終幕
「あの日、あたしは、茉侑子があたしの話に納得してくれたんだと思ってた」
未冬は、視線をテーブルに落としてぽつりとつぶやいた。
「でも……そうじゃなかったんだよね」
その寂しげな姿を、私は不覚にも可哀想だと思ってしまうんだ。
未冬に言いたいことなんか、いくらでも言える気でいた。でも、いざ本人を前にすると、思っていたことの十分の一も言葉が出てこない。
大きなお腹を抱えた妊婦にしおらしい態度を取られるのも、たいそう居心地が悪かった。しかもその妊婦が未冬なのかと思うと、やるせない気持ちになってしまう。
そもそも私は、未冬に対して本音を全てぶつけたことなんて一度でもあったんだろうか。
あの別れ話のあと、私は耳を塞ぎたくなるような重たい話題から逃げて、逃げて、逃げ続け、そしてみすみす彼女を送り出してしまった。
ひとえに私が弱かった。
あのときの情けない自分を受け入れられるほど、私はまだ大人になりきれていない。
「結婚式に出られなくてごめん。遅くなって申し訳ないけど、ご祝儀は出させてほしい」
そう伝えた自分の声が、嘘みたいに硬くてひやりとしていた。これのどこに人を祝福する心があるというのだろう。
「いいよ、受け取れないよ。あたし、そんなつもりで来たんじゃないし」
果たして、こんな流れで未冬が素直にうなずくはずもなかった。
しかし私だって、頑として首を縦に振るわけにはいかない。
「遠慮しないでよ。お金なんていくらあっても困るものじゃないでしょ。でも、その代わり、」
口を挟もうとする未冬を制して、私は続ける。
「それを受け取ったら、優しい旦那様に迎えに来てもらって茨城に帰りなよ」
しばらく未冬は、困ったような、悲しいような顔でこちらを見ていた。
嫌味が過ぎただろうか。後悔の念が
けれど、謝るつもりはない。ここで謝ってしまえば、また未冬のペースに呑まれるだけになってしまう。
私が押し黙っていると、やがて未冬の口が遠慮がちに開かれた。
「あのね、すごく言いづらいっていうか、こんなの先に言っておけよって話で、非常に申し訳ないんだけど……」
伺いを立てるような上目遣いで、未冬は言う。
「今晩、茉侑子の家に泊めてもらえないかな」
私は「なぜ」と短く問い返すにとどめた。
「……うちから東京までバスで1時間半くらいだし、今は安定期だから大丈夫っちゃ大丈夫なんだけど、無理すると身体に良くないから、できれば泊めてもらったら? って、すーくんが」
「住吉くんが?」
自分のこめかみがピクリと引きつるのがわかった。
「未冬、住吉くんに誰と会うって言って出てきたの」
「茉侑子だよ」未冬は即答した。「ちゃんと、茉侑子に会いに行ってくるねって言った」
そんなはずがあるか。
私と未冬がどういう仲か知らないなんて、住吉くんにだけは言わせない──はずなのに。
「まさか私のこと、未冬のただの女友達だと思ってるわけじゃないよね」
「さあ」
未冬は首をかしげた。
「さあ、って……」
「だって、訊かれたことないし」
唖然とした。
この女も大概だな、と呆れると同時に、あの男はいったいなにを考えているんだと思った。
本当になにも気付かないほど疎いのか、あるいは、私に対してわざと余裕の態度を見せ付けているのか。
──上等だ、と思った。
「いいよ」
詰めていた息を吐き出すように告げる。
「うちに泊まっていきなよ」
「えっ、ほんと? 嬉しい!」
弾けるような未冬の声。対する私の心臓はバクバクと落ち着かない音を立てていた。
──勢いで了承してしまったけれど、罠だったんじゃないか、これは。
「なんかごめんね、茉侑子と長く過ごせると思ったら、本当にうれしくなっちゃって。でも、よかった」
そう言って、未冬は安堵した笑みを浮かべた。
「やっぱりあたしって、茉侑子がいないと生きていけないから」
よく言うよ。
私がいようがいまいが、問題なく生きていけるくせに。
近付いたと思ったら、簡単に離れていってしまうくせに。
「……本当、勝手なことばっかり」
人の気も知らないで。
◆あとがき◆
『逆ざまぁ』ということになるのでしょうか。
見下していた男の子から彼女を奪って、結果的には奪い返されている、という……。
かなり人を選ぶ話だったかと思います。申し訳ございません。
でも楽しく書きました。
少しでも刺さる方がいると嬉しいな、と思ってます。
逆立ちしても男性には敵わない女、愛しい〜!
【すーくん】
すーくん!
当初は、この子を主役にした学園ラブコメを書きたいな〜などと思っていました。人畜無害で気弱な少年×不思議系美人(バイ)。それがどうしてこうなった。
ゆえに、回想や会話の中にしか登場しない割には思い入れがありました。お幸せに生きろよい!
【たこやきパーティー】
たこパしか勝たん!!
久々に会った元カノが妊婦だった。 焼おにぎり @baribori
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