2. 再起の朝

「こんなはずじゃ……こんなはずじゃなかったのに……!」


 訓練の日々が走馬灯のように駆け抜ける。あの時の自信は何処へ――――。


「このままじゃ、終わってしまう……」


 そう思った瞬間、無線の向こうで誰かの声がした。冷たく、突き刺すような声音。嘲弄ちょうろうの感情が滲み出ている。


「だから翔太なんかに頼むのは反対だったんだ! ヤク中チャンピオンなんぞ使い物にならんよ!」


 翔太の起用はチームでも異論があったのだ。その事実が、今、無情にも明かされる。三年前の薬物疑惑。証拠不十分で無事不起訴になったものの、世間の目は冷たく、リングには戻れなかった。その暗い記憶が、今、再び翔太の心を締め付ける。


 その厳しい現実に、翔太はギリッと奥歯を鳴らす。瞬間、脳裏に浮かんだのは、こんな自分を信じてくれた啓介の顔。信じ続けてくれたファンの熱いまなざしだった。


「くぅぅぅぅ……。このままで終われるかよ! ぐぉぉぉ!」


 翔太の目が輝きを取り戻した。その瞳に、かつてのチャンピオンの姿が蘇る。魂の昏い場所で燻っていた闘志とうしが、今、一気に炎となって燃え上がる。リザードマンの攻撃の隙をついてボディめがけて腕の打撃装置を起動した。


 ズン! という重い衝撃音とともに繰り出される重いパンチ――――。


 薬莢やっきょうが飛び、キンキンキンと金属音が響く。打撃の振動が翔太の腕を伝わり、彼の闘志を後押しした。機械と肉体が一体となって呼応する感覚。それは、かつてリングで味わった至高の瞬間に似ていた。


 一瞬ひるんだ敵のスキを狙い、ブリッジでリザードマンを跳ね上げる。五トンの鋼鉄の躯体とは思えない俊敏な動き。装甲から響く油圧の唸りが、翔太の気合いと共鳴する。


 逃がすまいとリザードマンは大きな腕で殴りに来たが、翔太は後ろに撥ね飛びバック転で回避に成功。身体が宙を舞う瞬間、翔太は自分を取り戻した気分だった――――。


「翔太さん! ナイス! これから! これから!」


 啓介の声が、今度は希望に満ちて響く。


 距離を取り、ガードを固める翔太。怒り狂ったリザードマンが再び突進してくる。今度は逃げずに冷静に対応。大振りのパンチをスウェーで躱すと、横っ面にカウンターパンチを放つ――――。


 キュィィィィン! という甲高いアクチュエーターの音ともにエクソスケルトンの力が増幅され、翔太の拳は流星のごとく輝きながらリザードマン顔面を捕らえた。閃光せんこうが走り、空気が裂ける。


 ズン!


 超重量級の低音が響き渡り、ギシッとエクソスケルトンの躯体がきしむ。そして吹き飛ぶリザードマン。衝撃波が瘴気を押し退け、朝もやが渦を巻いて四散する。


「ふぅ……」


 荒い息をつく翔太の唇が、かすかに微笑みの形を作る。


「おぉっ!」「よしっ!」


 無線の向こうで歓声が沸いた。さっきまで冷ややかだった声が、今は興奮に震えている。作戦室のモニターに映し出される戦いに、全員が息を呑んで見入っていた。


 ギュォォォォ!


 狂ったように咆哮をあげながら攻めてくるリザードマンに対し、翔太は逆に意表を突いて距離を詰め、膝蹴りでボディを痛打――――。


 薄紫の瘴気が渦を巻く中、五トンの鋼鉄の膝が怪物の腹部を抉る。


 動きが止まったところを、すかさず渾身の力を込めたアッパーカットで仕留める――――。


 ズン! という炸裂音と共に薬莢が射出された。


 空気が裂け、一瞬の閃光が戦場を照らす。


「翔太の復活じゃぁぁぁ!!」


 激しい戦いの末、翔太は何とか初陣を勝利で飾る。大地に倒れ込むリザードマンを見つめながら、万感の想いを込め、グッとこぶしを握った。三年前、全てを失ったあの日から、どれほどの時が流れただろう。かつてのリングでの栄光も、世間からの冷たい視線も、今はもう遠い記憶だった。


「やりました、翔太さん! 最高っす!!」


 無線から聞こえる啓介の声に、翔太は微笑む。その声には、単なる担当としてではない、ファンとしての熱い想いが滲んでいた。


「おうよ! これが第二の佐藤翔太さとうしょうたの戦いの始まりだぜ!」


 最初は無様な姿を見せてしまったが、もう大丈夫。次こそは無傷で勝ってやる! 翔太は粗い息をしながら傷だらけの腕を高々と掲げる。装甲のあちこちに傷が付き、圧縮空気の漏れる音も響く。だが、その姿は決して醜くはなかった。むしろ、栄光を取り戻した戦士の勇姿そのものだった。


 朝日が昇り、瘴気の向こうから新しい一日の光が差し込んでくる。それは、翔太にとって、再起の日の始まりを告げる光だった――――。


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瓦礫に咲く奇跡 ~堕ちた拳王は機甲の鎧で運命に抗う~ 月城 友麻 (deep child) @DeepChild

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