瓦礫に咲く奇跡 ~堕ちた拳王は機甲の鎧で運命に抗う~

月城 友麻 (deep child)

1. 屈辱の洗礼

「できる……行ける……やれる!」


 厳しい訓練を越えてきた佐藤翔太さとうしょうたは、外骨格パワードスーツ【エクソスケルトン】の中でボソッとつぶやいた。


 ついに怪物ハンター【デモンクラッシャー】として初めての実戦に臨むのだ。荒廃した都市の外れ、瓦礫の山と化した朝露に濡れる住宅街で、彼は緊張した面持ちでエクソスケルトンのメインスイッチをガチリと押し込み、起動させる。濡れた瓦礫から立ち上る生暖かい湯気が、朝もやと混ざり合って幻想的な光景を作り出していた。


 トポロジー最適化で3Dプリンターで出力された腕や足の骨格パーツは、まるで南国の木の根のように巧みに絡み合いながら半透明のカーボンファイバーフィルムの奥で有機的な造形を見せている。整備室で見慣れた姿とは違い、朝日に照らされた装甲は神秘的ミスティックな輝きを放っていた。


 デモンクラッシャーたちはこの「エクソスケルトン」という外骨格パワードスーツを身にまとい、肉弾戦でリザードマンを破壊していく。エクソスケルトンは高さ三・五メートル、体重五トン。中に入った人間の動きそのままに動くため、俊敏で器用な動作が可能な最新型のメカである。中の人が格闘技の有段者であれば格闘技の技そのままを五トンの体重に乗せてハイパワーで叩き込める。エクソスケルトンのパンチをまともに食らえば屈強な怪物リザードマンでも無事ではいられない。


 翔太はコックピット内で深く息を吸い、緊張で強張った肩をほぐす。かつてリングに上がる前に感じていた本番前のエンドルフィンのクラッと来る衝撃、高鳴る鼓動、全てが懐かしい記憶として蘇ってくる。


 練習時と同様ウォーミングアップを始める翔太。かつての格闘技チャンピオンとしての身体の記憶が蘇り、少しずつ自信が湧いてくる。シャドーボクシングの一つ一つの動きに、エクソスケルトンが完璧に呼応する。その度に周囲の空気がうなりを上げ、瘴気が渦を巻く。


「やれる、行ける! 自分を取り戻すんだ!」


 翔太は自分に言い聞かせるように何度もつぶやいた。三年前、あの薬物疑惑で全てを失った日々が脳裏をよぎる。だが今は違う。この巨大な鋼鉄の体で、自分の価値を、誇りを、全てを取り戻してみせる――――。


「翔太さん! そろそそろいいですか?」


 無線から声が響いた。エクソスケルトンを提供してくれているメカベンチャーの担当者、榊原啓介さかきばらけいすけからだった。彼は翔太の過去を知りながらも、その実力を信じて声をかけてくれた恩人だ。


「おうよ! 待ちくたびれただろ?」


 翔太は強がりを言いつつ、操縦席でこぶしを固く握る。


「十一時の方角三百メートルにいます。慎重にお願いします。でも、翔太さんなら大丈夫!」


 啓介の声には温かな信頼が滲んでいた。


「任しとき!」


 身体が温まったところで、彼は瓦礫の間を縫うようにして、リザードマンの反応がある場所へと向かう。装甲の関節から漏れる油圧シリンダーの唸り声が、朝もやに吸い込まれていく。



       ◇



 翔太は初めてリザードマンの姿を目の当たりにする――――。


 体長三メートルほどの巨体に透明な鱗を持つその姿は、事前に見ていた映像以上に不気味だった。薄紫の瘴気が渦巻く中、鱗が不規則に歪んで光を反射し、その姿は現実離れした得体の知れない存在感を放っている。


 そして、特有のすえた生臭い臭い――――。


 思わず翔太は顔をしかめた。


 リザードマンは破壊衝動に駆られたかのように、甲高い咆哮を放ちながらビルや構造物を凶悪な腕と爪で破壊し続けている。鋭い爪がコンクリートを抉る音が、廃墟と化した街に不気味に響き渡る。


 ゴクリと唾をのみ、覚悟を決めるとゆっくりとうなずく翔太。かつてリングで対峙した強敵たちの顔が脳裏を駆け抜ける。だが、目の前の相手は人類の領域を遥かに超えた存在だった。


「大丈夫、落ち着け。練習通りだ」


 そう呟くと、翔太はズシンズシンと重い地響きを響かせながら歩を進める――――。


 突如、リザードマンが翔太に気付いて振り返り、獰猛どうもうな目つきで睨みつけた。赤く光る瞳には、人間に対する理解や共感の欠片も宿っていない。


 一瞬の静寂の後――――。


 甲高い咆哮と共にリザードマンは猛スピードで翔太に突進してきた。


 翔太は練習通り、パンチを鼻面に見舞おうと構えるが、三メートルの異形の存在が奇声を上げながら突進してくる姿に本能的な恐怖を覚えてしまう。それは屈強な人間の対戦相手とはけた違いの圧力だった。脳裏に浮かぶのは、幼い頃に見た恐竜映画のワンシーン。思わず、怯み、身をかわしてしまう。


 しかし、リザードマンは野生の俊敏さで反応し、横っ飛びに跳んで逃げる翔太を吹き飛ばした――――。


 飛ばされる瞬間、翔太の背中に走る衝撃は、チャンピオン時代に受けた最強のパンチをも凌駕していた。


 ぐはっ!


 地響きを立てて倒れる翔太。リザードマンはその隙を逃さず、翔太に飛び乗ると、マウントポジションを取った。格闘技の世界では最も不利な体勢。こうなってしまうとなすすべがない。リザードマンは屈強な腕と鋭い爪で激しい攻撃を加える。なんとか両腕でガードはするが、腕の装甲が悲鳴を上げ、けたたましく警告音が鳴り響く。打撃を受けるたびにギシギシと苦しそうに軋む音に、翔太の心臓が早鐘を打つ。


「翔太さん! 冷静に! 呼吸を整えて!」


 啓介の声が無線から必死に飛ぶ。しかし、パニックに陥った翔太は、その指示にも上手く対応できない。頭の中が真っ白になり、体が思うように動かない。目の前で舞い踊る鋭利な爪に、視界が固まっていく。



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