第11話「突然の終戦」

 それは異様な光景だった。

 まるで、地球脱出艦隊の再現みたいだった。

 もっとも、地球脱出艦隊の移民船団は全て、月で建造された。地球で総旗艦のミタマが造られていたのは、最後まで組織の中枢がこの大湊おおみなとにおかれていたからだった。

 そして今、無数の光が空に昇る。

 ヨラシムは気付けば、愛機"ワイバーン・カスタム"へ走っていた。


「おじ様っ! 落ち着いてくださいのっ!」


 子供に言われるなんて、情けない。

 などとは思わないほどに興奮し、激昂に燃えていた。

 地球を荒らすだけ荒らして、人口を三億人まで激減させた挙句……宇宙へ逃げた地球人を追いかけようとでもいうのか? いったいカリギュラはなにをしたいのか?

 なにもかもがわからない。

 ただ、燃え滾る殺意だけが真実に感じられた。


「さがってな、お嬢ちゃん! クソッ、なんだそりゃ……やるだけやって、はいさよならなんざ……なめやがって!」


 空へとスラスターを全開にする。

 フルスロットルで飛竜ワイバーンは光の尾を引いた。

 そのままマシンガンを乱射し、ありったけのグレネードをばらまく。

 だが、無駄だ。

 カリギュラはもう、ヨラシムを……人類を見ていなかった。


――絶叫。


 気付けばヨラシムは、夢中で銃爪ひきがねを引き絞っていた。

 指の感覚がなくなっても、握り砕くように操縦桿スティックへトリガーを押し込める。

 次々とカリギュラは撃墜されて爆散するが……ヨラシムを無視して星の海へと飛び出してゆく。周囲を見れば、空は水平線の彼方まで全部、流星の雨がさかのぼっていた。

 それもやがて、徐々に少なくなってゆく。


「クソッタレェ! ……なにがしたかったんだ、お前らは。なにしに来て、なにしに行きやがるんだよ……」


 目頭が熱くなって、瞳から涙が溢れそうになる。

 だが、無線でリリスの声がして、湿った声を押し殺す。

 同時に、上昇限界点を突破した"ワイバーン・カスタム"はゆっくり自由落下し始めた。


『おじ様、レーダーにカリギュラの大群が! みんな、宇宙へ戻っていきますわ!』

「ああ、見えてるよ。……殺すだけ殺して、逃げやがった」


 機体がオートで着陸態勢を取る。

 陸戦兵器であるエクスケイルには飛行能力が基本的になく、飛べるのは一部の機体だけだ。それでもスラスターを全開にすれば、しばらくジャンプ飛行で滞空できる。

 それが今、終って、そして陸地じゃない場所に金属音を奏でる。

 見れば、足元には上昇してきたクルーザー、ヒビキが飛んでいた。

 その上にヨラシムの機体は着地したのだ。

 そして、艦の中から無線は響いていた。


『あれは……かあ様たちの地球脱出艦隊を追いかけたのでしょうか』

「知るかよ、ったく。もしくはあれだな、次の星を滅ぼしに行ったとかな」

『残念ですが、追跡は無理ですわ。さっき、ちょっと計算してみましたの』

生真面目きまじめなこった。……ま、いいさ。それで? 東京にはいつ出発するね?」


 ヨラシムの身体から、その全身から力が抜けてしまった。

 身の内に燃えていた憎悪が、きれいさっぱり消え去った。くするぶ一片の憎しみすらない。あまりにも虚しい最後、そしてヨラシムの……人類の戦いは終わった。

 あとに残されたのは、人類の消えた地球と、おっさんと少女だけだ。

 ともあれ、危機は去った。

 唐突な幕引きに、ヨラシムは機体を艦尾へと向ける。そのまま格納庫に回れば、すでにオートパイロットを設定したリリスが来ていた。

 彼女は翡翠色ひすいいろの髪を抑えながらも、機体をケイジへ誘導してくれる。


「ふう、固定完了。動力カット……さて、と」


 操縦席に自分を固定するハーネスを外して、ヨラシムは外に出た。

 半ば落下するように、下へと伸びるワイヤーへ掴まる。そのままずるずると液体のように愛機を降りて、そしてそのままヨラシムは動けなくなった。

 突然のことで頭が回らず、半ばパニック状態一歩手前だった。

 それでも、地獄の戦場を生き伸び続けた傭兵の根性がギリギリで平静を保つ。

 しかし、それもリリスが駆け寄ってくるまでだった。


「おじ様っ!」

「おう、お嬢ちゃん。はは、参ったねこりゃ。あいつら、行っちまったよ――って、おいおい」


 片膝をついてうづくまるヨラシムの頭を、飛びつくようにしてリリスが抱きしめてきた。柔らかなぬくもりに包まれた瞬間、まぶたが決壊した。

 耐えきれなくなってヨラシムは、泣き出してしまったのだ。

 涙を抑えられなかった。

 自分の中に広がる心の虚無に、ひたすらに凍えた。


「クソッ、クソオ! 俺はっ! 奴らを! 皆殺しにしてやるつもりだった! 殺すだけ殺して! 俺が死ぬまで殺し抜いて! ……そして、死ねばよかったんだ」

「おじ様、そんなかなしいこと言わないでくださいまし」

「ラシード、カムラン、ジャミル……ハルバートン! ……リリィ」

「終ったのですわ、全て。だからおじ様、少し休んでまた始めてほしいですの」

「なにを始めろってんだ……戦うしかできねぇ俺はよ、敵がいなきゃ……」


 優しく頭を撫でてくれる手が、とても優しい。

 リリスの身体からは、甘やかな匂いが静かにヨラシムを包んで癒した。

 しばらくそうして少女の胸の中で泣いてたが、徐々にヨラシムは落ち着きを取り戻す。そして、孫ほどの年齢の乙女にすがって号泣した自分が、急に恥ずかしくなった。

 それでも、もう少し……もう少しだけこうしていたい。

 昔、リリィとそうして肌を重ねて想いを交えたときのように、は、できないが。だが、今は冷静に心身を整え、状況を整理し、一時の休息を取るべきだった。


「へっ、ありがとよ、お嬢ちゃん。その胸で男を泣かせらりゃあ、一人前の女だぜ」

「セクハラ発言ですわ! でも、おじ様ならいいですの」

「俺からいわせりゃ、もう少し肉付きがいいと抱き心地が最高なんだがな」

「むーっ! まだまだ育ち盛りですわ! そのうちムチムチのプリプリになりますの!」


 今のリリスは、出るとこは出てるが本当に線が細い。

 ヨラシムが全力で抱きしめたら、ポキリと折れてしまいそうなほどだ。

 ふと、ヨラシムは思う。

 リリスも成長して成熟した大人になれば、リリィのような魅力的な女になるのだろうか。リリィは七つ下だったが、その娘のリリスとは二回り以上離れている。彼女が立派なレディになる頃には、ヨラシムは腰の曲がった老人になっているなと思った。

 それもいいなと思ったら、新しく始めるべきことを思い出す。


「さて、じゃあ……ちょいと少し、休ませてもらおうか。それから出発だ」


 そう、旅立ちだ。

 リリスを第七星都の東京へと連れて行くのだ。

 その護衛をするのが、ヨラシムの心に灯った新たな光。それはたとえ小さくとも、生きる意欲を与えてくれる。もうカリギュラが地球上から消え去った今、敵もなにもないものだが……それでも、いたいけな少女を一人では放り出せない。

 辛うじて低空飛行できる程度の、足が遅い船。

 格納庫を占領する、謎の巨大な両手両足。

 そして、幼なじみの愛娘、リリス・マルレーン。


「おじ様、見てください! カリギュラたちの最後の一団が」

「ん、ああ。なんだ、もうこんな時間か。そりゃ腹もすくわけだ」

「ペコってますの? お腹ペコペコなら、すぐにご飯にしますわ!」

「ああ、そうしてもらおうか。頼むぜ、コック長」

「はいな! 今日は日本の郷土料理、お寿司をやってみますの!」


 ちょっと不安だ。

 確か、寿司という料理は生で魚を食べる料理である。職人が長年の年月を経て修行し、鍛錬を極めて作る究極の和食と呼ばれている。

 だが、リリスは無駄に頼もしい笑顔でサムズアップすると、飛んで行ってしまった。


「はは、なんとも頼もしいお嬢ちゃんだぜ。……さて、俺も気持ちを切り替えないとな」


 ヨラシムにも、どうにか生きる気力が湧き上がってくる。

 同時に、やけっぱちで刹那的な気持ちがさっぱり消えてなくなった。

 本当は、地球に一人残されたら……大規模なカリギュラ狩りをやろうと思っていた。世界中に点在する人類の拠点で補給をしながら、殺して殺して殺しまくろうと思っていた。

 だが、その相手がいなくなってしまった。

 でも、リリスが今はいる。

 彼女の目的はまだ不明だが、第七星都の東京になにかがあるらしい。


「見てろよ、リリィ……もうお前は何光年先だ? そのあとをカリギュラが追っているか、追いつきつつあるか? ……俺の育てたガキどもは、エクスケイルで戦えてるか?」


 格納庫の天井は今、見上げてもなにも答えてくれない。

 だが、その向こうの空、その先の宇宙の果て、太陽系を超えたずっと先にその女性はいる。今になって愛おしさが若干込み上げてもくるが、恋人同士をやめたことも今まだ記憶に鮮明だ。

 ヨラシムがリリィとただの軍人、傭兵とエリート艦長に別れた理由がある。

 それがまさか、リリスみたいな形で一緒になるとは思わなかったのだ。


「さて……あばよ戦友。ちと、東京にいってくるわ。安らかに眠れよ……このクソカリギュラが消え去った北の大地で」


 ヨラシムは、まだ開けっ放しだった格納庫のハッチの、その向こうの空へ敬礼する。

 すでに船は、下北半島の大湊秘密基地を出港し、東京へ向けて軟化を始めていた。

 そして、夕焼けの光に夜が忍び寄る。

 その闇に沈んでゆく基地はもう、見えない。

 だが、ヨラシムはその基地から飛び立つ希望のふねを守った、戦友たる勇者たちを決して忘れることなく心に刻み込むのだった。

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