第10話「ノアの方舟……?」
結論から言うと、お偉いさんのクルーザーは半壊していた。
というより、ミタマの出航が確実になったので、使えないように壊していったようだった。気を使って触れぬよう戦ったのに、ヨラシムはがっかりした。
これがあれば、もしかしたらリリスをリリィの元に届けられる。
そんなことを殺意と闘争心の内に考えていたのだった。
「こりゃ、辛うじて飛べるが……ただの小さい輸送機レベルだな」
その船の名は、ヒビキ。ちょっとした
辛うじてメインエンジンは生きているが、速度はちょっと出せそうもない。
オマケに、メインシステムを覗き見たら、公の船舶登録がない密造船だった。
「おじ様っ! 計算が終りましたの。300回再演算を繰り返したので、完璧な数字ですわ」
「おう、お嬢ちゃん。それがな、このヒビキって船は」
「147回ワープを繰り返せば、地球脱出艦隊に追いつきますの! そのためのワープ機関のエネルギーのリチャージも計算にいれると、482年と4ヶ月で合流できますわ!」
「はい、お疲れさん。つまり、現実的じゃねえってことだな」
「はいですの!」
まったくもって、無駄なことに全力投球したものだ。
だが、地球脱出の航路を計算していたリリスは、まったく疲れた様子も見せずに微笑んでいる。その背後には、片膝をついて
あれだけの高出力、ハイパワーな第一世代型だ。
冷却システムは完璧でも、その全身は今も殺気にも似た蒸気を放っている。
それを尻目に、改めてヨラシムはリリスに事情を説明した。
「お嬢ちゃん、この船は駄目だ。ミタマが無事出港できると知って、用意したお偉いさんたちが自分で壊していきやがった」
「……それはつまり」
「カリギュラに使われるのを危惧して、って線はねえなあ。あいつら、ただの殺戮生物だからよ」
「逆に、上層部は知ってるのかもしれませんわ……この地球にまだ、人が残ってることを」
このクルーザー、ヒビキが所有者自身の手で壊された理由。
リリスの指摘を、もっと端的にヨラシムは予想して、そして敢えて口にしない。つまり、彼女の言う残された人間……それはリリス本人にほかならない。
理由や原因は不明だが、地球脱出艦隊に乗せたくない、乗せられない人間が一人いた。
それがもしかしたら、リリスなのかもしれない。
彼女自身が第七星都の東京に行くというのも、関係があるような気がした。
「とりあえず、普通に飛べるレベルまでは修理できる、が……」
「だったら早速直しますわ! ここは
「そりゃまあ、どうにか飛べるし、エクスケイルも二機は積めるがなあ」
もう一つ、ヨラシムには疑問があった。
このクラスの船ならば、エクスケイルは楽に一個小隊まるまる搭載できる。その広い格納庫の大半を、奇妙なマシーンが占領しているのだ。
それは、パッと見では人型の機動兵器に見える。
だが、10mクラスのエクスケイルに比べると、明らかに大きすぎる。
「えっ? ちょ、ちょっと見てもかまいませんか、おじ様」
「おう。見て減るもんじゃねえしな。用途もわからねえし、なにより未完成らしい」
「もしや、それは……ラボラトリーXで建造が計画されていた、スーパーエクスケイル」
「スーパーエクスケイルだあ?」
ちょっとまず、そのネーミングセンスをうたがう。
そもそも、第一世代型の"バハムート"から始まったエクスケイルの開発は、運用や整備性、輸送等を考慮して10m前後のサイズに決められたのだ。多少の誤差はあるものの、第四世代型の"ワイバーン"、そして最新鋭の第五世代型"テュポーン"まで一緒の規格である。
そして、ヨラシムでもスーパーエクスケイル計画など聞いたことがない。
リリスは軽い足取りでタラップをのぼり、ヒビキの格納庫へ消えた。
その背を追えば、ヨラシムの視界にも巨大な手足が飛び込んでくる。
「やっぱり……でも、半端で未完成ですわね、確かに」
「だろ? こいつを降ろして置いてく。その分、修理用の資材や食料等を積むんだな」
「……いえ、この子も連れてきますわ」
「おいおい、俺たちにこのデカブツを完成させる余裕はないぜ? そんな余力があったら、むしろこの船を、ヒビキを修理した方がましってもんだ」
それは、通常のエクスケイルの二倍もある手足だ。
そして、手足しかない。そもそも建造計画すらコンピューターにデータがなく、あのリリスでも詳しく知らなかった物騒な代物である。
だが、リリスはその鈍色の巨体に手で触れて、小さく頷く。
「わたくしも噂レベルでは聞いてますわ。……ただ、この子は必用になるかもしれませんの」
「おいおい、あのマッドサイエンティスト集団のラボラトリーXでさえ放り出したブツだぜ?」
「開発はわたくしが引き継ぎますわ」
「だがこいつは、胴体と頭がねえ」
「そこはわたくしにお任せですの」
ニコリと笑うリリスに、謎の説得力が満ちる。
ヨラシムはもう、この短時間でリリスが不思議な女の子である以上のことを考えないようにしていた。お嬢、というよりはもうお姫さまだ。
はいはいと両手をあげて、渋々了承する。
「まあ、こいつを隅に寄せれば"ワイバーン・カスタム"と"バハムート"を積める」
「それに、大気圏内を飛行するなら多少の重量オーバーでも色々積めますわ」
「そうとわかったらさっさと
「持ち出す資材と食料、あとは水ですわね……わたくしが集めてきますわ」
「じゃあ、一時間後に出航だ。基地内は"バハムート"で移動しな? どっからカリギュラが湧いて出るかわからねえからよ」
「はいですの!」
身軽な跳躍で、すぐにリリスが"バハムート"のコクピットに飛び乗る。
まったく、若いということは羨ましい。
もうヨラシムは、搭乗用に釣り下がってくるケーブルを使わなければ、エクスケイルのコクピットには乗り込めない。腰も時々痛いし、正直おっくうでしかたがないのだ。
リリスを胸に納めて、"バハムート"が立ち上がる。
その白いトリコロール姿は、足音を響かせドッグを出て行った。
「さて、と……俺はヒビキちゃんのメンテと起動か」
このクラスのクルーザーなら、50人前後が外宇宙への長旅に漕ぎ出せる大きさだ。中には暮らしに困らないレベルの設備が整っているし、この船単体であらゆるものが循環、完結している。風呂もトイレも困らないが、二人で乗るにはいささか豪華すぎた。
それでいて、丁寧に宇宙には出られないように壊されている。
動力部が無傷なのは、宇宙船で一番頑丈な区画なので壊す手間を嫌ったのだろう。
「さて、お邪魔しますよっと」
格納庫の奥の二重エアロックを通って、船の奥に進む。
ごくごく普通の軍艦に殉じた構造で、豪華客船のごとき金持ち主義はどこにも見当たらない。ただ、積み荷をチェックしてヨラシムは呆れてしまった。
豪華な酒、葉巻、その他嗜好品の数々。
愛人を連れ出そうとしたのか、女物の下着やドレスも山ほどある。
地球脱出の保険というには、あまりに
「ノアの方舟ならぬ、ノアのハーレム、ってか? くそっ、馬鹿馬鹿しい! こんな連中のために奴らは……仲間たちは命をはって死んだってのかよ」
虚しさの中に、怒りが込み上げる。
だが、それはそれとしてすぐに気持ちを切り替えた。
いつまたカリギュラが襲ってくるかわからない。
急いでリリスと脱出し、この船で東京に向かう。
ざっと計算したが、一週間もあれば到着するだろう。かつて文明華やかりし頃なら、半日で移動できる距離だが……カリギュラを警戒しつつ隠密飛行を繰り返すしかないのが現状である。
加えて言うなら、補助エンジンが半端に壊れていてスピードが出せそうもなかった。
「さて、未成年のお嬢ちゃんが来る前に……アレコレ処分するかねえ」
卑猥な道具や倒錯的な偏愛の塊を、まとめて外に持ち出す。
ちょうどカリギュラが爆発してできた穴があったので、そこに纏めて捨てた。まったく、お偉いさんはミタマが破壊されて地球脱出艦隊が駄目になっても、選んだ女とこれに乗って逃げるつもりだった……そう思うとむかむかしてきた。
しかも、能天気に酒池肉林をしながら外宇宙の旅を決め込むつもりだったのだ。
だが、そんな連中も無事にミタマで脱出した。
好まれざる者にすら優しさを向ける、リリィという女はそういう人だった。
「おじ様ー! お酒も持ってきましたわ! 大人の人には必要だとかあ様が言ってましたの」
「おう、早かったな。酒なら山ほど積まれてるが……まあ、持ってくか」
「はいですの! 三か月分の生鮮食料品、あとは保存食も積めるだけ積みますわ」
「エクスケイルの整備や修理の器具はもう積んであるし、あとは――」
やはり、このスーパーエクスケイルとかいうばかげた遺物、それも手足しかないスクラップは置いていくべきでは? そう思った瞬間だった。
突然、先程の戦闘で空いた大穴に広がる空が光った。
それは、流星に見えた。
見えただけどそうじゃないのは、真逆の方向に飛び去ってゆくからだ。
「なっ、なんだあ? こりゃ……カリギュラか! それがどうしてっ!」
ヨラシムは叫んで空を見上げる。
無数の星がのぼってゆく。
その輝きは全て、カリギュラのようだった。
どういう訳か、数え切れぬ無数の敵意が宇宙へと飛び去ってゆく。延々と続く天地逆さの天体ショーに、気付けばヨラシムは愛機へと走っていた。
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