。

 何人かがヒソヒソと話して、エフィシェナが代表するように問いかけた。


「あの、お二人は?」


 カケルは、少し照れたように顔を赤くして頬を指で掻きながら、ボソボソっと言った。


「二人は、まだ疲れて寝てるよ」


 きゃーっ、という黄色い?歓声が何人からか上がった。

 ちなみに私は上げていない内の一人だ。

 歓声を上げた中心人物の一人であるエフィシェナが根掘り葉掘り聞き出したところによると、ポーラが持ち込んだ薬とか、リーディアの回復魔法とかで、ガッツリと仕込んだらしい。何をとは下品なので言わない。カケルもあからさまに言うのを避けたしね。

 みんなが食べ終えてもまだポーラとリーディアは姿を見せなかったので、少し不安定になってたイドルはカケルと二人きりになって慰めてもらっていたようだ。エフィシェナやリルによると、いつもの事らしい。私もイドルの身の上に起きた事は聞いたから、二人がまだ決して最後の一線を越えようとしていない事も聞いていたけど。


 午前も半ばくらいになってようやく二人が姿を見せて、遅い朝食を済ませた後は、緑の魔境という別の大陸に行って、そこに築かれつつあるカケルとお妃候補達の住まいを視察したりもした。大陸の主という緑の化け物、いやオ・ゴーというかつての人類が生み出した人工精霊らしいけど、カケルはこんな存在とも平然と話をしていた。

 彼が移植して育てつつあるという虫系ダンジョン、というかひたすら畑が広がっているだけのダンジョンに虫系魔物が所々に点在し、ポーラの眷属というアンデッド達が収穫作業をしたり水やりをしてたり。

 それからお妃候補達の為の特別施設としての階層で、魔物達を倒してレベル上げをさせてもらったりも。

 雲海を戯れる様に走り回ったり、その雲海を遥か眼下に見下ろす高空を爆速で移動したり、これまでに無い体験をいくつもさせてもらってから、ピージャと共に帝城に送り届けられた。


 カケルに纏わりついて別れを惜しむピージャの姿や、やっと元の世界に戻ってこれたとばかりに安堵しているイギーラの姿を見ながら、昨夜のやり取りを思い出していると、ふと思いついてしまった。


 ピージャから体を引き離し、あたしにも別れの挨拶を済ませてから去ろうとしていたカケルを捕まえて頼んでみた。


「私、ううん、あたしを、あの緑の魔境の代官というか、あの建設中のお屋敷というか宮殿の監督役にしてもらえない?」

「えーと、別に構わないと言えば構わないけど、どうして?あの屋敷もまだ建設中だから、暮らすには不便だと思うけど」

「どうせ、あたしがあなたに嫁ぐとしても二年後くらいになるし。ポーラはキゥオラ、リーディアはイルキハ、イドルはマーシナ、リルはラグランデ、ピージャはドースデンからあなたに与えられる所領を、それぞれ任地の様に任せられる予定でしょ。ワルギリィとエフィシェナはあなたの妻や家族の護衛としても働くけど、あなたの妻にもなる予定で。あたしも何かの役割を、妻という立場以外にも持ちたいだけ」


 自分で言ってて恥ずかしくて照れちゃったけど、何とかしっかり言い切れた。

 カケルも、あたしの砕けた口調と態度を、くすりと笑って優しく受け止めてくれた。


「デモントの教会とのパイプ役というかは?」

「それこそ、あたしに同行してきたクレイジオさんにでも任せれば良いんじゃないかな。教会への執着もほぼほぼ切れてるみたいだし。彼の大事にしてる少年達を保護してあげる事を条件にすれば、彼も話に乗ってくるでしょう。あなたからの誘いを断るリスクの方が、断らなかった時のリスクよりも比較にならないほど大きくなるでしょ。今後もあの予防措置を続けるなら、裏切り者として目を付けられもしないだろうし」

「・・・そしたらクレイジオさんには相談しておいてみるけど、プーテは予防措置に反対じゃなかったの?」

「昨晩、あなたのお嫁さん候補達とじっくり話し合って、納得できただけ。結局、どっちがマシかって話でしか無いんだって」

「身も蓋も無い言い方になっちゃうけど、大抵の場合、生きてた方がマシだろうからね。イドルやエフィシェナが陥った様な状況もあるとしても」

「あと、あなたのやらかしを、ちゃんとポーラさんが眷属使ってフォローしてたり、アガラさんに助けられたのもあるからね。ああいう人達があなたの周りを支えてる様なら、大丈夫なのかなって」

「そうだね。みんなにはいつも助けてもらってるよ。だから、ぼくは、ぼくにしか出来ない事をやっていくつもり」

「お嫁さん候補達も基本的にみんな良い人で仲も良いみたいだし、だから、あたしもそこに混じっても大丈夫そうだし楽しそうだったから」

「そう言ってもらえると嬉しいかな」


 にへら、と笑ったカケルは、格好良くも何ともなくて。これは宮廷画家泣かせになりそうとかも思った。いろいろやらかしてるけど、今とこれからの世界に欠くことが出来ない人で。神様に選ばれて、誰よりも特別な力を与えられて、たくさんの人を救ってきて、これからも救うのだろうけど、何も偉ぶったところは無くて。

 まあ、素のあたしのまま、気楽に暮らしていけて、カケルやそのお嫁さん達と、どこかに住んでる誰かの為になる事も出来るなら、それでいいかな、って。

 だから。


「なら、これは、あたしからあなたへの、手付金の様なモノです」


 あたしは、彼の小指と自分の小指を絡み合わせてから、ちょっと背伸びして、彼の唇にキスしておいた。

 ピージャへの当てつけのつもりは無かったけど、相手はそう受け止めてしまったらしい。やれやれだ。


 この後、皇帝陛下に当面の生活に必要になりそうな物を見繕ってもらってから、あたしはイギーラと一緒にカケルに緑の魔境の仮住まいに送ってもらったのだった。

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