第9話「覚醒の原始竜」
ヨラシムの全身は、殺意と憎しみ、そして反射神経で出来ていた。
警報のサイレンを聴いた瞬間には、愛機のコクピットへ飛び込んで最速で起動準備を終える。寝かされていた"ワイバーン・カスタム"が立ち上がる前に、彼は無線に向かって怒鳴っていた。
「お嬢ちゃん! この地区を閉鎖、敵を遮断しろ! ここのセキュリティならカリギュラの攻撃にも少しは耐えられる!」
ここは基地の奥底、ラボラトリーXだ。人類に対して機密を守るためのセキュリティは、もちろんカリギュラが攻めてきても起動する。この場は少なくとも、数時間は安全な筈だ。
その上で、約束をたがえる屈辱を噛み締めつつヨラシムは叫ぶ。
「俺が奴らを引き付ける! 襲われてる地区で戦闘を続けるから、その間にキャリアに"バハムート"を積んで逃げろ!」
反論は聞かなかった。
リリスの言葉を意図的にシャットアウトして、ヨラシムは機体をリニアレールを使って上層に向かわせる。既に修理を完了し、パワーアップした"ワイバーン・カスタム"には、ヨラシムは強い信頼性を寄せていた。共に死に損なって蘇った、そして今ようやく死地を得た……そんなヨラシムには、鋼の相棒がいつも以上に頼もしい。
襲われている区画を認識し、それが爆破済みの機密ドッグに近いと知る。
そして、隔壁を蹴り破るようにその場所に到達して、ヨラシムは吼えた。
「出たな、カリギュラ野郎……皆殺しにしてやるぜっ!」
目の前には、ぬらぬらと怪しい光を讃えた結晶体の構造物が非十重二十重。蜘蛛のようでもあり、蜥蜴のようでもあり、様々な個体が密集していた。
その敵の名は、カリギュラ。
30年以上も前に地球を侵略し始めた、謎の生命体である。
カリギュラとの戦いは人類を滅亡寸前に追いやり、結果的に地球は全人類を脱出艦隊で外宇宙へと逃がすことを決めた。地球はもう、守り切れないので捨てられたのだ。
だが、ヨラシムの苛烈な意思はその事実を認めない。
人類のその後など、気にしていないのだ。
たった一人、幼馴染だった女艦長以外、なんとも思えない。
「エンゲージッ! コンバット・オープンッ! かかってきな!」
その場は、基地内の小さなドッグだった。
そして、小型の輸送艇がスタンバイしている。単騎でもワープが可能な、かなりお高い最高品質の輸送艇……というよりは、一種の小さな豪華客船、富豪の自慢するクルーザーみたいな船だった。
なぜこんな場所があるのか、どうしてこんな船が待機しているのか。
それはヨラシムにはわからない。
知らなくていいが、怒りに猛る闘志が自然と結論を教えてくれた。
「なるほどなあ! 地球脱出艦隊総旗艦ミタマがぽしゃったら……お偉いさんだけでこいつで逃げる算段だったってか! ちっく、しょおおおおおおがああああああ!」
つまり、そういうことだ。
人類は人種や国家の枠を超えて団結しても、その中に自然と特権階級を作っていたのだ。一部の指導者たちは、ミタマの出航も、それを守るヨラシムたちも信用していなかった。信用しきれなかったからこそ、保険を用意していたのである。
それを今、カリギュラが襲い来る。
ただただ殺意と敵意だけで、ヨラシムはその水晶じみたバケモノを殺し続けた。
「へっ、いい調子だぜ……改修したら軽くなって、パワーも上がってる! これならよぉ!」
生き返った"ワイバーン・カスタム"は、以前にもましてヨラシムの操縦技術を吸い込み躍動する。一部の部品、主に関節部を中心にラボラトリーXのパーツを組み込んだ結果が感じられた、
普段通りに距離を取って、付かず離れずのステップインとボックスアウトを繰り返す。そうして射撃でカリギュラを打ち砕きながら、大型の個体にはグレネードを使う。標準のマシンガンの下部に後付けされたオプション兵装は、抜群の威力だった。
もっとこういう武器があるなら、最前線に回してほしかった。
この地球から人類が去る前、去るまでの戦いに使ってほしかった。
そういう気持ちが込み上げれば、ヨラシムの操縦はさらなる鋭さで暴れまわった。
「そらそら、そらそらあ! 相変わらずのワンパターンな動きだなあ! ざっくり雑に掃討してやるぜ!」
そう、謎の結晶生命体、カリギュラの動きには発展性がない。初めて来襲されての戦いから、カリギュラはまったく進化していなかった。逆に、地球の人類はエクスケイルという頼りない鱗を、長年の歳月をかけて鍛えてきた。
カリギュラの基本は、圧倒的な物量による制圧攻撃である。
そこに、戦術や戦略は存在しない。
逆に、それを必用としていないのだ。
占領も征服もせず、奪った土地を統治もしない。ひたすら人間を殺して、この地球の文明を破壊することだけがカリギュラの行動原理だった。
「チィ! さすがに数が多いか……けどなあ、おい! お嬢ちゃん!」
専用チャンネルにつないだ回線に向かって、ヨラシムは怒鳴った。
その間も、弾切れを歌ったマシンガンから空弾倉を叩き出して、新しいマガジンを突っ込む。殺せるだけ殺す、殺し尽くす……その個人的な憎悪を燃やしながらも、ヨラシムはリリスのことを忘れてはいなかった。
「今のうちにキャリアに"バハムート"を積んで出ろ! 第七星都……東京へ行けぇ!」
『でもっ、おじ様は』
無線の先の声が湿っている。
おいおい泣くなよお嬢ちゃん、と思わず変な笑みが込み上げた。
今が好機だ、この地域のカリギュラが全てこの場所に集まっている。あたかも、こっそり偉い人たちだけで逃げるのは許せない……そんな勢いで襲われれば、ヨラシムも気持ちよく迎撃することができた。
訳はわからないが、昔からカリギュラの侵攻目的、戦術的な優先順位は不明だった。
だが、今はいい。
ヨラシムは殺したいカリギュラを殺し尽くす。
カリギュラはなぜだか、人減を襲ってくる。
ゆえに、殺意を交える戦場の理をヨラシムはカリギュラと享有していた。
今、この瞬間までは。
『おじ様っ! 援護します! その船を守りつつ、カリギュラを殲滅しますの!』
突然、回線の向こう側から凛冽たる声が響いた。
酷く澄んで清らかで、それだけにはっきりと怒りが伝わってくる。その声の主は突然、ヨラシムが戦う秘密の区画の、その天井を突き破って現れた。
着地と同時に、そのエクスケイルはツインアイに光を走らせる。
そう、それはリリスが操縦する第一世代型エクスケイル"バハムート"だった。
「おいっ、お嬢ちゃん! このバカっ、なんで逃げねえ! 第七星都に、東京に行くんだろうが!」
『そうです、わたくしはかあ様にそう言われました……でもっ! 一人でなんて、言われて、ま、せーんっ、ん、ですの!』
身を起こした"バハムート"は、ゆらりと立って無造作に銃を構える。
同時に、リリスの声が必殺のスイッチを叫んでいた。
『出力120%ォ! いっけえええええっ! オプティカルッ、ラアアアアアアイフルッ!』
苛烈な光が周囲を白く染めた。
第一世代型、最古にして原初のエクスケイル……その圧倒的な力が解放される。片手で構えたライフルから、莫大な光と熱とが放たれた。
それは、姑息な人間の逃げ道たる船をかすめて、カリギュラの全てを消し去る。
あまりの出力に、カリギュラはおろか、基地の外壁も溶け消え目の前が明るくなる。
ヨラシムは、ビームの一撃がかき消した風景の奥底、青空を見ていた。
『おじ様っ! やりましたの!』
「あ、ああ……大したもんだ。けどな、お嬢ちゃん。ツメが甘いぜぇ!」
全てが決して戦いが終わった、そんな空気の中でヨラシムは愛機を突出させる。それは、リリスが敗北主義者の逃げ道たる小型艦艇を避けて射撃したからだった、
辛うじて射爆を免れたカリギュラが蠢く、
その中には、昆虫じみた雑魚とは違う、二足歩行の強化個体がいた。
カリギュラの実体はわかっていないが、ヨラシムにははっきりわかっていることがある。
「悪いがこの船、俺が……俺たちがもらうっ! 喰らって寝てろぉ、キンピカ野郎っ!」
残る全ての弾薬を、辛うじて生き残ったカリギュラに叩きつけた。
その上で、マシンガンを捨ててヨラシムは
「っしゃ、おらあ! このまま潰すっ! 手前ぇら、宇宙のどこから来たかしらねえけどよ……こちとらさんざん迷惑だぜっ!」
ドリルバンカーはその名の通り、ラボラトリーXが制作した超合金の巨大なドリルだ。それを敵に叩きつければ、内蔵された超高性能火薬が撃発して相手を
わりと冗談で装備させたヨラシムも、その威力に言葉を失う。
それでも、新種の人型二足歩行カリギュラは反撃の素振りを見せた。
『おじ様っ、危ないですの! ここはわたくしが、チェストですわああああああっ!』
モニターに片隅で、銃と盾とを"バハムート"が捨てる。身軽になったその白い機体は、さらなる加速でヨラシムの愛機に迫ってきた。
『オプティカルセイバー、使ってみますの! とりゃあっ、一閃っ!』
リリスの"バハムート"は背から光の剣を抜き放った。それをヨラシムは、30年以上前の記憶として思い出す。
目の前で今、人型のカリギュラは真っ二つになって爆散、消滅するのだった。
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