第14話「二人旅の終わりに」
宇宙船でも軍艦でもなくなって、ゆっくりヒビキは低空を飛ぶ。
その先に今、豊かな水源が広がっていた。透明度の高い水をたたえた、巨大なカルデラ湖……十和田湖だ。その周囲には、かつてリゾート地だった
ヨラシムは操縦席からオートで着陸を命じて、ちょっとしたレクリエーションの準備にとりかかった。昼はバーベキューでも食べて、なんならここでキャンプを張って一泊してもいい。
どうにもリリスの東京行きは、急ぎの旅でもないようだった。
そのリリスだが、さっきから子供みたいにはしゃいでいる。
着陸と同時に船体が安定してハッチが開くと、タラップが伸びる前に彼女は飛び出した。
「おじ様、見てください! 凄い……それに、木々の葉っぱが赤とか黄色に!」
「紅葉っていうんだぜ? 初めて見るのか」
「これが、紅葉……意味やデータは知ってますが、実際に見るのは初めてです!」
そう、まだまだ若干蒸し暑いが、夜になると一人寝が寂しい程度には冷える。
この日本も含めて、地球の季節感はかなりくるってしまった。地軸の傾きがかわったという話もあるし、カリギュラとの戦いでは頻繁に核爆弾も使われたりしたからだ。
一方で、人類が十二の星都に集中して立てこもった結果……復活した自然もある。
この十和田湖などがそうで、もう人の手が入っていない原初の自然に逆戻りしていた。
「ううー、最高なのです! すごーい!」
「おいおい、あんましはしゃぐなよ? さて……肉と野菜はあるから、適当に焼く準備に取り掛かるか」
ヨラシムは元傭兵、サバイバルなどお手の物である。
というより、これはサバイバルではなくてキャンプの仕事だ。本当は炭で焼きたいところだが、その辺は持ち出し用の電気調理器で我慢することにする。
きっとこっそり脱出を企んでいた連中も、どこか地球型の惑星に降りたらこうしてバカンスをするつもりだったのだろう。
「あんまし遠くにいくなよ、お嬢ちゃん!」
リリスは大興奮の大感動といったようすで……突然、服を脱ぎだした。
あまりにとっさのことで、彼女はパイロット候補生の制服を脱いで全裸になってしまう。そしてそのまま、リリスは透き通る湖面に静かに飛び込んだ。
「お、おいっ! お嬢ちゃん!」
「平気ですわー、おじ様ー! ちょっと泳いできますの!」
「素っ裸で泳ぐんじゃねえ!」
「誰も見てませんわー? 水着はだってだって、おじ様が捨ててしまいましたの」
確かに、金色ピカピカのマイクロビキニがあったが、ヨラシムが処分した。いかがわしいものは多分、一通り片付けられたと思っている。
だが、思い出した。
可憐な乙女、少女を脱しかけたリリスこそが、その肉体そのものが一番美しくて魅惑的だった。
「やれやれ、まだまだガキだな」
気付けばヨラシムの顔にも、苦笑が浮かんでいた。
それに自分でも気づいて、変な笑みもこみあげてくる。
こんなに穏やかに笑ったのはいつぶりだろうか? もう、この地球に戦いはない。二人きりだし、できればリリィもいればよかったなと思い始めていた。
だが、リリィは昔から不思議な少女で、今は
こうしている今も、彼女は光の速さに近いスピードで、星の海を進んでいるのだ。
「おじ様ーっ! おじ様も一緒に泳ぎませんの? とっても気持ちいいですわ!」
「こんな肌寒い秋に泳げるかっての! 寒中水泳なら一人でやってくれ!」
とはいえ、バーベキューの準備を中断して、ヨラシムも
驚くほどに透明度の高い湖面に、人魚のように裸のリリスが泳いでいた。保護者として信頼されているのか、それとも男と思われてないのか……まったくの無防備、そして無邪気な笑顔のリリスがまぶしかった。
だが、突然そんな時間が失われる。
ビクリ! と身を震わせたリリスが、水中へと消えた。
それが見えるほどに、清水は透き通っていたのだ。
「おいっ! お嬢ちゃん! クソッ、準備運動もしねえで飛び込むからだ!」
「おっ、おじ様ー! 足が、足がつりましたの!」
ヨラシムはとっさに、上を脱ぐなり走り出す。
そのまま湖水にわけいって、そして泳ぎ始めた。そこまで深くないが、リリスのおぼれてるあたりはどうかはわからない。
急いで泳げば、やや運動不足気味だが鍛えられた肉体が躍動した。
ながらく戦場で鍛えてきた。
そうしなければ生き残れなかったのだ。
「そら、俺につかまれ!」
「ご、ごめんなさいですの……おじ様」
「いいさ、子供はなんでも失敗したりやらかすもんだしな」
「こ、子供では、ないですの……もう」
「ガキだよ、ガキ! それとな、こういうときはごめんなさいじゃなくて、ありがとう、だろ?」
なんとかリリスを救出し抱き上げて陸に戻る。
足がつくとこまで戻って、立って歩けば二人ともびしょぬれだった。
そして、極力リリスを見ないようにヨラシムは視線を遠くへ抛った。発育いちじるしいリリスの肉体はもう、女性としてほぼ完成しつつある姿だった。
それは目の毒、猛毒である。
間違いがあってはいけないし、リリィに義理立てしたい気持ちもあった。
「あ、ありがとうですわ……失敗してしまいましたの、グスン」
「まあ、艦に戻ってシャワーでもあびようぜ? 身体も冷えちまうし……うん?」
その時だった。
意外な光景にヨラシムは固まる。
ありえない姿がそこにはあって、あっちもヨラシムたちに目を丸くしていた。
「あ、ええと……あのー! こーんにーちはー!」
若い女性が銃を手に、突然ヨラシムとリリスの前に現れた。
人間だ。
人類である。
看護師らしき服装に似合わないライフルを、不慣れな様子で構えて、そして銃口を下ろしていた。
「なんてこった……俺たちだけじゃねえらしいぜ? 乗り遅れた地球人はよ」
「驚きましたわ、おじ様。ええと、こんにちはー! ほら、おじ様も。挨拶は大切ですわ。敵意がないことを示すには、最初の挨拶が肝心ですの」
「お、おう」
とりあえずヨラシムも目礼をして、裸のリリスを下す。
艦でシャワーを浴びて着替えるように言って、ヨラシムは恐る恐るその女に近づいた。その時にはもう、看護服姿は笑顔で銃を背負って歩み寄ってくる。
「珍しいですね……やっぱり、地球に残った人って私たちだけじゃなかったみたいで」
「私たち? なんだ、もっと大勢いるのか? どうして!」
「だって、生まれ故郷なんですよ? 母星なんです、地球って」
「理屈だが、このあとどうするつもりだったんだ。そっちの人数は! 規模は!」
思わず語気を強めてしまって、慌ててヨラシムはすまないと話を切った。
呆気に取られていた女性も、突然の異邦人たるヨラシムの戸惑いに笑顔をこぼす。
「あ、笑ってごめんなさい。わたしはドロシー、ドロシー・マクライルです。本業は介護士ですね」
「俺はヨラシム、下北の大湊秘密基地……はSSS級機密だったが、まあいいか。軍人だ。元な、元」
「先日の見ました? なんか、カリギュラが一斉に宇宙に」
「ああ。危機は去った……そう思うか?」
「敵が変わっただけよ、暮らしは不安定でなにもかも足りないの。ねえ、私たちの村にちょっと来てくれない?」
村と言った。
つまり、集団規模の集落があるということだ。そこには暮らしと営みがあって、どうやら地球脱出を選ばなかった人たちがいるらしい。
同意せざるを得ないし、とにかく今は情報がほしい。
場合によっては、ある程度インフラの整ったヒビキに、怪我人や病人を収容する必要も感じられた。
同時に、どっと疲れが出て、気が抜けてしまった。
「まあ、そうかよ……俺ぁてっきり、二人ぼっちになっちまったとばかり」
「ふふ、ごめんなさいね? 若い恋人さんとのポストアポカリプスを邪魔しちゃって」
「恋人じゃねえよ。……昔の女の娘、だと思う」
「なにそれ、複雑! まあいいわ、悪いけどあの艦ごと来て。案内するわ」
どうやら、地球にはまだ人類がいたらしい。
それも、ある程度まとまった数が、だ。
その規模は、青森県を出る前に村が一つあるレベルなので、これから行く先々で人間に会えるかもしれない。そう思ったら、ホッとした反面、緊張感がゆらいだ。
二人きりのサバイバルな旅ではなくなったのだ。
それはいいが、逆に考えねばならないことが増えた。
ドロシーを案内しつつ、ヨラシムも上着を拾って濡れたままで歩く。
「さっき言ったな? 敵が変わっただけ、だと」
「ええ。あなたは地球軍の正規の軍人?」
「いや? パイロット候補生学校の教官だ。まあ、その昔は――」
「傭兵崩れがエクスケイルで村を襲ってきたわ。備蓄していた食料や薬品なんかが、ごっそり持ってかれちゃって」
ヨラシムは言葉に詰まった。
早くも地球では、残った者同士でモヒカンがヒャッハー! ってレベルの低俗な略奪が始まっているらしい。それも、エクスケイルを使った武力による簒奪である。
ヨラシムも傭兵だったから、わかる。
古来より傭兵は、戦争があれば金目当てで従軍し、平時においては野盗とかわらないゴロツキ連中も少なくなかった。ヨラシムはそうした行為を禁じて戒めたし、部下たちは皆が皆、誇り高い戦士だった。だが、そうではない傭兵団もあるという話だった。
こうしてバーベキューは中止になり、ヨラシムはドロシーの村へと向かうことになったのだった。
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中年戦記エクスケイル ながやん @nagamono
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