第13話「なんでもない朝」

 その日は早めに寝ることにして、ヨラシムもリリスも新たな自室に戻った。

 でも、その前にヨラシムは改めてリリスの部屋をチェック。見落としていたスケスケランジェリーを全部回収して燃えるゴミに突っ込んだ。

 リリスはサイズの合わないメンズのパジャマで袖を遊ばせてたが、嬉しそうだった。

 どうも、リリスが時々自分を父親のように見ている気がする。

 しかられたり世話やかれたりが、時々楽しげに見えるのだった。


「まあ、いいけどよぉ……保護者って感じで見てくれりゃ、間違いもねえからな」


 朝、先に起きたヨラシムは台所に行ってみた。

 このヒビキはきわめてプライベートなふねで、軍用ベースだがお金持ちの高級クルーザーみたいなおもむきがある。兵士のための食堂はなくて、豪華なシステムキッチンがヨラシムを待ち受けていた。

 なるほど、料理人もなんにんか連れていくつもりだったのだろう。

 とりあえずヨラシムは、朝食の用意を始める。

 本来ここで腕を振るうはずだった、一流コックたちも無事脱出できただろうと思うと、まあどうでもいいかと思えてきた。


「おはようございますの、おじ様!」

「おう、おはようさん! ……まだそんなのもあったか、クッソ」


 朝からなぜか、姿

 つまり、この船は外宇宙へと空を飛ぶ、特権階級さんの豪華客船だったという訳である。

 妙に似合うなと思いつつ、料理に忙しいので多くは言わなかった。


「手伝いますの!」

「いいよ、いつもはお嬢ちゃんが作ってるからな。ま、大したものは作れねえが。お前さん、卵は?」

「大好きですわ!」

「じゃなくてよ、ボイルか? スクランブル? オムレツ? 目玉焼きもできるがよ」


 電子調理系のキッチンだが、火力はしっかりしている。

 対応型のフライパンに油をひいて、まずは分厚いベーコンを敷き詰めた。こういった生鮮食料品は、冷蔵庫にたらふくあった。が、さすがに長期間の保存は難しいのでどんどん食べるに限る。

 ちなみに、この時代はカリギュラとの戦争だけが文明だった。

 なので、エクスケイル等の軍事技術以外は21世紀どまりである。


「うーん、卵、卵……卵……オムレツは好きですわ。でも、ゆでたまごも好きですの」

「悩むようなことかあ? ったく。あとはええと、野菜はオートでいいか」


 調理マシーンにキャベツを洗って放り入れる。

 自動で千切りにしてくれるので、あとは適当にマヨネーズかドレッシングだ。

 パンも多種多様にあって、適当にバゲットを一本引っこ抜く。

 きわめて単純でありがちな朝食だが、久々の料理は少し新鮮だった。


「へっ、戦いしか能がねえってか? いやいや、なかなかどうしてじゃねえか、俺様はよう」


 戦場ではいつも、レーションが基本だった。

 部隊単位で食事が提供されても、安全な場所で食べられることは少なかった。

 久々に今、ヨラシムは戦闘や殺戮とまったく関係ない作業をしている。

 そんな自分が嫌いじゃない程度には、気持ちの整理もできはじめていた。


「おじ様! わたくし、断腸の思いですの……オ、オムレツッ! オムレツにしますわ!」

「へいへい」


 もう一つのフライパンにも手早く熱をあてて温め、適当にいい感じになったように思えたら、ざっくり雑にオイルをしいて卵を取り出す。

 牛乳もあるし、コーヒーも欲しい。

 お湯は常にいつでも出てくるので、豆はないかと探せば紅茶が出てきた。


「紅茶ってガラじゃねえが、まあいいか。おっと、こげちまう」


 ばちばちと油が躍るベーコンから、香ばしいにおいがただよってきた。

 裏返してちょい弱火に、その間に手早くオムレツに取り掛かる。

 ちょっと、リリィと暮らしていた若いころを思い出す。二人で迎えた朝は、先に起きた方が朝食を作るのがいつものことだった。リリィはわりと凝った和食を作ってくれることもあれば、昨夜の残り物を全乗せした野菜ザクザク味噌汁だけで済ませることもあった。

 懐かしいもので、彼女の指導もあってヨラシムも最低限の料理ができるようになったのだった。


「はいよ、オムライス一丁! サラダとベーコン、牛乳とパンだ」

「すごいですわ、おじ様!」

「よせやい、この程度で絶賛されてたらケツがかゆくなっちまう」

「いただきますですわー! パクパクなのです!」


 メイド姿がメイドらしい仕事もせず、ダイニングで朝食を食べ始めた。

 ヨラシムも自分に目玉焼きを作って、同じメニューに手を付ける。味はまあ、食えるレベルだ。料理ならやはりステーキを焼いたり手巻きずしを作ったりと、リリスの方が上手いように思える。

 だが、悪くはない。

 平和な朝、ゆっくりとした朝食の時間はヨラシムを癒してくれる。

 突然のスクランブルはないし、敵襲を恐れる必要もないのだ。


「そろそろ青森県を出るか? ちょっとあとで操縦室にいってみるか」

「はいですの!」


 目の前で少女が、一生懸命に自分の作った朝食を食べている。

 すごく、よく食べる。

 三つ目のパンに手を出し、それを喉に詰まらせ牛乳を一気飲み。そうして、あぐあぐとアツアツのベーコンをかじり。夢中でリリスは食事をしていた。

 対して、ヨラシムはゆっくりと平穏な時間を楽しむ。

 艦は自動航行で、のんびりと南へ進んでいた。


「しかしまあ、皮肉なこった」

「はぐぐ? ふぉうしひゃんぐぐお?」

「食ってからしゃべりな、お嬢ちゃん」


 リリスはうんうんとうなずき、咀嚼そしゃくしてからギョクン! とすべてを飲み込んだ。そしてナプキンで口元を拭くと、改めて身を乗り出してくる。


「なにが皮肉なんですの?」

「いや、なに……こうしてキッチンに立てば、大昔と大して変わっちゃいねえ。人類はもうとっくの昔に、軍事力以外の発展を忘れてしまったのさ」


 むしろ、退化している可能性すらある。

 AIやロボット技術を使って、フルオートで調理するシステムの存在は記録に出てくる。だが、そうした方向に使うべきリソースもすべて、兵器開発と地球脱出艦隊計画に注ぎ込まれた。

 AIを育てたり、ロボットを使役する余裕がなかった。

 人が直接なんでもやったほうが、圧倒的に楽で手早かったのだ。


「人類はどんどん減って、ついには十二の星都にしか住めなくなった」

「でも、星都はどこも鉄壁の要塞ですわ。実際、戦闘もその周辺が主でしたし、地球脱出艦隊の出航まで耐え抜きましたの」

「ああ、そうだな。それに……減りに減った人類が十二か所に集中して暮らすことで、地球の環境は劇的によくなった。ハハ、大気汚染も温暖化も、人類が減れば緩和されたのさ」


 誰もがはっきり自覚したはずだ。

 この母星、地球を一番汚していたのが、ほかならぬ万物の霊長、人類だったということに。カリギュラが襲ってきて、地球の総人口がゴリゴリ減って、そして環境破壊は止まった。

 なかには、カリギュラは地球を救う御使みつかい! などと唱える宗教まで生まれる始末だった。


「確かに、カリギュラの地球襲来、その目的には諸説ありますわ」

「地球環境を守るために人類を殺す説、宇宙自体が進化しすぎた地球人類をウィルスと判定して、ワクチンとしてカリギュラを投入してきた説」

「神様の審判説、某国の生物兵器研究所から漏れ出た個体が繁殖した説もありますの」

「実はこの現実が全部VR説なんてのもあったぜ? まあ、ていのいい現実逃避だ」


 真相はわからない。

 なにせ、意思の疎通ができないのだから。

 当初は捕獲しての研究も盛んだったが、リスクが高すぎるわりに成果はなにも得られなかった。そんな学術的な研究をしている余裕すら、惜しくなるほどの戦争だったのだ。


「ま、終わったことだ。東京にお前さんを届けて、まずはそれでよしとしようや」

「はいですの!」

「俺はそのあとはまあ……やっぱ旅かねえ」

「旅! いいですわね、地球旅行! わたくし、おじ様とならどこにでもついていきますわー!」

「ま、東京での用事が終わったら、それもいいだろうさ」


 これはたぶん、人類の放課後だ。

 二人の人生にとっての放課後、もうやるべきことは一つしかない。

 戦いも終わったし、地球人類という種は去ったのだ。

 リリスを東京に連れていけば、なにが起こるかわからない。

 だが、なにがということもないだろう。

 ちょっとした雑用かもしれないし、済めばリリスも自由の身だ。


「さて! 後片付けはわたくしがやりますわ」

「ああ、そうしてくれ。仮にも自分でメイド服を着たんだからな。さて、朝のニュースはと……」


 つい、いつもの癖でキッチンにあるモニターへリモコンを向ける。

 だが、どのチャンネルも砂嵐だ。

 当たり前である、ニュースキャスターもカメラマンも、すでに地球を去っているのだ。動いているテレビ局など、あろうはずもないのである。


「まあ、そうだよなあ。……外の景色でも見るか」


 船外のカメラに画像を切り替える。

 そこには、澄んだ水をたたえた豊かな水源が広がっていた。確か、青森県と秋田県の県境にある湖、十和田湖である。

 それを見た瞬間、リリスが目を輝かせる。


「海ですわ!」

「ちげーよ、湖だ。……なんだお嬢ちゃん、なんなら寄ってくか?」

「いいんですの?」

湖畔こはんでキャンプ、バーベキューでもするかなと。まあ、急いでるんなら東京に向かうが」


 答えは聞く必要がなかった。

 リリスは有頂天にはしゃいで、満面の笑みで画面の十和田湖を見つめる。

 もともと透明度の高い湖だったらしいが、人類が近寄らなくなってすでに四半世紀以上がたっている。その水はさらに澄んで、自然本来の美しさに満ちていた。

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