第12話「いざ、東京へ」

 リリスの手巻き寿司で夕食を取り、互いに使う船室を決める。

 妙にうきうきと瞳を輝かせるリリスにはヨラシムも驚いた。


「だってわたくし、あの基地から外に出るのは初めてなんですもの」

「おいおい、まじかよ。リリィのやつめ……親父さんはどうした?」


 当然、母親がいるのだから父親もいるはずだ。

 自分じゃないのは当然として、ヨラシムは幼なじみの相手が気にならないでもない。

 しかし、リリスは首を傾げるだけだった。


「とう様はいませんの」

「……そっか」

「気になります?」

「こんなご時世だ、世界中で戦争やってたからな。詮索屋は嫌われるってもんよ」

「ふふ、おじ様のそういうとこ、わたくしは大好きですの」


 ドキリとすることを言ってくれる。

 それ以前に、見ていてドキドキ……というか、呆れてハラハラしてしまう。

 夕食のあとに部屋割を終えて、再びキャビンの中央リビングに戻ってきたのだが……どうやらヨラシムの仕事が中途半端だったらしい。

 何故かリリスは、水着を着ていた。

 


「お嬢ちゃん、なんでまた水着なんか着てんだあ? しかも、そういうのはやめときな」

「部屋にありましたの! わたくし、外で一度泳いでみたいですわ。大自然で」

「それは多分なあ、泳ぐための水着じゃねえんだわ。はぁ、頭がいてぇ」


 いかがわしいアイテムの完全処分に失敗していたらしい。

 だが、リリスは気にした様子もなく鼻歌まじりではしゃいでる。


「基地にもプールがあっただろう。候補生には訓練用の水着だってあったはずだが」

「プールはプールですわ。もっとこう、海とか湖とかで泳いでみたいですの!」

「へいへい、好きにやってくれ。けど、その水着はお前さんには早すぎる。というか、似合わなさすぎる。やめときな」

「……はぁい。着替えてきますの」


 自棄に素直だなと思った反面、ホッとした。

 若い娘の、少女を脱しかけた肢体が露出度過多で目の前にいられては困る。

 まだまだ子供と思っても、目のやり場に困るのは一緒だ。


「しかし、やけに素直に引きさがったな……さて、と」


 リビングの大型モニターに専用端末を向けて、船の航路を確認する。

 低空をゆっくり飛んではいるが、陸奥湾むつわんを縦断して旧青森市街地に直接上陸できるのはありがたい。

 明日の朝には恐らく、青森県外へ出ていけるだろう。

 もっとも、立ち寄る場所もないし、予想されたカリギュラとの戦闘もなさそうだ。

 なんだか気が抜けてしまったが、ヨラシムはつとめてそのことを頭から追い出した。


「おう? 映画のライブラリが50万本? さすがお偉いさん専用のふねだな」


 ほかにはビデオゲームの類も、最新のVRモノから古きよきピコピコ時代のものまでかなりそろってる。これなら長い長い外宇宙の旅も、退屈とは無縁でいられるだろう。

 というか、少人数で、例え女連れで脱出しても、結果は見えているだろうに。

 そう思っていると、リリスが戻ってきた。


「着替えましたわ、おじ様! さ、今日も晩酌を召し上がれですの」

「おう、サンキュ……って、お嬢ちゃん! なんて格好してんだ!」

「これも部屋にありましたわ。……似合って、ませんの? しゅん」


 逆だ、逆である。

 あどけなさが残るリリスの、きわどいチャイナドレス……ギャップの激しさに妙ななまめかしさを感じるヨラシムだった。まったく最近の子供は発育がいい、などとあきれてしまう。


「まああれだ、寝る前に着替えてそれは捨てちゃいなさい。さっきの水着もだ」

「水着がないと泳げませんわ」

「この地球のどこに、お前さんの裸を見る人間がいるかっての。二人ぼっちだぜ?」

「それもそうですわね、おじ様だったら別に構いませんし!」

「……嬉しくねえ話だぜ、とほほ」


 しょうがないから、チャイナドレスのリリスを向かいに座らせ手酌で酒を飲む。今日は日本酒、ダイギンジョーとかいうやつだ。

 合成化学酒ではなく、天然の日本酒、昔ながらの手法で作られた逸品だった。


「ふう……そうか。お前さん、基地から出るのはこれがはじめてか」

「はいな! 東京にはなるべく急いでいくにしても、アチコチ見て回りたいですの」

「俺にもそういう時期があったなあ。それがいまじゃ、ヘッ! ボロ船で子守とはよ」


 もともとヨラシムは、ミタマを守って地球に残る予定だった。生き残った仲間がいたら、一緒にゆっくり各地を見て回って、その都度カリギュラ狩りでもしようと思っていたのだ。

 予定が二転三転して狂ってしまったが、日本観光くらいはできそうだ。


「そういやどうだい、お嬢ちゃん。"バハムート"の調子は」


 リリスの用意してくれた酒のさかな、つまみの小鉢が何個か並んでいる。

 母親に似たのか、気がきくことだ。

 そして、明朗な返事も母親譲りである。


「凄くいい子ですわ。メンテは大変ですけど、わたくし頑張りますの!」

「おーおー、そうかい、そうかい」


 あれはいわくつきの機体だ。

 カリギュラを倒すための特殊なシステムが搭載してある。それを初めて乗ったヨラシム少年は起動させてしまい、素人しろうとながらリリィを守るために戦った。

 そのあとがいけなかった。

 ――ルナティック・エフェクト。

 カリギュラ殺しとよばれるその特殊機能のために、その後ヨラシムはかなり手洗い軍の聴取を受けた。なにせ、作った連中すら作動原理がわからないシステムだという。

 なにをどうした、どうすれば起動するのか……尋問にうんざりして軍とは距離を置いた。

 一方で、激化するカリギュラとの戦いで、自然と傭兵になっていたのだった。


「ルナティック・エフェクト、ですか? ああ、マニュアルにちらっと載ってましたわね」

「ま、もうカリギュラはいないんだからな、無用なものだし、なにより作動条件がわからねえ」


 ただ、発動させれば"バハムート"の期待性能は格段に跳ね上がる。

 のみならず、周囲のカリギュラを混乱させるような効果もあるらしい。

 実際、少年時代のヨラシムはその絶対的なパワーアップを体験している。


「発動条件……はてな? 確かにマニュアルに記載がないですの」

「だろ? 今では多分、軍も諦めたんだな。それであんな地下深くの工廠で実験用に使われてた訳だ」

「でも、あの子も今後戦わなくていいなら、それにこしたことはありませんわ」

「ちげえねぇ。……ったく、俺は戦うしか能がねえんだけどな」


 ちびちびと日本酒をやりながら、さてどうしたものかとヨラシムは考え込む。

 なんの用があるのかわからないが、リリスは東京にいかねばならないらしい。では、そのあとは? 子供を一人放り出す訳にもいかず、さりとて地球の最後のアダムとイブにもなれない。

 なにより、敵がいない時間なんて30年ぶり以上である。

 ぼんやりと杯をあおりながら、チャイナドレスのリリスに目を細める。

 彼女は大スクリーンに色々な映画を並べてスクロールさせ、目を輝かせている。


「そういや嬢ちゃん。なんで東京に? 第七星都だけあって、なにか訳があるんだろ」

「それが、わたくしにもよくわかりませんの」

「な、なんだって!?」

「ただ、かあ様が……いけばわかる、とだけ」


 なんてこった、とヨラシムは目元を手で覆った。

 リリィは母親としては、落第点だらけである。そもそも、自分の娘を置いていくという発想がよくわからない。

 そういえば、とヨラシムは思い出した。

 幼なじみのリリィは、昔から少し不思議な少女だった。


「ったく、リリィめ……親の顔が見てみたいってもんだ。……あ? ああ、おお、そうか」

「どうしましたの、おじ様?」

「そういや、あいつの親に会ったことがなくてな」

「まあ! 御両親に挨拶もせずに付き合ってましたの?」

「昔の話だ。……妙だな、まだ平和だった時代に、確か俺の家の隣に」


 ヨラシムは、大昔の記憶を引っ張り出してくる。

 七つ下のリリィは、ヨラシムが中学に上がるちょっと前に引っ越してきた。隣の家に住んでいたが、メイドたちしか周りにいなかった。時々黒スーツの男が出入りしていたが、親族や家族といった雰囲気ではなかったのだ。

 気が付けばいつも、うしろをついてきた。

 いつも一緒なのがリリィ・マルレーンという少女だった。


「妙だな、あとでデータを洗ってみるか。……ほかにやることもないしよ」


 こうして今日も、夜が更けてゆく。

 カリギュラが突然去って、今度こそ本当に二人ぼっち……思わず泣けてくる情けなさで、実際泣いてしまった。

 だが、やることはあるし、決まっている。

 東京への長い旅がはじまった、その最初の夜にまずは乾杯。


「おじ様、沢山ゲームがありますわ! それに映画も!」

「おう、見ろ見ろ。それとも……なにかゲームで対戦するかい? 悪いが俺たち大人だって、暇な時は小銭を賭けて遊んだもんだ」

「あら? この映像データはなんでしょう。ポチッとですの!」


 突然、ポルノ映画が流れ始めて、あわててヨラシムは端末を取り上げる。

 なかなかに波乱万丈な船出の一日が終ろうとしていた。

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